人と人を繋ぐUME・TEMMA
毎週日曜日、大阪天満宮の一角に賑わう販売ブースがある。「関西大学」ののぼり旗がひらひらと揺れ、赤い法被を着た学生たちが「ご利益たっぷりの梅サイダーはいかがですか」と参拝客に呼びかける。その呼びかけに足を止めた参拝客は、珍しげに学生たちが売る「UME・TEMMA」と書かれた瓶を手に取った。
UME・TEMMAを販売する学生たち
UME・TEMMAとは
UME・TEMMAとはラムネの生産量日本一を誇るハタ鉱泉と関西大学が共同開発し、天満天神の水と天満宮ゆかりの「梅」果汁を使用した、強炭酸の梅サイダーである。関西大学社会学部メディア専攻の黒田勇ゼミが販売・運営を行っている。私自身も黒田ゼミでUME・TEMMAプロジェクトに参加している。プロジェクトのコンセプトは「UME・TEMMA×人×場所」。UME・TEMMAをメディアとして人と人を繋ぐ、そして大阪の賑わいに貢献する活動である。
2015年度にプロジェクトが発足し、多くの苦労を経て、UME・TEMMAは誕生した。2021年現在まで、広報活動やイベント販売を行うことで少しずつ知名度を上げてきた。プロジェクトメンバーは、多くの先輩の想いを背負いながら活動している。しかし、現在、UME・TEMMAが存続の危機に陥っている。プロジェクトを率いてきた黒田勇先生が2021年度をもって定年退職されるからだ。
UME・TEMMAができるまで
プロジェクトが始まったきっかけは、黒田先生が関西大学の副学長だった頃、当時の楠見晴重学長とともに大阪天満宮の宮司寺井種伯さん(現:名誉宮司)から天満天神のお水について話をうかがったことだった。その後、楠見学長が地下水の調査を始め、天神橋筋商店連合会と関西大学が連携して、地下70~80mから飲料用の良質な地下水を組み上げることになった。2016年には、組み上げた水そのもののリブランディングとして、大阪天満宮の象徴である梅や体に良い炭酸を取り入れることとなった。2017年、こうして本格的にUME・TEMMAの開発が始まった。
当時のプロジェクトメンバーたちは、梅の効能や梅を使った市販の飲料水の成分などを研究し、梅と水を割るなどして、味の試行錯誤を重ねた。ブームだったご当地梅サイダーを参考に、他と差別化した都会的なパッケージデザインも考案した。原材料費や輸送費など、コストの計算もプロジェクトメンバー自身が行い、2018年3月にはハタ鉱泉に製造を依頼することになった。
2017年度のプロジェクトリーダーだった木村佳乃子さんは開発時の苦労について、「UME・TEMMAを製造するにあたって企業と学生の間にギャップがあったこと」を挙げる。やはり学生が主体的に行うプロジェクトに、当初、企業側は協力をためらった。当時のプロジェクトメンバーは責任を持って商品開発をすることを誠実に伝え、企業との連携を実現させた。こうした苦労があったものの、それ以上に普通の学生では経験できないことを学んだと木村さんは振り返る。「学生のうちからお店ではビジネスの話、企業ではコストの話をし、広報の方や大阪天満宮周辺の方と話す機会がありました。話が進むごとに多くの“繋がり”があり、広がっていくのを感じました。繋がっていくことの大切さを身に染みて学び、社会人になった今でも当時の経験が活きています」と笑顔で語った。「UME・TEMMAをこんなに受け継いでもらえるとは思っていませんでした。ここまで受け継いできたUME・TEMMAをフェードアウトするのは悲しい」。
2017年度のプロジェクトリーダー、木村佳乃子さん(本人提供)
想いが詰まったUME・TEMMA
UME・TEMMAが開発された後、2018年5月からは各メディアへの広報活動と同時に、天神橋筋商店街のお店だけでなく、吹田や梅田、天王寺のお店にも営業活動をし、知名度を少しずつ上げていった。ポスターやフライヤー、CM制作にも取り組んだ。そしてプロジェクトのメインイベント「天神祭」に向けてのプロモート活動も開始した。関西大学がある吹田市のイベントに参加し、週末は商店街でキャンペーンなどの活動も行った。その後、吹田まつりや学園祭などでも販売を行い、大阪天満宮境内でのイベントにも多数参加した。ここから天満宮ゆかりの飲み物というイメージを確立した。天満宮周辺や関西大学構内での知名度がここまで高くなったのは開発後のプロジェクトメンバーの積極的な取り組みの成果だ。現在、大阪天満宮での販売や地域のイベントに参加できているのは、UME・TEMMAに多くの繋がりを作ったこれまでのプロジェクトメンバーの努力の賜物である。
