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【お砂糖とスパイスと爆発的な何か】知られざるプレコード映画の世界(5)元祖『ロッキー・ホラー・ショー』、クィアなお屋敷ホラー『魔の家』(The Old Dark House)(北村紗衣)

Poster del film The Old Dark House (1932). wikipedia commons より

若いカップルが車を運転しながら旅行している最中、家もまばらな田舎で天気が悪くなってきます。困った若者たちは近くで見つけたお屋敷に避難しようとします。なんとなく不気味なそのお屋敷には、怪しい人間たちが住んでいました……

 このあらすじの説明を見てたいていの映画好きが思い浮かべるのは『ロッキー・ホラー・ショー』(1975)だろうと思います。『ロッキー・ホラー・ショー』は2022年時点のインフレーション調整済み北米映画興行収入ランキングでは歴代85位で、非常に有名な作品です。
 
 パロディやオマージュ満載の『ロッキー・ホラー・ショー』ですが、実はお話の展開はプレコードのホラー映画『魔の家』(The Old Dark House, 1932)からそのままいただいています。今回の記事では、この『魔の家』をとりあげたいと思います。

◆プレコードホラー映画の巨匠ジェイムズ・ホエール

 『魔の家』の監督はイギリス人のジェイムズ・ホエールです。ホエールは『フランケンシュタイン』(1931)、『透明人間』(1933)、『フランケンシュタインの花嫁』(1935)など、ユニバーサルのホラー映画で大活躍した監督でした。『フランケンシュタインの花嫁』はヘイズ・コード強化後の作品ですが、他はプレコード映画です。また、人間ドラマも撮れる監督で、セックスワーカーがヒロインの『ウォタルウ橋』(1931)はのちにヴィヴィアン・リー主演で『哀愁』 (1940)としてリメイクされました(2作を比べるとヘイズ・コードの影響がよくわかります)。

 ホエールはこの時代としては珍しく、同性愛者であることを隠していませんでした。1998年にはホエールの晩年を描いた伝記映画『ゴッド・アンド・モンスター』も作られ、イアン・マッケランがホエール役を演じています。

◆避難した屋敷の怪しい住人たち

 『魔の家』は、フィリップ(レイモンド・マッシー)とマーガレット(グロリア・スチュアート)の若いウェイヴァートン夫妻とその友人ロジャー(メルヴィン・ダグラス)がウェールズの田舎でドライブをしている際、嵐に見舞われるところから始まります。
 
 3人はレベッカ(エヴァ・ムーア)とホレイス(アーネスト・セシジャー)のフェムきょうだいが住む屋敷に避難します。きょうだいによると、2人の他にこの家に住んでいるのは口のきけない執事モーガン(ボリス・カーロフ)と、102歳という高齢で動けない父親ロデリック(エルスペス・ダジョン)です。
 
 その後、同じく嵐で移動できなくなったサー・ウィリアム(チャールズ・ロートン)と連れであるコーラスガールのグラディス(リリアン・ボンド)も屋敷に避難してきます。ロジャーはグラディスといい雰囲気になります。ところがこの家は怪しいことだらけで、きょうだいは変人、モーガンは酒乱で、さらに上の階に別のきょうだいであるソール(ブレンバー・ウィルズ)が幽閉されていることもわかってきます。モーガンが面倒を見ていたソールを部屋から出した結果、屋敷を燃やそうとするソールを止めるためお屋敷の客たちは戦うことになります。結局ソールは死亡し、お客たちは助かり、ロジャーとグラディスは結婚することになります。

◆失われていたフィルム

 この作品にはホラー界の大スターであったボリス・カーロフが出演している他、『タイタニック』(1997)で101歳のローズを演じたグロリア・スチュアートも出ています。スチュアートは『透明人間』にも出演しており、プレコード映画の美人スターでした。『魔の家』ではまだ60歳だった女優のエルスペス・ダジョンが男装し、ジョン・ダジョンという男性名のクレジットで102歳のおじいさんロデリックを演じたことを考えると、87歳のスチュアートがのちに101歳のローズを演じたのはなかなか面白いめぐりあわせです。
 
 古いお屋敷が出てくるホラーはこれ以前に『猫とカナリヤ』(1927)などがありますが、『魔の家』は原題をそのまま拝借した「暗いお屋敷ホラージャンル」‘the dark house horrorgenre’とでも言うべきものの嚆矢と見なされています(お屋敷につきものの幽霊は出てきませんが)。
 
 『魔の家』は1968年まで完全なフィルムが行方不明で(プレコード映画ではわりとよくあることです)、封切り時に鑑賞した人以外、ほとんどの人はちゃんと見たことがなかったと考えられますが、1963年には原作であるJ・B・プリーストリーのBenightedをベースに、ハマーフィルムズによるリメイク映画も作られました。『ロッキー・ホラー・ショー』は1973年に作られた舞台ミュージカルの映画化で、リメイク版が撮影されたのと同じオークリー・コートで撮影されています。ずっと完全版が見られなかったことを考えると、スタッフのうちどのくらいの人が『魔の家』を見ていたかはわかりませんが、昔のホラーへのパロディやオマージュ満載の『ロッキー・ホラー・ショー』は『魔の家』の影響下にあると考えられます。

◆クィアなホラーコメディ

 『魔の家』は短いですが、いろいろな要素がある作品です。序盤は没落した上流階級の変人であるフェム一家のお屋敷に、そこまで階級が高くないお客たちが紛れ込んでしまって居心地が悪い様子を描くカルチャーギャップコメディのような感じで、ホエール特有のユーモアのセンスが発揮されています。こうしたコミカルな要素は『ロッキー・ホラー・ショー』のご先祖と言えます。
 
