【本のあるところajiro】「どぶ川のルソー」と呼ばれた男──はじめてのレチフ・ド・ラ・ブルトンヌ(7/16)
「どぶ川のルソー」と呼ばれた男──はじめてのレチフ・ド・ラ・ブルトンヌ
2023年12月25日追記:
本のあるところajiroで2023年に開催したイベントを年末年始に振り返ろう!
2023年12月27日から翌年1月12日まで「「どぶ川のルソー」と呼ばれた男」の再販売を行います。
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18世紀後半、ルソーの自伝『告白』が出版された時代の裏で、サド、ラクロと共に破廉恥の烙印を押され、熟読してはいてもそのことを公言しにくい作家として長らく文学的認知を受けてこなかった、知られざるフランス人作家ニコラ・エドム・レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ。近年、再評価を受ける人物のひとりです。
ルソーに対抗心を燃やしていたレチフは、一見きわめて通俗的で、時に低俗ですらあるその作風から「どぶ川のルソー」という芳しからぬあだ名をつけられたこともありましたが、フランス文学随一とも言われるその膨大な作品群のあちこちから不思議な魅力が漏れ出ていることが徐々に知られるようになってきました。
レチフは当時の多くの作家と違い貴族的な教育にアクセスできず、他方で、印刷工という形で啓蒙の論争にも関わり、いち早く活字に接続された新しいタイプの作家でもありました。性と結婚においても、『新エロイーズ』のルソーとも『閨房哲学』のサドとも異なる真実を追い求め、近代のはじまりにおいてその存在のユニークさは際立っています。つづく19世紀の作家からは、公言はされない一方でレチフからの影響を感じ取ることができ、その特異さを伺い知ることができます。
今回レチフについてイントロダクションを行う森本淳生さん、辻川慶子さん、藤田尚志さんは、それぞれヴァレリー、ネルヴァル、ベルクソンと、レチフ以後の人物を研究の中心としながら、めぐりめぐってレチフに惹きつけられた3人。それぞれの「レチフについて知るキーワード」をもとに、三者三様のアプローチでレチフ像に迫ります。
レチフについて何も知らなくても大丈夫!後世から目を伏せられつづけた作家レチフの不思議な魅力に満ちた文学の世界に出会うゆうべにようこそ。
【「どぶ川のルソー」と呼ばれた男 イベント概要】
日時:
7月16日(日)16時00分~18時00分(120min.)
開場15:30
出演:
森本淳生(京都大学人文科学研究所教授)
辻川慶子(白百合女子大学文学部教授)
藤田尚志(九州産業大学教授)
会場:
本のあるところ ajiro (中央区天神3-6-8-1B)
参加方法:会場参加 / ライブ配信
チケット:
会場・配信ともに1500円
配信方法:
YouTube(2週間アーカイブ付)
お申込:①会場参加チケット
②ライブ配信チケット
主催:本のあるところajiro
お問い合わせ:ajirobooks@gmail.com(担当:田中)
当イベントは「PROJECTマキコミヤ」関連イベント(前夜祭)です。
【レチフ・ド・ラ・ブルトンヌを知る7つのキーワード】
・どぶ川のルソー
18世紀最大のベストセラーであるルソーの『新エロイーズ』が美しいスイスの自然の中でくり広げられる悲恋の物語であるのに対して、『堕落農民』をはじめとするレチフの小説ではパリの下町を舞台に娼婦や不品行な男たちが織りなすスキャンダラスな世界が描かれています。人呼んで「どぶ川のルソー」。彼の退廃した小説世界を非難しながらも、そこに何かしらの「真実」があることを不思議に思った当時の読者がレチフにつけたあだ名です。
・元祖ブロガー
ルソーの『告白』の向こうを張って長大な自伝的作品『ムッシュー・ニコラ』を書いたレチフは、自分の個人史を、ときにフィクションをまじえつつ詳細に書き残そうとした作家でした。セーヌ川の岸壁の岩に日々の出来事を刻みつけた『わが碑銘』は、人々の目にふれる場所に私的な日記を書く一見したところ矛盾した営みですが、今日のブログの先駆けとも言え、レチフの現代性を示しています。(森本)
・破廉恥三人組
18世紀のフランスは啓蒙主義が花開くと同時に、性愛や権力をめぐる傑作群が現れた時代でもありました。いわずとしれた『悪徳の栄え』のサド侯爵、そして書簡体小説の傑作『危険な関係』を書いたラクロ。これにレチフを加えた三人は「破廉恥三人組」と呼ばれることがあります。啓蒙主義の有徳な表通りから一歩入ったところには、彼らが描き出す悪徳の裏通りがありました。そのふたつをあわせることで18世紀フランス文学の豊穣さが見えてくるはずです。(森本)
・近代文学の起源?(19世紀小説への影響)
