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【「極私的」韓国大衆文化論序説】第5回祖母は魔法使い?――恐るべし「民間療法」(崔盛旭)

民間療法とは何か。広辞苑には「古来、民間で発見され伝承されてきた方法によって行う病気の治療法」と定義されている。つまり医学的、科学的な根拠があるとは言えないものの、人類の長い経験から生まれた治療法ということだ。私はこの言葉を聞くと、真っ先に母方の祖母を思い出す。幼い頃色々と体に問題があった私は、祖母独自の民間療法に大変厄介になったからだ。凡人には想像もつかない手を次々と繰り出す祖母に辟易したこともあったが、その都度、私の症状は不思議と治ったのであった。

小学校6年生のときに亡くなった祖母は、満州族の人だった。祖父と満州で出会い結婚した後、朝鮮で暮らし始めたらしい。私にとって「満州族」としての祖母の記憶は、何と言っても母から聞いた朝鮮戦争のエピソードが強烈だ。家族全員で避難する途中に山奥で中国軍の兵士と出くわし、殺されそうになったものの、祖母の流暢な中国語のおかげでみんなが助かったという話だった。祖母が満州族であることを知った中国軍の兵士が見逃してくれたのだと、母は幾度も幼い私に聞かせてくれた。祖母の中国語を直接聞いたことは一度もなかったが、子ども心に祖母が「特殊な能力」の持ち主に思えてならなかった。

そんな祖母のもう一つの特殊能力は「痛いところを治す力」だった。それこそがまさに民間療法であり、そこに科学的根拠などないのは言うまでもない。長い歳月を経て伝承されてきた人類の経験と知恵なのかどうかも、正直いまだにわからないし、祖母のただの当てずっぽうかもしれない。だが、祖母はまるで魔法のように、私の「痛いところ」を治してくれたのだ。祖母のお陰で病院の世話になることも薬を買いに行くこともめっぽう減ったので、貧しい生活に苦しんでいた両親は大いに有難かったに違いない。

さて、そんな祖母の「魔法」とは一体どのようなものだったのか。幼い時分だったのでその多くは忘れてしまったが、ただ、独特すぎるいくつかの療法は、今でも脳裏に焼き付いて鮮明に覚えている。

①「塩をまき、ほうきで掻く」
『パラサイト 半地下の家族』の家政婦同様、桃アレルギーを持っている私は、小さい頃から桃の香りを感じるだけでも、全身に蕁麻疹が出ていた。その日も近くに桃があったのだろう、身体中が真っ赤になり、掻いても掻いても消えない痒みに大泣きする私を見て、祖母はいきなり服を脱がせた。そして台所から塩を持ってきて、頭から足先まで私の体にまき始めた。祖母の不可解な行動に私の泣き声は大きくなるばかり。祖母はさらに、ほうきを手にして私に向かってきた。

泣き止まない私をほうきで殴るのかと思いきや、手にしたほうきで私の全身を掻きだしたのだ。そしてついに奇跡が起きる。最初は激痛に襲われたものの、苦痛でしかなかった痒みが徐々に消え去ったのだ。私の泣き声はやがて笑い声に変わっていた。そして祖母は、私の身体についている塩を水できれいに流し、優しく背中を撫でてくれた。桃アレルギーによる痒みが、まるで魔法のように治った瞬間だった。その後も同じようなやり方で、私は何度も祖母の魔法にかかった。今では児童虐待と誤解されかねない光景だったに違いないが、私の身体は、優しく背中を撫でてくれた祖母の温もりをちゃんと覚えている。

② 「おしっこで手を洗う」
子どもの頃、日が暮れるまで遊んだ後に家に帰って手足を洗うのが大嫌いだった。怒られてやむなく洗っても、手足を水にちょこっと浸けるだけ。手足はいつもざらざらで、とりわけ冬場はしょっちゅうあかぎれになったものだ。だが、痛い痛いあかぎれも祖母の手にかかると嘘のように治ってしまう。ただその方法は、たらいにおしっこをさせ、その尿で手を洗わせるという信じがたいものだった。いくら自分の尿とはいえ、絶対に手など入れたくない。嫌がって抵抗すると、祖母は片手で私の手を握り、もう一方の手でおしっこをすくいながら洗ってくれるのだった。日を置いて2、3回繰り返すうち、いつしかあかぎれは治っていた。大人になり、人間の尿にはアンモニアなどの様々な成分が含まれていると知ったとき、ふと祖母のことを思い出して、もしかするとこれだけは根拠のある療法だったのかもしれないと思ったりもした。

