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【素面のダブリン市民】第6回 クリスプスことポテトチップス(北村紗衣)

 私は学生時代に3年半ロンドンに住んでいましたが、その間に身につけた一番悪い習慣は、食事がわりにポテトチップスを食べるという食習慣です。日本に住んでいると不健康な食習慣に見えるかもしれませんが、イギリス人もアイルランド人もランチなどによくポテトチップスを食べます。私が留学していた頃の統計では、イギリス人は1年にひとりあたり150袋くらいポテトチップス及びそれに類するスナック類を食べていたそうです。そんなところで暮らしていると、まあ影響を受けてポテトチップスはごはんだと思うようになりますね。

 ロンドンに住んでいた学生時代はお金がない上、学食がまずかったので、私はポテトチップスをまとめ買いして昼ごはんのかわりに食べていました。学会などでもビュッフェのランチの一部としてお皿にポテトチップスが盛られて出てきたりするのですが、正直なところ、イギリスのそういうイベントで出る食事ではサンドイッチのパンが異常にカサカサだったりするので、ポテトチップスが一番まともな食べ物であるということもありました。しかも私は硫化アリルの不耐症で生のタマネギが食べられないので、出てくるサラダやサンドイッチにタマネギが入っていて食べられないこともあり、もっぱらポテトチップスを食べてしのいでいました。

 アイルランドでもポテトチップスは定番の食べ物で、私もお世話になっています。ただし、売られている銘柄などはイギリスとは微妙に違うところもあります。今回の記事ではこのポテトチップス文化について簡単に紹介したいと思います。

名前とフレーバー
 イギリス人やアイルランド人はポテトチップスのことをクリスプス(crisps)と呼びます。これは子音が5つもあるのに母音が1つだけという単語なので、日本語話者のみならずたいていの非英語話者にはけっこう発音しにくく、私がイギリスに留学したばかりの時、留学生向け英語クラスで「よく使う日常語なのに発音しにくい単語」の一例としてみんなで発音の練習をした覚えがあります。アメリカ人は同じものをポテトチップス(potato chips)と呼ぶので、日本の呼び方はアメリカ英語の影響だと思われます。イギリスやアイルランドの英語では、チップス(chips)というとフライドポテトにあたるものを指します。アメリカ英語ではフライドポテトはフレンチフライズ(french fries)と呼ばれます。

 日本のポテトチップスというとうす塩とかのり塩、コンソメなどが定番だと思いますが、ブリテン諸島では塩味以外に酸っぱい系のクリスプスも定番です。ソルト&ヴィネガー(塩と酢)とかサワークリーム&オニオンみたいなフレーバーのものがよくスーパーで売られています。私はお酢とかレモンが大好きなのでいつもソルト&ヴィネガーを買っているのですが、これは日本で売っている「すしのこ」みたいな味がします。日本でも酸っぱい系のポテトチップスがもっと売られているといいのに…と思います。こういうお酢が入っているようなものはけっこう食事がわりになります。

 ブリテン諸島のクリスプスは、そのまま食べるのはもちろん、パンにはさんでサンドイッチにして食べることもあります。私は主食がいくつも食卓にあるのは苦手なタイプなのでパンにイモがついてくるというのはどうも好きでないのですが、アイルランド人にはおなじみのメニューのようです。先日ダブリンで見に行ったバーレスクイベントでは、ショーガールがフラフープをしながらポテトチップスのサンドイッチを作って食べるというショーをしていました。よくわからないイベントに見えると思いますが、ブリテン諸島のキャバレー系イベントではこういう変なショーをしょっちゅう見かけます。馴染みのある食べ物がショーに取り込まれているということですね。
 
アイルランドで売られているクリスプス
 アイルランドではいろいろなメーカーのクリスプスが売られています。イギリスでも売られているメーカーのものもあれば、アイルランドでしか見かけないものもあります。いくつか紹介して簡単な味の比較もしてみたいと思います。いつも私が食べているソルト&ヴィネガー味で食べ比べてみます。

