双子って、なにがいいんだろう?
私は高校卒業までの18年間、双子の妹と暮らしていた。周囲からは「同い年の家族がいて羨ましい」、「いつも一緒で楽しそう」と言われ、双子であることの良さを感じることも多かった。双子には、2人だけにしか通じない特別な感覚や、双子ならではの面白い経験がいくつもある。例えば、友人の双子の岩田さん姉妹(22歳)は小学生の時、それぞれのクラスで得意科目の授業があると、お互いに成り済まして入れ替わっていた。「ある日、正しいクラスで授業を受けていると先生から『佳恵だろ』と疑われて廊下に立たされたことがある」と妹の岩田萌恵さんは振り返る。また、2人の会話に周りが入ってこれないこともあった。毎日の会話で2人の間に独特のイントネーションが生まれ、指示語でも何となく伝わるからだ。「家族全員で食事をしていて、向かいにいる萌恵とテーブルを挟んで話している時、他の家族は私たちの言葉を理解できずに置いてきぼりにされていた。高校大学で離れて萌恵と話す機会が次第に減ると、そんなこともなくなったけれど」。
双子だからといって、テレパシーが使えるわけではない。しかし、同時に同じ言葉を喋ったり、同じタイミングで体調を崩したりと、不思議な現象がまれに起こる。もちろん、双子だからこその不満もあり、それが性格や進路に大きく影響することもある。年齢の違う兄弟や姉妹を持つこととは異なる、双子にしか分からない楽しさや強みは何だろう。3組の双子に話を伺った。
双子の中の優劣意識
岩田佳恵さんと萌恵さんは中学まで同じ進路だったが、高校から別々の学校へ通い、その後萌恵さんは関西大学へ、佳恵さんは1年浪人した後に同志社大学へ進学した。「双子で嫌だったのは、一緒にされることと、比べられること」。萌恵さんは、双子の妹ならではの特別な劣等感を抱いていた。テストや学校行事などのタイミングがすべて同じだと、どうしても家庭内で比較される。「ことごとく比べられ続けると嫌なものがある。基本的に私は姉の佳恵よりもできなくて、成績もあっちの方がいい。佳恵に劣っているためか、頑張っているけれど親から評価されないことが多かった」。萌恵さんは、比べられたくないという理由で別の高校を選んだという。
対する佳恵さんも、萌恵さんほどではないが姉であることの優越感を少なからず持っていたようだ。「小中の時は、勉強面だけは萌恵よりも優れているという気持ちはあったかも。学校が一緒の時は萌恵よりも成績が良いのが当たり前だと思っていた。姉であることを意識していたわけではないけど、成績が良くて周りからも私の方がしっかりしていると思われていたから、それに合わせてたんやと思う」。同い年といっても、双子はお互いに比較されやすい。姉との差を感じてきた萌恵さんは、相手に劣等感や競争心を抱いていたからこそ、自然と負けず嫌いな性格になった。
高校まで姉の佳恵さんのほうが「できる・しっかりしている」と周囲から思われていた岩田さん姉妹。しかし、妹の萌恵さんが現役で大学に合格したことで周りの評価は変わり始めた。この変化はちょっとした生活習慣にも現れた。幼いころから2人の共同部屋を散らかすのは姉の佳恵さんだった。妹の萌恵さんは掃除をしていたにも関わらず、何度も親から「部屋の片づけをしろ」と言われ続けていた。ある時、大学受験が終わった佳恵さんが祖父の家で過ごすことになり、しばらく家にいない時期があった。その間、萌恵さんが部屋の片づけの注意を受けることは一度もなかった。少し経って父親にそのことを伝えると「あ、ほんまやな。今まで気づかんかったけど掃除頑張ってんねんな」と、やっと萌恵さん個人を褒めてくれた。そのことが純粋に嬉しく、今でも鮮明に覚えているという。
この他にも、姉の佳恵さんよりも先に大学で積極的に活動する姿を評価してもらい、自分の中でも自信を持てた萌恵さんは「やっと自分にスポットライトが当たり始めた」と語った。一方の佳恵さんは、浪人を経験したことで変化した双子の上下関係に「面白さ」を感じている。大学受験をきっかけに生まれた「妹より少し劣っている姉」というスタンスが、新鮮で面白かった。周囲から抱かれていた「しっかり者の姉」というイメージを1年のズレが砕いてくれた。「もともと萌恵のほうがしっかりしていることは事実だから、『ポンコツな姉』というイメージを持たれていることがかえって居心地が良かった」。日々妹から小馬鹿にされているエピソードを面白おかしく楽しそうに話す佳恵さん。そこに劣等感や不満はなく、高校時代までとは一変した双子の関係性を心から楽しんでいるようだった。
