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短編小説『カフェラテ』

土曜日。僕はとあるカフェに来ていた。
仕事で疲弊しきった体を癒すにはやはりここが一番だ。
土曜日だというのにやけに空いている。店内には僕とマスターしかいない。
カランコロン。音が鳴る。
木目調のドアから出てきたのは、少し長めの金髪で、ガタイのいい体にカジュアルなジーンズコーデを身にまとったイケメン。
来た。
"カフェラテさん"だ。
毎回カフェラテしか頼まないので、僕はひっそりとこのお客さんを「カフェラテさん」と呼んでいる。
前ぼそっと話しているのを耳にしたが、どうやら常連客らしい。
僕はこのカフェに通いつづけて約1年。カフェラテさんに凄く憧れている。
「マスター、いつもの。」感も、服装が垢抜けているのも、なんだか"カフェ通いの大人"って感じがしてかっこいい。
ここのマスターとも結構仲良くなってきたし、カフェラテさんのことを聞いてみてもいいのではないか?
最近そう思っているがなかなか聞き出せないでいる。

「ーカフェラテ。」
そんなことを考えていたらカフェラテさんがカフェラテを注文している声が聞こえた。
そうだ。僕もカフェラテを注文してみよう。
「マスター、僕もカフェラテ。」
言った。言ったぞ。これで僕もカフェラテさんに一歩近づけたか?
ちらっとマスターの方を見ると顔がサアアア、と青ざめていた。
どうしたんだろう。カフェラテを注文しただけなのに。
「お、お客さん。」
マスターが話しかけてきた。
「お客さんも"そう"なんですか?」
マスターの身体がかすかにふるえている。おびえているようにも見えた。
僕は意味が分からず
「はい?」
と聞いてしまった。
「うちのメニューに"カフェラテ"なんてものはありません…。」
え?
嘘だ。そう思いメニューを開く。そういえばいつも看板メニューのパンケーキをずっと頼んでいたため、メニューなんかロクに見たことがなかった。
ドリンク、コーヒー、と順番にたどっていく。
確かにない。カフェラテがない。
「お客さん。うちの店の名前、言ってみてください。」
「確か…ラッテ、でしたね。カフェ ラッテ。…ん?」
僕が固まっているとカフェラテさんが話しかけてきた。
「どうも。僕はこういうものです。」

カフェラテさんが渡してきた名刺には「金融機関コレクションズ代表 黒木雅樹」と書いてあった。
金融機関コレクションズ 黒木雅樹。
僕はその名前に見覚えがあった。すごく、凄く鮮明に。
「まあ、とりあえずカフェラテはないという事ですね。失礼しました。じゃあパンケーキで。」
わざとわからないふりをすると、マスターは一瞬そういうことじゃないんだよ、と借金取りに追われている借主の顔になったが、すぐに本職を思い出したようで
「了解しました。少々お待ちください。」
と厨房の方になぜかカフェラテさん…黒木雅樹を連れてそそくさと行ってしまった。
そのすきに僕は外に出て電話をかける。
電話をし終わって中に入ると、厨房から怒鳴り声が聞こえてきた。

「いつになったら金返すんだ!」
「すみません…。」
「謝ってるだけじゃ済まねえぞ!」
「すみません…。帰っていただけませんでしょうか…。こ、ここお店ですし、ほかのお客様もいらっしゃいますので…。」
「ああ?てめえが金返さないのが悪りいんだよ!」
「申し訳ありません…。」

飽きれた。
僕はあんな奴に憧れていたのか。馬鹿みたいだ。
あきれ顔でスマホを眺めていると、ウーという音が聞こえてきた。
ああ、そろそろ来る頃だろうと思っていた。

「なんだ!?」
黒木たちが音に気が付いて出てきたようだ。
黒木はマスターの胸ぐらをつかんでいた。
マスターの顔には傷がついていた。
その時。
木のドアが開いたのだ。
ドアを開けて現れたのは警察官だった。険しい表情をしている。
ずかずかと黒木の方に行くと
「46分、暴行罪で現行犯逮捕ね。あと君、黒木雅樹だよね?余罪も色々あるから覚悟しておいて。」
と強い口調で言った。そしてマスターに
「大丈夫ですか?」
と優しく声をかけた。
マスターは
「はい…。ありがとうございます…。」
と涙を流して言った。
一緒に来たとみられるほかの警察官が手錠をかけると、最初に来た警察官が僕の方に向かって歩いてきた。
「大手柄じゃん。まさかプライベートで闇金融のトップ見つけるなんてさ。さ・す・が・だねー、野沢警部ー♪」
野沢彰人。それが僕の名前だ。
そしてこの警察官は…僕の同期、長野。
「あーあ。せっかくの休日なのに…。」
僕はまだ作られていないであろうパンケーキを待つため、そしてマスターに事情聴取をするため、カフェ・ラッテのテーブルに一人座るのであった。

数日後
マスターがぜひお礼をしたいという事で、僕はもう一度カフェに来ていた。
「この度は本当にありがとうございました。感謝してもしきれません。」
そう話すマスターは前よりもずっと生き生きしているように見えた。
顔の傷も治ってきているようだ。
「お礼になんでもお作りします。何がいいですか?」
「え、いいんですか?」
そうだなあ。
せっかく作ってくださるなら、心から食べたいものを注文したい。
そうだ。
「ではカフェラテをお願いします。」
マスターは一瞬驚いた顔をしたがすぐにわかりました、と言って厨房の方に駆けていった。
昨日はいろいろなことがあったなあ。
しかし、なぜこの店には「カフェラテ」というメニューがないのだろう。
今作れるというのなら材料があるという事はなさそうだし、マスターのことだから技術が無くて作れない、というのもあり得ないが…。
闇金融の黒木、マスターの借金…。
そういうことか?
一つの考えが思い浮かんだ。これが正解だとしたらもしや…
「どうぞ。」
そう思ったとき、マスターの優しい声と甘いカフェラテの香りを感じた。
こんなに美味そうなカフェラテを作れるんだからきっと違う。
その考えをすぐに頭から消し去り、僕はカフェラテをすすった。


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