見出し画像

私なりの気死断腸殺し

電車に乗り遅れた。

ギリギリの時間に出たもんだから、
走って、自転車に乗って、走って、
階段も二段飛ばしてみたものの、
ギリギリだめだった。

やっぱりこんな日に外に出る用事なんて本当はなかったなと思う。企業説明会なんて今日でいうと不要不急でしたわ、と思う。

雪が水分と変わり靴先に染みて、鼻とかも垂れてるし、グジュグジュに寒い。冷たすぎて、なんか逆に痛くて熱い。(感覚神経のやつら、そういう尖ったお笑いみたいなことしなくていいですよ笑笑)と心の中でキモいことを思う。冷たいのを冷たいって感じるお笑いは、第7世代で終了ですか?

寒さに痺れた私は、ホームで息も切れ切れに、「fu*kです…」と微妙に丁寧な悪態をついてみる。

なぜなら都会でも田舎でもない宙ぶらりんに発展した東京のはずれの駅で「fu*k…」とシンプル悪態をついたとすれば、それはあまりにダサすぎるからだ。せめて、ダサくて丁寧でありたい。

桜はこれ以上ないほど咲いてるのに、私の唇から吐き出される息は季節を知らないみたいに真っ白で、指先はずっと氷水につけていたみたいに真っ赤になっていた。真っ赤になった皮膚は、ほんとに綺麗でちょっとだけグロい。体感温度はマイナス200000000000℃といったところでしようか。極寒の中、紅白で阿保クソめでたい発色をみせる皮膚と息に反発するように、纏った服は濃い灰色のコートに黒いジャケットに黒いスカートに黒いパンプスで、完全なる喪に服していた。就活スーツは動きづらくて最悪だ。

雪の中びしょ濡れになってまで乗ろうと思っていた電車は出発してしまった。盗まれるはずもない、カゴに穴の空いたボロボロの自転車に鍵をかけなければ間に合ったかもしれない。あるいは自転車じゃなくてバスで行ったら間に合ったかもしれない。決して「あと10分早く起きる」などという事は考えない脳内反省会を行った後、私は、やれやれと思った。

(やれやれ)

こういうツイていない時は、村上春樹の小説に出てきそうな人物みたいにすれば大抵オシャレにキマるからだ。それが小さくダサい不幸であればあるほど、オシャレに「やれやれ」ができる。これは中学3年生のときに発見したライフハックだ。

真っ赤な手をポケットに隠しこんで、私は駅の中にあるNewDaysに入っていった。特に何も欲しくはなかったが、寒さで脳が考えることを拒否していたので自動ドアが開くのにつられて入店してしまったのだ。こういうことがたまにあるから、自動ドアは少し苦手だ。

(やれやれ)

なにも買わずにいるのも気まずいし、めちゃくちゃ寒いし、温かい飲み物でも買うかとホットのほうじ茶を手にとろうとしたが、

(現在、温め中です…)

と弱気な声を文字にしたような紙が貼られていた。左利きに憧れた右利きのひとが無理矢理左手で書く練習してるような、ヘヒョっと縮れた文字だった。左利きへの憧れ持つのは中学までに終わらせておけよな〜と思いながら、諦めて全然食べたくないチョコレートを買った。なにかを諦めたりするのは、すごく村上春樹っぽくて、良い。

「あっ袋入りません、テープで」

環境に配慮ができる私は超かっこいい。

そのまま買ったチョコレートをホームの端っこのベンチに座って齧ったら、ガチガチに冷え固まっていた。私は、そのとき人生で最も2Pacになりたいと思った。

もしも私が「マイクの神」とも称されるレジェンドラッパーの2Pacだったなら、そのチョコレートを拳で叩き割って、ゴリゴリのド派手なVersaceの指輪で細かく砕いて、簡単にペロリと舐めることができただろう。しかし私は現時点で2Pacではなく、ゴツい指輪もしてなかったので、そのまま気合いで食べることにした。(「気合い」という言葉を使ったのは、小学3年生以来だ)

歯が欠けないギリギリの硬度のその物体をかじると、舌が痺れるほどのカカオのほろ苦い風味が口の中で広がった。やれやれ、と思う。完全に間違えてビターの味を買ってしまっていた。甘くないチョコなど、世間体でしか食べたことのない私は泣きそうになってしまう。今は脳が痺れるくらいの甘さでもって相殺できる状態なのに、ビターときましたか……やばいこのままだとガチで泣いてしまう。

(やれやれ)

私は村上春樹モードを継続することに気持ちを集中させた。あの時ホームにいた数少ない人達の中で、きっと私が1番オシャレだった。

そして、村上春樹効果により全身が言いようのない満足感に包まれた私は、家に帰ることを決めた。やはり、今日は家に居た方がいい。完全にそうに決まってるし、帰りたい。

私はエミネムの「8mile」を聞きながら、雪の降る中を帰路につく。ほんとうは、2Pacよりもエミネムになりたい。

🍣🍣🍣