ともに笑顔で写る岩田姉妹(左:萌恵さん右:佳恵さん)
一番の理解者
東京在住の松本真子さんと莉子さん(27歳、仮名)は、一卵性双生児で、家族とともに暮らしている。2人は専門学校まで同じ進路を辿ったものの現在の就職先は異なり、真子さんはゲーム制作会社、莉子さんはプログラミング関係の会社で働いている。
松本姉妹はともにアニメやゲームが大好きだった。幼いころから2人で動画を漁ったりパソコンで曲を聴いたり、過去のアニメの配信をよく観た。だからこそ特定のコンテンツについて相手がどこまで詳しいのか大体把握し、心置きなく趣味を共有することができた。Twitterで好きなアニメやゲームのイラストを見つければ互いに見せ合い、おすすめの漫画やゲームを教え合った。知っているキャラクターや作品についての感想、それぞれの好みを同じレベルで語りあうこともできた。「共通のキャラクターの魅力について良いよねっていう共感はあるけれど、推しのキャラクターのタイプがぜんぜん違う。つい最近、初めて好きな推しが被って驚いた」と語る真子さん。学生時代には、学校帰りにアニメイトへ2人で行ったり、夜行バスでコミックマーケットへ行ったりすることもあった。
双子で一緒に作品を楽しむなかで、真子さんは人生を変える出来事に巡り合った。ある時、妹の莉子さんが友人からあるアニメ作品をおすすめされ、それを真子さんに共有した。2人ともその作品にハマり、関連グッズの販売店を探し、通うようになった。2人はさまざまなグッズを集め、別のジャンルの作品に興味が広がるなど、アニメ・ゲームの世界に積極的になれた。「本格的にグッズを集めたりイベントに行ったりするきっかけとなった作品を教えてくれたのは莉子だった。私の人生に与えた影響は大きい」と真子さんは振り返る。2人で没頭した二次元の魅力をさらに知り、いつの間にかそれが進路選択の軸にもなっていた。「その道に行かなかったら、現職であるゲーム作りに携わっていない」。趣味の一番の理解者が双子だと、楽しみ方や可能性が何倍にも広がる。
松本さん姉妹がお気に入りのキャラクターグッズ(本人提供)
思考が似ていると最強
都鳥拓也さんと伸也さん(39歳)は地元の岩手県北上市でドキュメンタリー映画を制作している。兄の拓也さんが撮影を、弟の伸也さんが監督を担当する。北上の高校を卒業後、2人とも上京し日本映画学校(現日本映画大学)に進学した。学校の先生たちと映画作りを始めた後、2008年にドキュメンタリー映画でプロデューサーとしてデビューした。2010年に独立して有限会社ロングラン・映像メディア事業部を設立し、現在も2人で映画制作に勤しんでいる。
双子で同じ仕事をしていると、お互いの性格を理解しているからこそ、仕事の適材適所を見極めることができる。都鳥兄弟は幼いころから2人の間にそれなりの上下意識を感じていた。兄の拓也さんは、小学生のころに親戚の集まりで2人が何かをやらかした時には自分だけが怒られ、伸也さんが喧嘩をすれば必ず止めに入ることもあった。「それなりに伸也を見ていかなきゃならないのは自分だった」と振り返る。一方、弟の伸也さんは、拓也さんに引け目を少なからず抱いていた。物事をうまくこなすのはいつも兄の拓也さんだった。そのため、何かをやらせた時に負けることが多かった伸也さんはつねに「我を張っていた」という。「喧嘩をしたり言い争ったりした時に拓也と対等に張り合える能力が、理屈を貼って意地を張ることだった。それが自分の唯一の戦い方だったんだと思いますね」。
兄の拓也さんはそんな伸也さんを「意志が強くて芯がしっかりしている」と評価する。実際、自己を主張し、表に立って現場を指揮する映画監督は意志の強い伸也さんに向いている。伸也さんが監督として先陣を切って前進し、カメラマンとして常に背中を見守る拓也さんが弟の危ういところをすかさずバックアップする。兄弟の上下意識から生まれたお互いの性格は、仕事の役割分担で上手くバランスがとれている。