ソルト&リネカー味のクリスプスバッグ

 ブリテン諸島全体で売られている定番のクリスプスメーカーとしてはウォーカーズがあります。スコットランドの有名なショートブレッドメーカーであるウォーカーズとは別会社なので注意してください。アメリカのレイズと同じグループの企業なので、ウォーカーズとレイズのクリスプスはロゴ、包装、フレーバーなどがけっこう似ています。ウォーカーズはイースト・ミッドランズ地域の都市レスターにある企業なので、地元出身のサッカー選手ギャリー・リネカーが広告塔をつとめており、たまにキャンペーンで「ソルト&ヴィネガー」味が「ソルト&リネカー」味としてリネカーの写真がプリントされたパッケージで売られます(リネカーは入っていません)。一方でウォーカーズの現在のオーナーであるペプシコは親イスラエル的な企業であるため、最近はボイコットの対象にもなっています。ウォーカーズのソルト&ヴィネガーは薄くて酸っぱく、わりと軽い感じです。

ウォーカーズのクリスプス
ミスター・テイトーが描かれたテイトーのパッケージ

 一方、アイルランド特有のブランドもあります。アイルランドでとてもよく知られているのはテイトーです。テイトー(Tayto)はポテイトー (potato)から来ており、1954年から営業しているアイルランドの老舗ポテトチップスメーカーです。ミスター・テイトーというマスコットキャラクターもおり、日本のカールおじさんとかペコちゃんのようにアイルランド人なら誰でも知っているようなキャラクターです。ここのソルト&ヴィネガーはやや薄味で甘めのやさしいフレーバーです。

袋から出したテイトー

 テイトーは他にもキングやハンキー・ドリーズなどいろいろなクリスプスブランドを傘下にしているのですが、その中でわりとどこのスーパーでも手に入るのがオドネルズです。オドネルズはティペラリーで7世代にわたって農家を営んでいるジャガイモ農場が2000年代末になってから始めたブランドです。最近はギザギザしたクリンクルカットのクリスプスに力を入れているようです。ここのクリンクルカットのサイダーヴィネガー&シーソルトのクリスプスは厚くて甘味と食べ応えがあり、テイトーよりは高級感がありますが、けっこうギザギザにのった油がくどいと感じるかもしれません。

袋から出したオドネルズ

 2011年に営業開始したキョーズは、ダブリンの北側で200年続いているという農家が作ったクリスプスメーカーです。名前だけだとここが一番アイルランドっぽい…というか、キョー(Keogh)はアイルランド特有の姓です。映画スターのバリー・キョーガン(Barry Keoghan)の名前にもこの発音が入っており、「コーガン」と表記されることが多いですが、本人は「キョーガン」に近い発音をしています(アイルランドでも南のコークあたりに行くとgも発音せず「キョーン」みたいになったりするそうですが)。キョーズのアトランティック・シーソルト&アイリッシュ・スウィート・ヴィネガーのクリスプスは色がちょっと濃く、堅くて甘めです。

袋から出したキョーズ

 最後にアイルランドの地元のスーパーマーケットチェーンであるダンズストアのクリスプスを紹介したいと思います。ダンズストアはアイルランドのどこにでもあるスーパーマーケットチェーンで、いろいろストアブランドの食べ物なども出しています。ダンズストアのシーソルト&ヴィネガーのクリンクルカットは酸っぱくてちょっと焦げた色みで、見た目どおりかなりサクサクしています。

ウォーターフォードのダンズストア
袋から出したダンズストア・シンプリーベターのクリンクルカットクリスプス

 これでもアイルランドで売られているクリスプスのほんの一部なのですが、それでもけっこうバラエティがあります。ちなみに私はイギリスではもっぱらウォーカーズのクリスプスを食べていたのですが、最近はイスラエルボイコットと地元の企業支援のためにテイトーを食べています。ただし、クリスプスはやはり油の多い食べ物なので、イギリス人やアイルランド人に倣ってこれを食事がわりに頻繁に食べるのはあまりおすすめはしません。なお、この記事を書くために何種類もクリスプスを買ってきて、開封状態のクリスプスが家に今たくさんあるので、これをひとりで早めに全部食べきらないといけないのか…と思うと油分を想像してげっそりします!

プロフィール
北村紗衣(きたむら・さえ)

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。
twitter:@Cristoforou
ブログ:Commentarius Saevus

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