「彼の作品を読んだとは、人はめったに白状しない」といわれるレチフの作品は、実は多くの19世紀作家の愛読書でした。文豪ゲーテやシラーも熱狂の証言を残しています。フランスではスタンダール『赤と黒』のジュリアン・ソレル、バルザックの悪党ヴォートランには、レチフ作品の影が感じられます。詩人ネルヴァルはレチフの伝記物語を書き、20世紀のシュルレアリスム、プルーストへと架橋しました。レチフは19世紀フランス文学の地下水脈の一つなのでした。(辻川)
・空想(妄想?)の家系図
人はいつ作家になるのか? ネルヴァルは作家レチフの誕生を、妄想の家系図を語った時と考えました。レチフは古代ローマ皇帝ペルティナクスに発した家系図を空想し、自伝作品『ムッシュー・ニコラ』の冒頭に掲げます。それは家系図自体を揶揄するパロディ、荒唐無稽な家系図でした。しかし、それは一つの歴史、一人の自己を創り出す作業でもありました。レチフの家系図はネルヴァルを魅了し、そしておそらくはウジェーヌ・シュー最後の大作『民衆の秘密』をも予告するものとなります。(辻川)
・結婚の脱構築の先駆者
ドゥルーズは現代社会を「管理社会」と捉え、そこで生きる人間を、その一貫性・不可分性=個人性(individuality)ではなく、断片性・可分性=分人性(dividuality)の観点から捉えていました。レチフは、ルソーの作品が普遍的な自我の記述を行なった作品であるのに対し、自分の作品はあくまでも個別的・特殊的な「私」の描写を徹底するものだとしましたが、一見脈絡なく行動をしているように見えるレチフの作品はむしろきわめて現代的な「分人主義」の文学とも言えるのではないでしょうか。(藤田)
・分人主義文学の先駆者
アロマンティック からポリアモリー、動物性愛や対物性愛を経て、代理家族や複合家族まで、 現代の愛・性・家族は日々その複雑性・多様性を増しています。現代社会の基盤とその揺らぎ、その帰趨を見定める最良の方法の一つは、フランス文学に目を向けることです。レチフは、ルソーやサド、ディドロやフーリエとともに、愛・性・家族に関する奇天烈で豊饒な思考実験のラボの一角を形成しています。(藤田)
【出演者プロフィール】
森本淳生(もりもと・あつお)
1970年生まれ。京都大学人文科学研究所教授。博士(フランス文学・文明)。専門はフランス文学。著書に、『小林秀雄の論理』(人文書院、2002年)、Paul Valéry. L’Imaginaire et la Genèse du sujet. De la psychologie à la poïétique (Minard Lettres Modernes, 2009)、編著に、『〈生表象〉の近代』(水声社、2015年)、『マルグリット・デュラス 〈声〉の幻前』(共編、水声社、2020年)、『愛のディスクール──ヴァレリー「恋愛書簡」の詩学』(共編、水声社、2020年)など、翻訳に、『ヴァレリー集成III 〈詩学〉の探求』(共編訳、筑摩書房、2011年)、ウィリアム・マルクス『オイディプスの墓──悲劇的ならざる悲劇のために』(水声社、2019年)、ジャック・ランシエール『文学の政治』(水声社、2023年)などがある。
辻川慶子(つじかわ・けいこ)
1973年生まれ。白百合女子大学文学部教授。博士(フランス文学)。専門は19世紀フランス文学、ネルヴァル、ロマン主義。著書に、Nerval et les limbes de l’histoire (Droz, 2008)、共編著に、『芸術におけるリライト』(弘学社、2016)、『GRIHL - 文学の使い方をめぐる日仏の対話』(吉田書店、2017)『引用の文学史』(水声社、2019)、共著に、Gérard de Nerval, Histoire et politique (Classiques Garnier, 2018)、『フランス文学の楽しみかた』(ミネルヴァ書房、2021年)、共訳書に、ブリュノ・ヴィアール『100語でわかるロマン主義』(白水社、2012年)、ポール・ベニシュー『作家の聖別』(水声社、2015年)など。
藤田尚志(ふじた・ひさし)
1973年生まれ。九州産業大学教授。Ph.D(哲学)。専門は哲学、フランス近現代思想。著書に『ベルクソン 反時代的哲学』(勁草書房、2022年)、共編著に『ベルクソン『物質と記憶』を解剖する』(2016年)、『ベルクソン『物質と記憶』を診断する』(2017年)、『ベルクソン『物質と記憶』を再起動する』(2018年)(いずれも書肆心水)、共著にMécanique et mystique(Olms, 2018)、『ベルクソン思想の現在』(書肆侃侃房、2022)ほか。訳書にアンリ・ベルクソン『時間観念の歴史』(共訳、書肆心水、2019年)、マルセル・ゴーシェ『民主主義と宗教』(共訳、トランスビュー、2010年)ほか。
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