映画制作においては、双子であることが最大の武器となる。「楽なのは分れて作業ができること」と兄の拓也さんは感じる。映画のプロデュースから2人で行うため、テーマの趣旨や映画の主要な部分をお互いに把握している。兄の拓也さんが地元の岩手で仕事をし、弟の伸也さんが他県で後輩のカメラマンとともに撮影をすることがある。勝手がわかる2人のどちらかが現場にいれば、映画撮影は成立するのだ。さらには二つ同時に物事が起きた時、分かれて撮影ができることも双子の強みだ。基本的に、監督との同伴がないとカメラマンは撮影しない。しかし双子で感覚が似ているため、撮影をどちらかに任せ、自分の持ち場に集中することができる。映画『私たちが生まれた島~OKINAWA2018~』(2018)を撮影する際、沖縄・辺野古でキャンプシュワブのゲート前に集まった人びとが反対運動をしているのと同時に、別の場所で船での海上抗議が起きた。このとき、都鳥兄弟はそれぞれの現場に分かれて撮影をした。「他のカメラマンに単独でのインタビューを任せた時、完璧に監督の俺と同じ考えではないから上手くいかない。でも拓也だと自分と感覚が似ているし、何なら声も一緒だから、単独で好き勝手色々インタビューしてくれれば大体OKな場合が多い」。そこまで多くのことを細かく指示しなくても、だいたい納得いくものを撮影してくれる。価値観が誰よりも近い双子だからこそ、困難な撮影も容易く乗り越えられる。
Zoomでの取材に応じてくれた都鳥兄弟(左:拓也さん 右:伸也さん)
もっとも信頼する存在
「ひとりだと突破できない壁も2人だと一気に超えられる部分がある」。そう語る都鳥兄弟はお互いを一番の相談相手として尊重し合う。「一つの作品をやるってなった時に最初から相談できる相手がいて、しかも比較的考えが近くで同じ経験値を持っている。これほど良い相談相手はいない」。ひとりだとここまで多くの本数の作品を作ることも、独立して会社を立ち上げることもなかった。「双子だったから、2倍多くのことを可能にすることができた」と満足そうに伸也さんは教えてくれた。
岩田姉妹には2歳年上の姉と3歳年下の弟がいる。他の姉弟よりも、双子の相手のことの方が圧倒的に知っている。年齢が同じで共通の知り合いも多く、いい意味でお互いを尊敬していない。そんな相手を萌恵さんは「全世界の中で唯一、心から気を遣わなくてもいい相手」と表現する。姉弟ほど上下関係を感じることもなく、友だちほど気遣う必要もない。双子の相手の前では、誰よりも素でいられる。幼いころからお互いに言い争ったり相談したりして欠点を晒し合ってきたからこそ、ありのままの姿を受け入れあえるのだ。
もちろん、双子間の信頼度は家庭環境によって異なる。松本姉妹は、これまでに悩む機会がなかったからか、人生の局面においての相談はまったくない。お互いに秘密はあり、深刻な相談も必要でなければすることもないという。しかし、お互いに愚痴や他愛のない会話などはいつでも聞くというスタンスでいる。良い意味で相手を雑に扱うことができ、扱われても気にならない。「好きなことをとりあえず聞いてもらえるので、話し相手として重宝してます」と莉子さんは言う。兄弟とも親友とも言い難い不思議な存在、そんな双子の相手は他の取材者たち同様、私自身にとっても「もっとも信頼している存在」であることに変わりはない。
3組の取材に共通して印象的だったことがある。当事者全員が、成長の過程を振り返りながら「双子で良かった」と断言していたことだ。常に一緒に居ると喧嘩もたくさんするし、まとめられ比べられることに嫌気がさすこともある。しかし、幼いころからともに遊び、ともに知識を深め、ともに笑い合ってきた。双子であることが最大のアイデンティティと、孤独の不安や絶望に打ち勝つ勇気になる。計り知れない困難にぶつかろうとも、決して見捨てはしない強い「味方」が自分にはいる。この安心感は双子という環境にいる人が持つことのできる特権であり、取り柄である。まったく異なる人生を送ることになろうとも、いつでも味方でいてくれる存在の心地よさを感じながら今日も生きていく。(小林未南)