③「新聞紙の油で虫歯の痛みを和らげる」
虫歯の痛みは今さら説明の必要もないだろう。誰でも一度は経験したことはあるだろうその苦痛は、大人になっても慣れるものではない。まして子どもにとっては、虫歯の痛みはもちろん、全身が切り裂かれるような感覚の恐怖と戦うことになる。虫歯に苦しむ私を、もちろん祖母は放っておかなかった。祖母は決まって、新聞紙を何枚か重ねて丸め、細長い棒のようにすると火をつけた。するとロウソクの蝋のように、新聞紙から黄色の油がぽたぽたと落ちてくる。一滴も逃すまいと素早く茶碗を当てて受け、大さじ一杯ほど油が溜まると綿に吸い込ませる。そしてその綿を虫歯の穴に押し込んだ。

今と違って昔の新聞紙には印刷したときの輪転機の油がよく残っており、独特な匂いがした。どう考えても根拠などあるはずがないのに、なぜか痛みは「飛んでいく」。それでも痛みが収まらないとき、あるいは抜くしかないと判断されたときだけ私は歯医者に通った。

④ 「灰を飲ませて胃もたれを治す」
ソルナル(旧正月)やチュソク(お盆)、誕生日など、食べきれないほど周りに食べ物に溢れている特別な日に、待ってましたと訪れる「病魔」といえば、これまた子供には苦しく悔しい「胃もたれ」だろう。そんなときも祖母がいれば心配は無用だ。韓国の諺に「目には目を、歯には歯を」というものがあるが、胃もたれを治す祖母の療法は、その諺の実践そのものだった。たとえば胃もたれの原因が餅だとすると、餅を焼いて灰にし、その灰を飲ませるといった具合に。あとはゲップを待つのみ。私のゲップに微笑んでいた祖母の笑顔が今でも浮かぶ。

⑤ 「トウモロコシのひげでお茶を作る」
小学校3年生で腎臓炎を患った私は、約2ヶ月間、学校を休んだ。経済的な事情から入院はせず、母が病院から薬や排尿量を測る瓶をもらって家で治療をしていた。腎臓炎は何よりも排尿が大事で、私のおしっこの量を見て両親や祖母は一喜一憂したものだ。おしっこが思うように出ないと、お腹やおちんちんが腫れあがってみんなが慌て、ため息をついていたのを思い出す。そんなある日、祖母が作ってくれたのがトウモロコシのひげ茶だった。これを飲めばおしっこがすらすらと出るはずだと。そして、本当にそうだった。実は薬の効果かもしれないが、トウモロコシのひげ茶を飲むようになってから、お腹やおちんちんが腫れあがることは無くなったのだ。

最近では利尿作用があるとしてトウモロコシのひげ茶が市販されてもいるので、これはわりと一般的な民間療法として昔から伝わってきたのではないかと思う。祖母だけの魔法ではなかったかもしれないが、それにしても40年以上前に、ハングルも読めなかった祖母は、どのようにトウモロコシのひげ茶を知ったのだろうか。それは今でも謎のままだ。

繰り返すようだが、これら祖母独自の民間療法には効果の根拠も保障も当然ない。それでいて不思議と治るからまるで魔法のように感じられる。だがその背後に確かに存在するのは、ほかならぬ「孫への愛情と思いやり」である。韓国にはおばあさんやお母さんの手は「薬手」という言い伝えがある。痛いところを祖母や母が撫でると治るという信仰に近いものだが、医学とは別次元に存在する「治癒」、それこそが祖母の魔法の秘密なのではと今はつくづく感じている。

プロフィール
崔盛旭(チェ・ソンウク)

映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)、『韓国女性映画 わたしたちの物語』(河出書房新社)など。日韓の映画を中心に映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

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