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新鋭短歌シリーズを読む 第一回 笹川諒「選択の末に」

2013年から今を詠う歌人のエッセンスを届けてきた新鋭短歌シリーズ。最新刊『君が走っていったんだろう』『エモーショナルきりん大全』『ねむりたりない』の刊行を前に、新連載「新鋭短歌シリーズを読む」がはじまりました。新鋭短歌シリーズから歌集を上梓した歌人たちが、同シリーズの歌集を読み繋いでいきます。
第一回は『水の聖歌隊』の笹川諒さんが、久石ソナさんの『サウンドスケープに飛び乗って』を読むことからスタートします。どうぞおたのしみください!

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 久石ソナさんは美容師だ。『サウンドスケープに飛び乗って』には、美容師としての職業詠が多く収められている。また、歌集巻末の解説や略歴を読めば、地元の札幌と東京を行き来しながら暮らした時期に、この歌集の歌が生まれたのだということがわかる。こころの深い部分が故郷である札幌と東京の間で振り子のように揺れ動いている感覚は、歌集全体から伝わってくる。そして、久石さんは詩人でもある。整理された伝わりやすい言葉よりも、自分の直感をなるべくそのままのかたちで刻み込んだ言葉の方を優先する歌の作り方には、詩作の経験も反映されているのだろう。
 印象に残った歌を紹介したい。

雨を知るぼくらはいまだ幼くて愛しいほどに屋根が連なる

 少し高い場所から雨に濡れる街の風景を見下ろしているのだろうか。歌の解釈はなかなか難しい。子どものような感受性で、家々の屋根を雨が打つ音を思い浮かべ楽しんでいるということかもしれない。助詞「て」による接続に、詩人の直感が宿っているような気がする。

大丈夫ここは世界のまんなかじゃないからメロンパンはあまいよ

 メロンパンが甘いのは当たり前のはず。しかし、その甘さが保証されているのは、ここが「世界のまんなか」ではないかららしい。「世界の中心で、愛をさけぶ」という映画があるけれど、この歌に出てくる二人はそういう大きな物語の主人公ではなく、いわゆるエキストラ的な存在なのだろう。エキストラであることから得られる安心というのは、たしかにある。

ビル風で罵れよ秋 取り留めのない話題なら持っているんだ

 ビル風で攻撃を仕掛けてくる秋に対し、「取り留めのない話題」で戦いを挑むという不思議な構図。この人は自分が持っている話題にそれなりの大きな価値があると思っているようだ。話題の具体的な内容は書かれていないけれど、美容師という職業柄、お客さんとのコミュニケーションのために常に何か面白い話題を用意しておけるよう気を配っているのかもしれない。

雨水は窓を伝ってわたしたちきっとあらゆる選択肢の川

 歌集の最後の一連「海の向こう風の休まる土地」に収録された歌。進路に迷いながら、おそらく人生における様々な取捨選択を繰り返した末に生まれた歌なのだろう。歌集の中でここまでに読んできた他の歌も色々思い出されて、こころを揺さぶられた。この歌では、わたしたちが選ばなかった方の選択肢に対しても、透明で優しい眼差しが注がれている。

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【執筆者プロフィール】
笹川 諒(ささがわ・りょう)
長崎県生まれ、京都府在住。「短歌人」所属。
歌集『水の聖歌隊』(2021年、書肆侃侃房)。

新鋭短歌シリーズ49『水の聖歌隊』

水の聖歌隊_書影


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