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町屋のポテンシャル~珈琲回廊と若き経営者の挑戦~

 熊本県熊本市新町・古町地区は、加藤清正が熊本城の築城とともに創った城下町で、今も往時の面影を残している。その町の一角に佇む珈琲回廊は、築120年の町屋をリノベーションしたカフェだ。連日多くの客で賑わい、店内には挽きたてのコーヒーの匂いが漂っている。

珈琲回廊の誕生と試練

 珈琲回廊のオーナーである村井隆太さんは23歳のとき、カフェの開業を決意した。会社員時代に出張したアメリカで、人種や年齢に関係なくさまざまな人が集う小さなカフェと出会ったことがきっかけだった。「単純にそのカフェのコーヒーが好きとかいうよりも、カフェの空間が好きだと気付いた」と、村井さんは振り返る。
 2015年、生まれ育った地元熊本市でついに珈琲回廊を開業する。新町は城下町のため、古い建物を活用して商売をした方が良いだろうと考えていた。しかし、現実は甘くなかった。「若すぎたために、誰一人として町屋を貸してくれる人はいなかった」と話す。結局、唯一空いていた物件でカフェを始めることにした。

②村井隆太さん「

オーナーの村井隆太さん(提供:珈琲回廊)

 開業して約半年後の2016年4月、熊本地震が発生した。新町・古町地区が位置する熊本市中央区では最大震度6強を観測し、オープンしたばかりの珈琲回廊も、コーヒー豆を挽く機械や仕入れていた豆の入っているサーバーが倒れるといった被害を受けた。まさにこれからというときに襲った試練だった。「さすがにしんどかった」と村井さんは当時を振り返る。
 だが、悪いことばかりではなかった。地震の後、仲間と炊き出しを行ったことで、地域の人びとと関係を築くことができたからだ。その中で、被災した町屋の修復を進めていた北野淳一郎さんと出会う。「町屋で店を開きたい」という熱い想いを伝えたが、良い返事はもらえなかった。それでも村井さんは諦めず、行動を続けた。「外観の工事をやってた宮本建設の社長とかを京都や岡山に連れて行きました。古い町屋を改装しているクリエイティブな物件はこういうものだ、というのを直接プレゼンしました」。古い蔵造りが特徴の街を実際に訪れ、街づくりの成功事例を資料にまとめて提出した。自分が思い描くビジョンを明確に伝えたことで、ついに北野さんの町屋を貸してもらえることになった。

町屋の活性化に尽力する人びと

 珈琲回廊の外観工事を担当した宮本建設の社長、宮本茂史さんは当時の村井さんを「とにかく熱い想いを持っていた」と振り返る。震災前から新町・古町地区の町屋の活性化に尽力していた宮本さん。現在、珈琲回廊が入っている建物は、もともと2016年にリノベーションする予定だったという。5月には熊本市から改装工事のための助成金が下りる予定だったが、震災によって補助がすべて生活支援に回り工事は延期となってしまう。幸いにも建物はすぐに倒壊することはなかったが、新町・古町地区の町屋は359軒から181軒にまで減ってしまった。「大家の北野さんも周りの町屋が解体されていく中で、自分の建物も解体すべきか新しく建て直すか、とても悩んでいらっしゃった。私は何とか建物を残せる方法があると思っていたんですけど、説得は難航しました」と宮本さんは話す。そんな中、村井さんから町屋に移転したいという話を持ち掛けられ、北野さんを説得するためのサポートを決めたという。

④震災直後

被災直後の町屋(提供:宮本茂史さん)

