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ミツオカに乗る人の気持ちがわかった 10年10万kmストーリー 第82回 ミツオカ・ガリュー(1996年) 10年7万3000km


 以前から、ミツオカに乗り続けている人の話を聞いてみたいと思っていた。

 実は、ずいぶん前に日産マーチをベースとしたビュートという“オリジナルカー”を造り出した時に富山のミツオカ工場を訪れ、当時の光岡進社長を取材したことがあったのだ。工場を社長自ら案内してもらえた。

 独自にミツオカによって造られたフロントグリルとテール部分がハンドメイドで丁寧にマーチに組み付けられていくとビュートに仕上がっていった。

「単なる移動手段ではないクルマを提供したい。個性的で愛着が湧くクルマ。乗り続けても飽きの来ないオリジナルカーがビュートです」

 光岡社長は理想に燃えていた。日本では自動車の製造は既存の大手メーカーの寡占状態が続いていて、そこに風穴を開けたいとも語っていた。丁寧な製造工程と社長の真摯な姿勢は良く理解できて、富山まで出掛けた甲斐があった。しかし、それでも僕には大きな疑問が燻っていたのである。

 社長の言っていることには強く同意するけれども、なにも外観を“クラシックカー風”に仕立て上げなくても良いではないか。ビュートのフロントグリルはジャガー・マーク2に着想を得ているものであることは明らかだからだ。

 表層だけ真似てもナンセンスだし、造形というものは時代によって生み出されるものだから、現代のミツオカなりにデザインしたものを施すべきではないのか。日本の自動車産業がまだ発展途上にあった時代ならいざ知らず、現代では恥ずかしくないだろうか?

 しかし、そう問われることは社長は百も承知しているようだった。

「ええ。しかし、本物のクラシックカーは誰でもが簡単に乗れるわけではありません。クラシックカーのスタイルを誰でもが楽しめるようにしたいのです」

 たしかに本物のクラシックカーは希少な上に、維持や管理にも手間やエネルギーが必要になる。その手間じたいが“クラシックカー趣味”なのかもしれないが、個性的なクルマのデザインを楽しもう、クラシックカー趣味をオーナーやマニアたちから解放しようという社長の言葉には説得力があった。

「浮世絵には、“見立て絵”というカテゴリーがあります。故事に題材を取りながら、人物や背景はその時代の風俗に置き換えて描かれた絵のことです。ビュートは“見立てグルマ”かもしれませんね」

 面白い例え話だったが、完全には納得できなかった。よくよくビュートを眺め直してみれば、ミツオカが造り替えたフロントグリルとテール部分と真ん中の部分の曲線と曲面がきれいにつながっていないのだ。ビュートが“見立てグルマ”だったとしても、造形的には明らかに無理が重ねられていて、美しさとはほど遠い。

 しかし、そんなキビしいことを言うのはオーナーやマニアだけのような気もしてきていた。なによりも、社長の唱えるクラシックカーの美を手軽に楽しんでもらいたいという、ハードルを下げ、慈悲深く包摂しようという考え方に共感することはできた。だから、ミツオカを理解するためにはあとはオーナーの話を聞いてみるだけだった。


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