3-①バー「ブリリアント」と部長くん

社長はバーを一軒、経営していた。
「ブリリアント」という店名で、なにがしかの理由があってこの名前が大事らしく、店長が変わっても、移転しても、店名を変えなかった。

若い頃はバーで働いていたこともあり、また経営者として自分のバーを持っている、そこで顧客とミーティングする、接待するということにステータスを見出していたらしかった。

最初の店舗は一棟貸のビルで、1,2階でバー営業、3階より上がバースタッフの控室、更衣室。一時事務系の従業員が増えた際には、あたしたちのいた事務所から出て数人がこちらにデスクを運び込んで働いており、部長くんもあたしとトラブってからはこちらに出勤していた。

立派な建物で美々しく作り上げられた魅力的なバーだったしたまには楽しいイベントも行われたが、社長が自分の連れやビジネスパートナーを連れてきて1本ん十万のシャンパンあけたときだけ売り上げが跳ね上がるものの、店長の激しい能力不足により、ふだんはまったく売り上げが上がらず赤字続きだった。

店長の畑中さんは部長くんが連れてきた知り合いとかで、それまで運送業の下請けをやっていた人だったとか。あたしが面接に来たときにパーテションのむこうでのびをしていたのはこの人で、最初は事務スタッフとしてきたものの、コンピュータ関係が一切できないなどで使い物にならなかったらしい。そのタイミングで社長がバーをオープンさせることになり、手を挙げて店長になったというのだが…。

高価な縫い取りのある制服、インカム、なにやかやとそろえてもらい「お店ごっこ」に精出すだけで客も呼び込めないし、リピーターもつかめない。楽しい店つくりもできないし、バイトの統率能力もない。社長が他店から引き抜いてきたシェフは高給取りだが営業に貢献せず、偉そうに振舞うのでアルバイトの子たちに嫌われている。店長との仲も悪い…という話がこちらにまで聞こえてきた。

あまりの不振続きに、社長に頼まれてあたしやほかの女性スタッフがお店に行って様子をみてみたり店長と話をしてみたりしたが、暖簾に腕押しな反応。そもそも、あたしたちもべつにコンサルなどではないわけで、社長に言われていったただのひとなんだけど。

店長はそもそも能力がないうえに、社長から、部長くんそして「飲食業界のプロ」であるシェフから、三人三様、てんでバラバラ全然別のことを言われるものだからフラフラだし、その場逃れでその時その時の相手に調子のいいことしか言わないから、あっちに言ったこととこっちに言うことの整合性がまるでなく、ウソツキみたいになっている。実行がともなわない。店長を連れてきた部長くんが申し訳ながって店長を殴る。店長が倒れて気絶し救急車を呼ぶ騒ぎなど、どんどんどんどん泥沼にはまっていき、とうとう社長はその店を閉めると宣言し、テナントは解約、スタッフは全員解雇することになり、部長くんがテナントの解約、片付けをになった。テナント退去のあと、部長くんは在宅勤務ということになった。

在宅勤務になった部長くんについて社長は
「正直、どこにいてなにをしてるかもわからない」
と愚痴るときもあれば、
「いやあいつ、結構頑張ってるんですよ。売れるものを仕入れてきて」
と褒めるときもあったけれど、配送、ウェブでの出品を担当していた猫田さんによると、センスのないものを買い付けてきたり、相変わらず偉そうな態度で根拠のない有能感、猫田さんや、ときには社長に対してすらも上から目線であったようだ。

ちょっと用事を頼むと、社長の大切なビジネスパートナーに対して威圧的な態度をとったり、理不尽な言動で迷惑をかけてクレームがはいるらしく、社長も「誰に対してもトラブルの種」として扱いに困っていたものの、昔からの遊び仲間のような関係だったのであたしたちには「あいつはもういらない」とずいぶん前から言っていたけれど、簡単には切れないようで毎月、「来月こそは…」と言っていたのが、今回の逮捕でようやく切れたようだ。めでたしめでたし。


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