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新鋭短歌シリーズを読む 第十回  水野葵以「呪いを解き、光を得るまで」

 2013年から今を詠う歌人のエッセンスを届けてきた新鋭短歌シリーズ。今年二月にシリーズ第五期第四弾『ショート・ショート・ヘアー』『老人ホームで死ぬほどモテたい』『イマジナシオン』の発売と全タイトル即重版が決定するなど、盛り上がりを見せています。(http://www.kankanbou.com/books/tanka/shinei
 本連載「新鋭短歌シリーズを読む」では、新鋭短歌シリーズから歌集を上梓した歌人たちが、同シリーズの歌集を読み繋いでいきます。
第十回は『ショート・ショート・ヘアー』の水野葵以さんが、上坂あゆ美さんの『老人ホームで死ぬほどモテたい』を読みます。どうぞおたのしみください!

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お父さんお元気ですかフィリピンの女の乳首は何色ですか

 雑誌『ダ・ヴィンチ』の「短歌ください」という連載でこの歌を見たとき、そのパンチの強さに、文字通り後頭部を殴打されたような衝撃を受けた。手紙のような穏やかな口調でありながら、父親に対し痛烈な皮肉を浴びせているこの歌で、僕は上坂さんの短歌と出会った。
 『老人ホームで死ぬほどモテたい』(以下、『老モテ』)は、一冊を通してひとりの女性の生きてきた道すじを追う内容となっており、両親の離婚や地元・沼津での生きづらさ、それらから抜け出し上京したあとの生活などが、軽妙な言葉遣いとユーモアで描かれている。
 先に引用した歌は、『老モテ』の中では作中主体=「わたし」が中高生のころの様子を綴った「xの値を求めていた頃」という章の最後に登場する。初めて目にしたときには、正にいま感じている父親への嫌悪感の発露の歌として受け取っていたが、歌集の中の一首として読んでみると、前後の流れ(この歌の前には「わたし」が実家を出ていくという歌が、あとにはフィリピンに移住した父親の死の報せを受けた様子を描いた「海物語」という章が配されている)も相まって、父親への嫌悪だけでなく、家族や地元といった呪縛への決別の意志を含んだ歌のように思えた。
 こうして読み進めていくと、『老モテ』は、「わたし」が種々の呪いを脱した記録であるということがわかる。ここからは、作中で多用されている「光」やそれに類する表現に注目して、その過程を見ていきたい。

撫でながら母の寝息をたしかめる ひかりは沼津に止まってくれない

 この歌は、上京後に亡くなった祖母の葬式のため地元に戻ってきたという内容の章、「スナックはまゆう」に登場する。ここでの「ひかり」は新幹線の名称と思われるが、沼津駅に停車しない「ひかり」と、暗い過去としての沼津での生活を重ねているようである。

にせものの光こわいよ 道徳の教科書 笑顔 Windowsの壁紙

 「xの値を求めていた頃」からの一首。「道徳の教科書」「笑顔」「Windowsの壁紙」(Windows XPの初期設定の、緑の丘の画像だろうか)、いずれも学校生活を思わせる明るいモチーフだが、それらを「にせもの」だと感じている。どこかクラスに馴染めない心境が窺える。

できるだけ不幸になりたい人といて中華料理屋の名前は「ひかり」

 この歌は、「海物語」の直後の章、上京後の暮らしを描いた「ヤニとマカロン」の冒頭に登場する。それまでの登場人物は主に家族のみであったが、ここで初めて沼津にいたころの「わたし」と関わりのない人物が登場し、「ひかり」という言葉とともに新たな生活を思わせる。

有休で泥だんごつくるぼくたちは世界でいちばんいちばんぴかぴか

 東京での恋人との暮らしを綴った「有休で泥だんご」に登場するこの歌では、先述の「にせものの光」とは違い、恋人との時間が真に光り輝いているようである。すでにこのあたりでは家族や地元への言及はなくなり、過去に囚われず未来に目を向けた、幸福感のある歌が増えてくる。

怒りって光と似てる 路地裏の掃き溜めすべてはじまりだった

 最後の章である「新堀ギターをさがしてごらん」は、この歌で始まる。歌集の序盤で描かれた家庭や学校での苦しい時間を回想するような一首で、胸を占めていた憤りが光へと昇華するまでの道のりを思わせる、締めくくりにふさわしい歌である。
 このように、「光」というモチーフに注目すると、家族や地元の呪縛から解かれ、次第に本物の「光」を手にしていく様子が見て取れる。思えば、『老人ホームで死ぬほどモテたい』というタイトルは、未来に向けられた願いだ。とうに呪いから自らを解き放つことに成功し、その目はずっと先を見据えている。「わたし」がこの先どんな光を得て、それをどのように記録していくのか、続きを知りたい気持ちがした。

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【執筆者プロフィール】
水野葵以(みずの・あおい)
1993年4月30日、東京都生まれ。2018年より作歌を始める。
「タクトをふるう」で第62回短歌研究新人賞候補作、「三人家族」で第3回笹井宏之賞最終候補作。短歌ネットプリント「ウゾームゾーム」を不定期配信中。著作に、短歌と写真のZINE「あいもかわらず」。
Twitter:https://twitter.com/TomAoi_24
Instagram:https://www.instagram.com/tomaoi_24/

新鋭短歌シリーズ58『ショート・ショート・ヘアー』

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