見出し画像

新鋭短歌シリーズを読む 第二回 久石ソナ「熱量の表現」

2013年から今を詠う歌人のエッセンスを届けてきた新鋭短歌シリーズ。最新刊『君が走っていったんだろう』『エモーショナルきりん大全』『ねむりたりない』がついに刊行され、盛り上がりを見せています!本連載「新鋭短歌シリーズを読む」では、新鋭短歌シリーズから歌集を上梓した歌人たちが、同シリーズの歌集を読み繋いでいきます。
第二回は『サウンドスケープに飛び乗って』の久石ソナさんが、手塚美楽さんの『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』を読みます。どうぞおたのしみください!

ロマンチック・ラブ・イデオロギー_書影

*****

 手塚美楽さんの歌集は手塚さん本人の息継ぎや熱量が伝わってくるような歌集で、どこまでも読者を惹きつける(良い意味で振り回される)一冊だと感じる。
 歌集に描かれるひとつのテーマには恋愛がある。恋愛、と括っても多岐にわたる状態で、その環境に身を置くからこそ複雑な心情がうまれてくる。『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』はそういった現代を切りとり、それを読者に届けてくれる。

字も嫌いペンを握る手に伝わる力の湧き出るところわたしの彼氏

 彼氏という近い存在になるからこそ見えてくる景色があり、細かいところまで鮮明に見えてくる。「ペンを握る手に伝わる力の」と破調が特徴的だ。彼氏に対しての感情が強く揺らぐ場面でもある。

どうしようもないほど無敵桜の木折っても誰にも咎められない

 歌集の中の人物は大学生として過ごしており、社会に出るまでの気怠い時間が流れる。歌集全体を通してその時間と、抗うような力強さとリズムがうまれている。
 また、歌集には願望を含む歌が多く点在し、夢や憧れに対する入り組んだ感情に歌集の中の人物の考え方が垣間見られる。

運命が決まってるとかじゃなくて起こる事象を受け入れてたい
暇が怖い女が怖い眠れない完全に動かなくなってみたい

 義務教育の時代は自分で選択するという場面が少ない。その時代よりも大学生の方が選択肢が増えるのだろうが、それでも社会という枠組みに組み込まれているのだろう、という感覚を短歌から覚える。

 歌集には多行書きの歌があり、息継ぎに近い感覚で読んでいて楽しくなる。他行書きに関しては、歌集を監修した東直子さんの解説でも触れている。また、短歌研究2021年7月号の特集『二〇二一「短歌リアリズム」の更新』で山田航さんと手塚さんとが対談している。そこでも多行書きに触れており、対談での手塚さんの回答を引用すると、
「多行書きの歌は最初から多行書きです。肉声の感覚が一番近いかもしれないです。(省略)実際にブツブツ言っているから一行だと長いかなとか、感覚的に思ったら分けたりしてますね」
 と述べている。
 肉声というリズム感覚は、この歌集の特徴でもある。

抱き合ってねむる人たち
一方その頃アフリカでは子どもたちが

結婚をしたいとおもった
帰り道 生年月日はwikiで知ってた

絶対に光るな
夜の観覧車とか海とかでは済ませられない

 ちなみに、他行書きは二句切れ、三句切れ、四句切れが多く、二句目の途中で改行される歌が二首、初句で改行されているのが一首ある。実際に声に出して読んでみるとわかるが、歌が始まる前に一度呼吸があるから、上の句に改行がすくなるのだろうと感じる。〇を呼吸とすると、

一昨日とちがう柔軟剤のにおい
明かりの灯るおおきなおうち

となる。
 「一昨日」の前に呼吸がないと三句目まで一息でたどり着けないのだろうと思う。一行での表記では読者が呼吸の位置を設定しやすい(もちろん句切れがその機能を果たしている)が、改行のほうが呼吸を意識的にも視覚的にも感じさせる。

さようなら
中央線特快中野
リュックから湧き上がるプリクラ

 歌集収録歌でこの歌が唯一初句で改行されているが、初句で呼吸を置くことで、「さようなら」が重たく響いてきて際立ってくる。肉声がまずあり、肉声を出すために呼吸、息継ぎがうまれ、それが改行として、意図的にあるいは感覚的にここで息継ぎしたいという意思が歌集に存在する。
 『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』を読んでいてふと思い出したのが、『ジャスミン・ビーンの異世界メイクと美しさの哲学』(YouTube 「VOGUE JAPAN」)である。ビーン氏のメイクは悪魔のようで世間からは理解されにくいという。けれど確かにメイクで自分自身を表現するという彼女の姿勢はとても魅力的で(個人的にはビーン氏のメイクは引き込まれる)手塚さんの短歌の魅力と重なる部分がある。自分が表現したいものや熱量が先にあってそれを短歌という枠で表現しているように感じる。その姿勢が手塚さんの短歌の魅力であり、それが詰まった歌集である。

*****
【執筆者プロフィール】
久石ソナ(ひさいし・そな)
1991年 札幌市生まれ
2010年 早稲田短歌会入会
2012年 札幌へ戻り 北海道大学短歌会の創設者のひとりになる
2015年 第一詩集『航海する雪』
2016年 第50回北海道新聞文学賞受賞
2018年 短歌研究新人賞 候補作
2019年 札幌・琴似に美容室「雨とランプ」をオープン
2021年 歌壇賞 次席 第一歌集『サウンドスケープに飛び乗って』 第二詩集『インスピレーション・バージョン』
同人誌『ネヲ』主宰者、白いひぐま歌会主宰者のひとり

新鋭短歌シリーズ50『サウンドスケープに飛び乗って』

サウンドスケープに飛び乗って_書影


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?