町屋のポテンシャル

 村井さんが町屋にこだわったのは、町屋だからこそのポテンシャルに期待したからだった。「やっぱり築100年くらいの物件が残っている都道府県はなかなかない。しかもそれが密集しているところって本当に少ないんですよ。さらに、熊本城も知名度があって、熊本城をベースとした城下町での観光商売が必要だと思ったんですよね」と話す。
 町屋の高いポテンシャルは、珈琲回廊の空間づくりに活かされている。2階建ての建物の1階は開放感のある喫茶スペースだ。暖簾をくぐると木のぬくもりを感じる町屋を活かした空間が広がり、メニューには大福や桜餅といった和菓子がある。空間やメニューにおいて、和のテイストを持ったコーヒーショップであることを意識しているという。「いわゆるカフェとなるとスターバックスが一強なんですよね。その土俵で同じふんどしを締めて戦うのは非常に難しいんです。違う土俵で戦いながら城下町の良さを伝えるとなると、和のテイストを持ったコーヒーショップが必要だなと思いました」。
 2階はギャラリースペースになっており、さまざまなブランドがポップアップイベントを開催している。「お客さんに新しい価値だったり、そのブランドが作り出す演出みたいなものに触れていただきい」と、村井さんは話す。いつ珈琲回廊に行っても、2階で何か新しい発見ができるというワクワク感をお客さんに持ってほしい。それが集客に繋がり、再来店の促進にも繋がるのではないかと日々試行錯誤している。
 町屋の中の演出に欠かせないのがスタッフの存在だ。熊本県立大学4年の三隅向日葵さんは、2021年1月から珈琲回廊で働いており、バリスタとしてカフェのドリンク作りを担当している。客として何度か珈琲回廊に通っているうちに、「うちで働いてみないか」とスカウトされた。
 「珈琲回廊は一人ひとりが看板を背負っているという意識で働いているので、とても刺激になります」と三隅さんは語る。また、スタッフは制服を着用しているが、その中でも髪色や靴などで個性を出すように指示されている。「みんな人の目に留まるということを意識していますね。オーナーにも目立ちなさいと言われて、店員がこんなに自由な格好で良いのかと最初は驚きました」と話す。三隅さんから見た村井さんは、常に仕事熱心で忙しいにもかかわらず、スタッフの細かいところにまで気を配っている人だという。「さっきの接客良かったよとかあの仕事早くて助かったとか、良かったところはどんなに小さなことでも褒めてくれます。私たちの仕事をしっかりと見てくれているので、常に緊張感を持って働いています」。

⑤店内

桶に入れられたコーヒー豆(提供:珈琲回廊)

城下町の発展とこれから

 震災後、町屋に移転してから2年が経った。「珈琲回廊ができて年間10万人がこの街に訪れているんですよね。僕が生まれてからこの街が賑わっているのを見るのは、初めてです。しかもこのインバウンドがない中で」と村井さんは振り返る。これぞ街づくりだと感じ、復興とは何かを日々考えてきたという。「蒲島県知事の言う『創造的復興』だと思うんです。要は最先端にアップデートしていかないといけない。僕が知っている街に戻すというのは行政の仕事で、僕らは新しい街を作ってそこに集客させることをやるべきなんですよね」と展望を語る。「創造的復興」とは、蒲島郁夫熊本県知事が掲げる「復旧・復興の3原則」の一つで、「震災前より良いものを創る」という哲学を基本に取り組んでいる。
 そして、村井さんはそんな「創造的復興」を成し遂げた先まで見つめている。「今からやらないといけないのは、町屋の大家さんたちに活用プランを提案すること。町屋を使うと儲かるということを伝えたい。これができないと町屋は壊れてしまう」。そのうえで、一番はどれだけ街に経済効果を与えられるかだという。
 2021年8月には新しい和菓子ブランド「虎之助」を、9月には阿蘇にロースタリー兼カフェの「草千里珈琲焙煎所」をオープンした。村井さんの挑戦はまだ終わらない。「今後の展望は、海外に出店したいですね。熊本がスタートアップなんだけど、海外の店舗でうちの従業員を含めた熊本県民が働ける環境を作ってあげたい。街の人たちにも、『海外にも店舗がある店でコーヒーが飲めるんだ』と思ってもらいたい。そうなると幸せですね」と、夢を語ってくれた。(野中彩未)