3-④ブリリアント急襲(2)

なんだかんだで10時半ごろついてみると、電気はついていた。
「お騒がせしました」
とかしこまるゲンくんに、こないだまで氷の対応だったけれど
もう辞めると決まったのだし、通常モードで相手しようと思ったあたしはそれでも嫌味のひとつは言ってやりたいので
にこやかに
「あたしたちを、笑わせようと思ってやったでしょう」
と言うとゲンくんはひきつっていた。

きっと、昨日関電の支払いを済ませたから、今朝来たらついているだろうとふんでいたんだろう。あたしたちにそのことについて言わないでいるつもりでいたのが、今朝来て見てもまだ電気がついていないので震えあがって慌ててあたしに連絡してきたんだろう。いろいろ出来ないくせに、小ずるく立ち回ろうとしては失敗している残念なやつだな。

とりあえず店内写真と、店内にある未開封の酒ボトルを一か所に集めてパシャパシャ照山さんに写真撮ってもらい、のちほどリストを作成してもらうことにする。その横でゲンくんは落ち着かないらしくそわそわと、5分に1回はトイレに行っている。

店内は散らかり放題で、不要物が山と積まれている。厨房は汚く、カピカピのご飯が炊飯器に残っている。大型冷凍庫にはでかいフライパンに作ったままのカレーが、レードル突っ込んだまま入れてある。ここ数か月、料理は出していないはずなのに使いかけの食材がわんさか冷蔵庫にはいっている。

ゲンくんの最終日は8月31日。
店の鍵、マスターとコピー、ゲンくんが使っている以外のものすべてを受け取った。
「最終日の20時にあたしが来て、最後の鍵を受け取ってお疲れさまでした、となります。それまでに自分の物は引き揚げて、掃除もしておいてくださいね」
と告げてその日は引き揚げた。
店の電気やエアコンのスイッチなどの場所も、そのときに教えてもらおうと思いながら。

8月30日、在宅勤務していると人事系担当で柔らかい口調の青島弁護士から電話があった。
ゲンくんが「自分の契約の範囲はどこまでか」と確認してきたという。

「どういう意味でしょう?」
と青島が問うと、金井さんの言うことをどこまできく必要があるのか。
鍵を郵便受けに入れるということで引き継ぎ完了していいだろうか、と言ってきたそうだ。
「そこは仕事ですから、契約をまっとうするべきである、ちゃんと金井さんに会って鍵を渡してください、とお願いしました」

ありがとうございます、と言うあたしに青島弁護士は続けた。
「預かり金からいろいろの支払いを済ませたらマイナスになった、その不足分を次回の最終給料に上乗せして振り込んで欲しい、と言っているのですが…」
「そうなんですか?つい先日聞き取ったところでは、預かり金4万5千円ほどあると言っていたのに。電気代は2万円ほどだった筈ですし、今回の電気代以外(ゲンくんの活躍で電気止められた件は弁護士達にも共有済み)は請求書を津野田先生に届けて払っていただいているのですが…」
「なんとも、はっきりしない話なので帳簿をしっかり確認してきていただけますか」
「承知しました」

なんだか嫌な予感がするので、31日は1時間早い19時に行ってみたが、店の鍵がかかっている。預かった鍵で入口を解錠。
「…やられた」
店内は真っ暗。

こんなことなら、前回、電気のスイッチの場所きいておくんだった。真っ暗ななか、そろそろと壁際を手探りであちこち触りまくって進んでゆき、5分ほどしてようやく、カウンター内厨房の壁に集中しているスイッチを見つけた。
店の入り口の鍵は外の郵便受けに入れてあり、それ以外の鍵は店内のテーブルの上に置いてあった。

「やってくれるよなあ」
一気に脱力しながら、あれこれを確認する。

まずは帳簿。これは持って帰ろう。
不動産関係、契約関係の書類のファイルも持って帰って読み込まねば。
さすがのあたしも予想したこととはいえ呆然としつつ書類や資料をかき集め、バッグに放り込んだ。

なんとも重い足取りの帰宅とあいなった。

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