2-②会社員な日々

初出勤日、呼び鈴を鳴らしてドアを開けてくれた礼儀正しいスポーツマンタイプの中年男性がネロさんだった。学生時代はとある競技のプロを目指していたという。その夢をあきらめて海外に渡って長年働いたのち、さいきん帰国、就職活動してこの会社に出会ったとのことで、あたしよりほんの一か月前に働き始めたらしかった。

そのネロさんに案内されてデスクに座っていると、あたしのすぐあとに小柄な若い女の子がやってきた。韓国人のジョンウさんで、彼女もきょうから勤務だという。どうやらあたしの面接でも言っていたように、社長は海外部門を強化したいらしい。

お茶を入れてくれた女性須賀さんはその後から出勤してきた。それから八田さん。やがて社長が登場して、海外含めいくつかの会社を経営していること、これまで社長がひとりでこなしていた海外とのやりとりを手伝ってもらいたい、という話をした。

これまで10年間、システムのきっちりした大手で働いていたあたし。若い頃は零細企業社長の趣味みたいな会社で働いた経験もあり、そのときのシステムのなってなさに絶望して「やっぱ大手よな~」と思って大手で働いてきたわけだけれど、大手には大手の小回りのきかなさ、組織にもよるだろうけれど硬直した社内環境もあったりする。零細企業も場所によっては悪くないかも、と思い始めた昨今、まずはここの様子を見定めなければならぬと思った。

一階は勤続5年の女性、天野さんをボスとした配送業務。天野さんの下に正社員の猫田さん、パートの須賀さんがついている。
二階が「部長」という肩書の八田さん。彼が社長の右腕という立場で会社「ハピネス」の全事業を統括しているらしい。須賀さんはウェブデザインを勉強しながら、ウェブページをデザインしているとか。一応、あたしとミンさんの指導役。あたしとジョンウさんが正社員であるいっぽう、ネロさんは契約社員ということで社長直属の翻訳者。

須賀さんは働き始めてすぐ、来ない日があった。「わたしは明日、休みます」と一応あらかじめ言ってくれるのだが、それが毎週続き、あとあとになって彼女は水曜日休みの人だとわかった。

しばらく働いてみて、この会社の人たちは必要な情報を適切に共有できていないことに気がついた。社長はふだんおらず、ふだんトップに立っている八田さんからしてそうなのだ。
この人は基本こういう働き方で、こういうことをしてもらっています、あなたにはこれこれをこういう風にやってもらいたい。等々、必要な情報の共有や報告、ディレクションなどを伝えることをしない。いや、しないというより、知らないようだった。どうやら、一階の天野さんと今回採用されたネロさん、あたし、ジョンウさん以外はもともと社長の知り合いというつながりで雇用され、それ以前もまともな会社での社会人経験がない人たちのようだった。

須賀さんは、あたしとジョンウさんの指導役ということだったけれども、しゃなりしゃなりと動き、もっともらしい声色でしゃべってみせるのだがあまり頭もよろしくないようで「大丈夫か」と思うことだらけ、こちらが気を使ってサポートする始末。
ただ、自分ができないことに敏感で、のちに聞くところによるとあとから入ってきたあたしたちに対しての劣等感が激しかったらしく、徐々に休みがちになり、あたしたちが入社して3か月ほどで退職してしまった。

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