 『魔の家』はセクシュアリティ、とくにクィアなセクシュアリティの表現についても『ロッキー・ホラー・ショー』のご先祖と言える作品です。
 
 本作では、ヒロインのマーガレットが着替えのために下着姿になる場面があります。プレコードのホラー映画では美人女優が無駄に露出度の高い服装になる場面がたまにありますが、こういう場面はヘイズ・コードが強化されるとあまり見られなくなり、コードがなくなってからスラッシャーホラーで復活します。
 
 『ハロウィン』(1978)で殺人鬼がトップレスの姉を殺害する場面や『エイリアン』(1979)で逃げ切れたと思ったリプリー(シガニー・ウィーヴァー)がほっとして下着姿になる場面など、有名なホラーにはやたら美女が服を脱ぐサービスカットがあるので、『スクリーム2』(1997)ではこれがネタにされているくらいです。

 だいたいは無駄脱ぎみたいな感じになるホラーの美女脱衣シーンですが、『魔の家』ではこのマーガレットのお着替えがわりとキャラクターの人物造形にちゃんとかかわってきます。若くて美しいマーガレットがドレスを着替えていると、かなり年上でおそらく狂信的なクリスチャンであるらしいレベッカが、下着姿のマーガレットをじろじろ見ながら、この部屋に住んでいた亡くなった姉妹レイチェルの話に絡めつつ、ふしだらな若い女を糾弾する発言をし始めます。さらには下着に触るなど、女性同士としても初対面の相手にするにはかなり失礼な振る舞いをします。

 レベッカは、『ミスト』(2008)のカーモディ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)など、たまにホラーに出てくる狂信的なキリスト教徒の中年女性を予見するようなキャラクターですが、さらにこの場面のレベッカは、おそらく抑圧されたレズビアンなのではないかと思われるところがあります。抑圧されたレズビアンの欲望が下着を使って表現されるというのは『レベッカ(1940)が有名ですが、下着を触って若く美しい女性を糾弾する『魔の家』のレベッカ(奇しくも同じ名前ですが)は既にこの連載で解説した「サイコレズビアン」の一種だと思われます。レベッカが美しい女性を糾弾するのは、女性を欲望しても得られることがないとわかっているからです。
 
 さらにこの映画に出てくるウィリアムはおそらくゲイではないかと思われます。寡夫であるウィリアムはやはり若い美女であるグラディスを連れ回していますが、グラディスいわく、2人の間には性的な関係が一切ありません。グラディスはお手当をもらってウィリアムに付き合っていますが、それだけの関係で、ウィリアムはグラディスがロジャーと良い仲になっても全く嫉妬しません。グラディスやロジャーはウィリアムが亡き妻を忘れられないのだろうと考えていますが、一方でウィリアムがグラディスのような闊達な女性に対して性欲すら抱いてないらしいのは少し不思議だと思わせる描き方になっています
 
 これだけだとウィリアムはアセクシュアルなのかもしれませんが、途中でグラディスが‘Helikes people to think he’s ever so gay.’「[ウィリアムは]みんなに自分がめちゃgayだって思わせたがってて」と言っているところが意味深長です。gayという言葉はもともと「陽気な」という意味でした。オクスフォード英語辞典によると、gayが現在のような「同性愛の」という意味で使われるようになった時期は不明確で、1922年と1933年にそういう意味かもしれない用例がありますが、ちょっとはっきりしません。しかしながら、監督のホエールが同性愛者でその種のスラングには通じていたであろうことを考えると、これはウィリアムが同性愛者だということをほのめかす二重の意味があるのかもしれません。
 
 本作でとくにクィアなのは、執事モーガンとソールの関係です。モーガンはおそらくかなり重症の精神疾患を抱えている主人を見張る役割をつとめており、酒癖がひどいのにその力量ゆえ雇われ続けているという点で、シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』に出てくるグレイス・プールの男性版だと思われます。ソールは、レイチェルは家族に殺されたのであり、自分はその秘密を知っているので監禁されているのだと主張していますが、これがどの程度本当なのかはよくわかりません。
 
 モーガンは映画の中盤で、マーガレットが1人でいるところを泥酔状態で追い回してつかまえようとします。これは一見したところ、モーガンが女性に対する性的な脅威であることを示唆しているように見えますが、おそらく意図的なミスリーディングです。最後にモーガンは亡くなった主人であるソールを抱き上げ、驚くほど優しい感情とショックを露わにします。この場面は男性同士の愛情を細やかに描いており、独特のクィアな雰囲気に溢れていることが既にいろいろなところで指摘されています。この作品は精神疾患を抱えた主人と、障害を抱えながらその主人に尽くす執事のBLとでもいったような風情で終わります。
 
 クィアな登場人物があまり幸せな結末を迎えない『魔の家』ですが、『ロッキー・ホラー・ショー』のご先祖というだけあって、クィア要素とブラックユーモアに溢れた作品です。女優が男役を演じてちゃんと迫力があるというキャスティングの工夫も実験的です。『フランケンシュタイン』や『透明人間』はクラシックホラーとして有名ですが、『魔の家』ももっと人目に触れる機会があっても良いと思います。

参考文献
Bruce Markusen, Hosted Horror on Television: The Films and Faces of ShockTheater, Creature Features and Chiller Theater, McFarland, 2021.

初出:wezzy(株式会社サイゾー)

プロフィール
北村紗衣(きたむら・さえ)

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。
twitter:@Cristoforou
ブログ:Commentarius Saevus

著書『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門(書肆侃侃房)


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