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ヤシガニに挟まれたい(てか挟まれた)


ヤシガニ

ヤシガニは、カニとついているけれどヤドカリの仲間で、日本だと主に沖縄などに生息している。
大きなものは脚を広げると1メートル以上にもなり、その強力なハサミはライオンの噛みつきにも匹敵するパワーを持つといわれている。人間の指程度簡単に切断できてしまうだろうし、私は実際にヤシガニに指をちょん切られたおじいさんに会ったことがある。

それって一体どれほどのパワーなんだろう。

話を聞いてなんとなく理解はできる。でも私は実際にライオンに噛まれたこともないし指をちょん切られたこともないから、それが具体的にどのくらいすごいパワーなのかうまくイメージできないのだ。百聞は一見にしかずの、「聞」の部分でしかない。
ヤシガニのパワーを正しくしりたいなら、実際に挟まれてみるしかない。百聞は一挟にしかず(?)なのだ。

だから自分で指を挟まれてみようと思って、沖縄に行ったことがある。
これはその時の話だ。

まず、無策ではちょん切られてしまうので、いくつか工夫を考えた。

・工夫1:軍手をする
ヤシガニのハサミにはペンチのような鋭さがあるから、それから指を守るために軍手をした。念のため二枚重ねて付けた。

・工夫2:先っちょだけ挟ませる
指の根元から垂直に挟まれてしまうのは明らかに危ないけれど、自分の指の先っちょをヤシガニのハサミの先っちょで挟ませるくらいにすれば何とかなるんじゃない?と思った。

・工夫3:利き手じゃないほうの薬指を挟ませる
最悪、利き手の親指や人差し指がなくなるよりはまだましかなと思った。

今思うと無鉄砲極まりないが、当時の私は工夫を三つも考えて準備万端、なんとかなるだろうと息巻いていた。
そしてヤシガニの行動が活発になる夜中になるのを待って、探しにでかけた。
ふつう、その辺を歩いただけで簡単に見つけられる生き物ではないのだけれど、その日は運がよかった。出かけて30分くらいで、道路わきの茂みに1~2kgくらいの小ぶりなヤシガニを見つけることができたのだ。
これはラッキー。運は私に向いている。と、早速指を挟ませてみた。

ものすごく痛かった。
痛すぎて悲鳴をあげることもできなかった。冷汗が止まらない。
挟まれたのは作戦通り指の先っちょだけだった。しかし、まるで万力のようにびくともしない力で挟まれている、というか押しつぶされていて、逃げることはできなかった。
自然と涙が出た。
夜中に一人で、わざと蟹に指を挟ませて、痛くて泣いていた。私はその時21歳だったが、本当にちゃんと泣いた。
「痛い…痛い…」と泣きながらつぶやく。だけどヤシガニには言葉が通じないから、そのハサミが緩むことはない。
激痛が続いたが、その痛みに慣れることはなかった。むしろ、感覚は研ぎ澄まされていった。時間が一瞬のうちに様々な思考が巡っていき、時間の流れが遅くなっていくように感じた。軽い走馬灯の状態になっていたのだろうか。
そんな中、ある言い伝えを思い出した。「ヤドカリに挟まれたときは尻を水につけてやるとすぐに放してくれる」というものだ。藁にもすがる思いで試してみようと、ミネラルウォーターをヤシガニの尻にかける。
まったくの無駄だった。
水をかけられたヤシガニは、ピクリと少しだけ動いたが、それ以上の反応は示さなかった。

その後も挟まれ続け、このまま永遠に苦痛が続くのかと思った矢先に突然、ヤシガニがハサミを放してくれた。助かった。安堵のため息が漏れる。
ヤシガニをそっと茂みにかえす。
軍手をはずして指を確認する。すこし内出血をして腫れているようだったが、ちゃんと動く。比較的軽傷で済んだようだった。軍手に感謝。
時計を確認するに、約30分間蟹に挟まれていたらしい。人生で一番長い30分だったかもしれない。

こうして私はヤシガニのハサミの力を身をもって知ることができたのだった。
そしてそんな私だからこそ確信をもって皆さんに言えることが一つ。
ヤシガニに自分の指を挟ませようなどという愚かな真似は絶対にやらないほうがいい。

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