現代神祇装束考:戦後の神職と位袍(1)

*章・節ごとに少しずつ投稿していきます。

(1)はじめに
 こんにちの神職のうち、少なくとも神社本庁の指導下にある者は、大祭や天皇親拝などの祭儀に奉じるとき、その身分に応じて、かつての位袍とほぼ同一の体系を持つ「正服」を著けることになっている(神職の祭祀服装に関する規定第2条)。
 しかし、故実の実質はともかくとして、「有職故実」の総体を学問としてとらえるならば、神社本庁包括下にある神職が「正服」もとい位袍を著けることは、古制に違背するものとも思われる。位袍はあくまでも「位袍」であり、有職の上では、禁色の着用を正当化する(禁色を当色とする)事由がなければ、原則として著けることが許されないはずである。
 律令制等に基づく官制が維持されていた時代にあっては、公的な身位である位階か、天皇との私的関係に基づく禁色勅許があって初めて、相応の禁色を許された。
 明治維新後の帝国憲法施行下では、勅任、奏任、判任の別が当色を正当化した。欽定憲法による国家神道レジームの中にあっては、神職もまた、こうした官の体系に組み入れられた存在であり、位袍が官位に紐付いたシステムであることを踏まえると、戦前の神職が位袍を著けていたことは、必ずしも禁色の枠組みの本旨から逸脱しているとは言えない。
 注目すべきは、こうした禁色・当色の規範意識は、如何に律令制が弛緩しようとも、社会が近代的な憲政に移行しようとも、決して軽んじられてこなかったという史実である。このことは、自然、位袍に関する諸規範の厳格な適用が、有職故実上の重大な意義を持つものであることを示唆している。
 他方で、太平洋大戦終結後、国家神道レジームが廃され、神職は「官」の存在ではなくなったのであるから、一社の故実があるような場合を除き、神職には、位袍の着用を正当化する有職上の理論的根拠が与えられていないことになる。
 しかるに、神社本庁に帰属する神職、すなわち「戦後の神職」は、どのような論理によって位袍を著けているのであろうか。
 言うまでもなく、現在のわが国において「禁色」の枠組みに法的根拠はないものの、故実を貴ぶことが求められる神職にとって、この問題意識は的外れというものではないはずである。
 したがって、本稿は、現代の神祇装束に関する研究の蓄積が十分でない現状にかんがみ、禁色制度が、わが国の服飾史上、法制史上、どのような位置づけであったか確認し、もって神職が位袍を著けることについて、批判的に考察するものである。

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