「大阪天満宮の境内で毎週販売できていることは当たり前のことではない」。私がプロジェクトに参加した当初、先輩から言われた言葉だ。UME・TEMMAがここまで成長したのはプロジェクトメンバーの努力だけでなく、UME・TEMMAを支援している人たちの協力があったからだ。特に大阪天満宮の協力なしでは、今のUME・TEMMAは存在していないだろう。大阪天満宮・祭儀部長の岸本政夫さんは「UME・TEMMAをお土産物として全国に広まって欲しいと思う。『大阪に行って天神さんにお参りしたらこんな美味しい梅サイダー手に入れたわ』といった感じで」とUME・TEMMAのこれからについて語った。私たちプロジェクトメンバーに対しても「大きな夢を見て、それを実現するためにチームでアイディアや知恵を出し合い、それに近づけるような努力をしてほしい。殻に閉じこもるのではなく、好きなようにやればいいよ」と優しく微笑んだ。私たちが境内で販売したい日を提示すると、岸本さんは快く承諾し、加えて境内の中でも売れ行きが良さそうな場所を提案してくれる。また、売れ行きが悪い日には励ましの言葉をかけてくれる。その励ましの言葉に何度も救われた。
大阪天満宮・祭儀部長の岸本政夫さん
UME・TEMMAを支えてくれているのは大阪天満宮だけではない。UME・TEMMAは大阪天満宮の近くにある五代庵の梅果汁を使用し、より上品な梅の風味を楽しむことができる。五代庵は梅加工業(株)東農園が経営する梅専門店であり、大阪天満宮との繋がりは40年ほど前、東農園が南高梅の木を寄進したことがきっかけだった。その後、大阪天満宮で収穫した梅の実を東農園で加工して送り出すという交流が続いている。五代庵の藤本美和さんはUME・TEMMAプロジェクトにたくさんの支援を行ってくれている。「何よりも学生のために、学生のためになれれば、売上とか関係なく協力していきたいな。社会に羽ばたいていく学びを、このプロジェクトを通して学生の皆さんが勉強になれればと思います」と語った。藤本さんはプロジェクトのためにと、備品を提供してくれている。そのおかげで販売ブースは彩りが増し、参拝客の方の目に留まることも多い。また、五代庵の店舗にはUME・TEMMAを目立つ場所に置き、訪れたお客さんに薦めてくれている。「たくさんのところに協力を求めて、人と人の繋がりを大事にしながらUME・TEMMAを広めていってほしいな。そしてこれからUME・TEMMAを不動のものに、UME・TEMMAといえば関西大学、関西大学といえばUME・TEMMAという存在になってほしい」。私はその期待に答えなければと背筋が伸びた。
五代庵の藤本美和さん
黒田先生のUME・TEMMAへの想い
黒田ゼミでは、UME・TEMMAプロジェクトを通じてフィールドワークを大切にしてきた。地域に出て、フィールドワークを行うことでさまざまなことを調査し、多くの人の話を聞き、情報をまとめる。こうして地域のなかの資源を探して発掘する象徴がまさにUME・TEMMAプロジェクトだった。プロジェクトを率いてきた黒田先生はUME・TEMMAをすばらしい成果だと誇らしげに語る。「黒田ゼミには他にも映像作品の制作とかを通して地域貢献とかしてきたけれど、ちょうど僕の退職が近くなってすごく良い具体的な成果が出せたと思う。学生たちが地域を体験できるすごく良いプロジェクトになった。UME・TEMMAが人と人を繋ぐメディアになったよね」。
私自身プロジェクトに関わっている中でUME・TEMMAを通して地域の方々と会話ができた。そしてプロジェクトに参加したからこそ大阪天満宮や天神橋筋商店街の歴史を学ぶことができた。「長くやってきた黒田ゼミの最後の最後に良い果実が出来た、まさにUME・TEMMAという果実が生まれた」。黒田先生は満面の笑みを浮かべた。
UME・TEMMAのこれから
黒田先生はこれからUME・TEMMAには二つの道があると語った。
一つ目は来年の7月の天神祭でプロジェクトを終了させるという道だ。黒田先生が辞めるタイミングでUME・TEMMAのプロジェクトを終了する。黒田先生は「プロジェクトの終了は後々に負担をかけることがない」と言う。
二つ目は、教育後援会あるいは校友会に託すという道だ。来年の天神祭までは名目上、黒田先生の後任の先生のもとでゼミ活動として行う。しかしそれ以降は、イベントのときだけ、製造・販売できるように教育後援会や校友会にお願いする。とはいえ、実際に動くのはその時に集まった学生たちだ。校友会や後援会の総会では全国から6000人程の保護者の方が関西大学に来る。そのような場での売れ行きはいい。その理由を黒田先生は「UME・TEMMAは保護者あるいはOBの人たちにも元気を与えるからね」と言った。
しかし、プロジェクトはUME・TEMMAを売ることだけが目的ではない。UME・TEMMAは「関西大学は頑張っているね。学生がよく頑張っているね」ということを地域に示すいい材料になるのだ。「だから来年の天神祭で終わりというよりは、できれば毎年そういう関西大学のイベントで売れるようにした方がいい。主体としては教育後援会か校友会にお願いするのが良いけれど、大きな組織であっても何らかの負担があるとしんどい。だからそれは向こうの都合と僕の説得と学生たちの熱意が重ならないと難しい」と語った。
この二つの分かれ道は、私を含めたUME・TEMMAプロジェクト5代目である現3回生たちの意思にもかかっている。そもそも黒田先生の後任の先生が継続するにしても、後任の先生に了承を得られるかも現段階では確定していない。もし天神祭まで継続したとしても教育後援会か校友会への働きかけが必要だ。そのためには「シンポジウムを開くこと」が最も効果的であると黒田先生は言う。シンポジウムでこれまでの活動報告やこれからのUME・TEMMAの活動についての希望を表明する。そこで組織がUME・TEMMAを支援したいと乗っかってもらえるかもしれない。そもそもこのようなシンポジウムは新型コロナウイルスの影響で約2年間行えていない。そのため、UME・TEMMAプロジェクトが本来どのような想いで活動しているのかという部分をもう一度確認する重要な意味もある。
一方で、こうしたシンポジウムは大学の活動として学生たちの勉強の場にもなる。商品を売ったり作って広げるだけでなく、きちんと自分たちで活動を総括して分析することも学生の力になるのだと黒田先生は語った。
プロジェクトを率いてきた黒田勇先生
現役プロジェクトメンバーの想い
黒田先生の取材を通して、今後のUME・TEMMAの存続には現役プロジェクトメンバーの想いが重要であることが分かった。しかし、実は未だにメンバーの間で今後のUME・TEMMAについての話し合いを何度もしているわけではない。今回、取材したことで初めて黒田先生に今後についての話を聞いたからだ。現役メンバーに黒田先生から聞いたことを話すと、全員が興味津々な様子だった。「これからUME・TEMMAはどうなるのか」と気になっていたし、不安に思っていたからだ。メンバーにUME・TEMMAの二つの道について説明すると、現在のプロジェクトリーダーである森本浩輝さんは「自分たちの代で終わらせたくない、黒田先生が退職だからと言って終わらせるのではなく、次の代にも繋げていきたい」と力強く語った。他のメンバーもUME・TEMMAを次の代に繋げることができる可能性があると知り、喜んだ。「UME・TEMMAを続けさせるというのは難しいかもしれないし、これから大変なことがあるかもしれないけど、これまで先輩たちが作り上げてきた繋がりを絶やしたくない」。現役メンバーは熱意に溢れている。今後はどのようにしたらUME・TEMMAを残すことができるのか、話し合いを重ねていくだろう。
現役プロジェクトメンバー
UME・TEMMAの歴史には、プロジェクトメンバーに限らず、たくさんの想いが詰まっている。UME・TEMMAの未来がどうなっていくのかはまだ誰にも分からない。しかし、UME・TEMMAに携わる人全員が大きな希望を抱き、このプロジェクトを「繋げていきたい」と願っている。私たち現役プロジェクトメンバーはこの想いを繋ぐため、今日もUME・TEMMAを通して、多くの人に元気や活力を届け続ける。(眞野里佳子)