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揺れる就活 コロナと5人の女子学生

 新型コロナウイルスの感染拡大により、就職活動は新たな様式へと変化しつつある。企業の採用人数の見直しやウェブ面接の導入、選考スケジュールの変更など、さまざまな影響に戸惑う就活生も少なくはない。実際に内定を取り消されたという事例もあり、学生たちの不安は計り知れない。未知のウイルスの蔓延によって、思い描いていたような形とはかけ離れてしまった就活の現状について、5人の女子学生たちに話を聞いた。(島崎真衣・竹中杏有果・藤川千尋・山田結以)

内定取り消し 掴んだ夢はどこへ

 柳明莉さん(仮名)は、4月から外国人向けサロンで美容師として働く予定だった。3月末、これから始まる新生活に期待を抱きつつ、東京行きの新幹線に乗り込んだ。初めての一人暮らし、港区に部屋を借りた。実家から持ってきたのは段ボール3箱とスーツケースのみ。「港区の女になる」と意気込んでいた。しかし、大阪から引っ越したその日、サロンから「内定を見送らせてほしい」と連絡が来た。
 「英語が話せる美容師」になることは、柳さんが専門学校時代から抱いた夢だった。入学してすぐの夏、校長先生から海外拠点のあるサロンを紹介された。東京の支店で数年経験を積んだ後、オーストラリアにある本店で働くことができるという。「もうそこしか見えなかった」と決意を固めた。柳さんは、目標に向かって全力で頑張った。校内スピーチコンテストや英会話の授業で優秀な成績を残し、フィリピン・セブ島の語学留学も経験した。努力する姿が評価され、専門学校のパンフレットに学年の代表として取り上げられたこともあった。就職後を意識して、ホテルでアルバイトをして接客マナーも学んだ。
 そして昨年、柳さんは念願だったサロンの内定を獲得した。
 内定を取り消された原因は、新型コロナウイルス感染拡大による売上の大幅な減少だった。オーストラリアの本店はロックダウンの影響で経営が成り立たない状態となってしまい、東京支店も新卒者を受け入れる余裕がなくなった。柳さんは国が設置した相談窓口に電話したり、休業手当について調べたりしたが、最後には仕方がないと受け入れた。「めっちゃ腹立ったりもしたけど言ってもしゃあない。無理なもんは無理かな、と」。大阪の実家に戻り、食べて寝るだけの2週間を送った。
 しかし、落ち込んでばかりはいられない。柳さんに押し寄せたのは経済面の不安だった。これまで面接や研修の際にかかった数十万円の費用は、専門学校時代にアルバイトで貯めたお金から捻出してきた。また、東京で住むはずだった部屋には数日しか居なかったが、4月分の家賃を支払わなければならなかった。「これじゃあかん」。柳さんはもう一度就職活動を始めた。

コロナ時代の就活

 柳さんのように内定を取り消された人は少なくない。朝日新聞の記事(2020年5月25日)によると、3月から5月21日までに、36事業所で働く予定だった98人が新型コロナウイルスを理由に内定を取り消された。その後NHKの調査で、内定を取り消された人は6月中旬で100人を超えたことがわかっている。新型コロナウイルスにより、2021年春の新卒採用計画にも大きな変化が見られる。例えば、JTBグループや資生堂など、就職人気企業であっても採用人数を「未定」とする場合が目立つ。「コロナ時代の就活で気がかりなこと」という就職活動オンラインイベントでのアンケートでは、81%が「採用減少への懸念」と答えている。

就活グラフ

就活は先手必勝?

 その一方で、早い時期に内定を獲得した学生もいる。池田美波さん(関西大学社会学部・仮名)、雪村千鶴さん(関西学院大学総合政策学部・仮名)の2人に話を聞いた。
 ブライダル業界への就職が決まった池田さんは、3月中旬に第一志望の企業から内定をもらい、就活を終えた。ブライダル業界の選考時期は他の業界より早く、新型コロナウイルスの影響をほとんど受けなかったため、スケジュールなども変更はなかったという。昨年12月頃から本格的に就活を始めた池田さんは、すべての面接を対面でマスクをせずに終えている。「私はインターンシップの枠だったので、一番早いルートで受かったんです」。
 池田さんが就職予定の企業には、インターンシップの参加者を対象とする特別選考ルートが用意されていた。そのほかに参加したインターンシップの数は約10社。「どの会社も早期選考でした。とくにブライダル業界は特別選考の面接が多かった印象があります」。池田さんの話では、内定獲得までの道のりは、インターンシップへ参加したことが大きな鍵になったという。

就活イベント

 教育系の出版社を目指し、3年生から積極的にOBOG訪問やインターンシップに参加していた雪村さんは、すでに1社から内定を獲得している。しかし、自分の希望する勤務地で働かせてくれる企業に就きたいと思い、就活を続けている。いま受けている企業の多くは、新型コロナウイルスの影響で選考スケジュールがあいまいになっているのが現状だ。オンライン面接への移行などにより、イメージしていた就活とは大きく異なっているが、内定を持っているため他の学生と比べて精神面での負担が軽減されている。「予想より就活が長引いているけど、時間の有効活用ができたりもするし、リラックスして選考に挑めている」と雪村さんは言う。

コロナ禍で自分を見つめ直す

 企業側の選考停止や延期などにより内面に変化が起きた学生もいる。
 まだ内定を獲得していない藤田愛さん(関西学院大学総合政策学部・仮名)は、4月下旬ごろに志望していた業界を変更した。もともと目指していた広告代理店のマーケティング職は新型コロナウイルスの影響で採用枠が減り、選考フローも中断になった。
 代わりに自己分析をする時間が増えた。自分は本当にこの業界に合っているのだろうか、一番大事にしたいことは何なのか、もう一度自己分析をするうちに藤田さんの考え方に変化が起きた。「女性として結婚を考えた際、忙しい業界に身を置くことに不安を感じ、仕事より家庭を優先したいと思うようになった。メーカーであれば職も安定しているし忙しさも広告業界ほどではない」。さらに、ウェブ面接などの対応が早く、就活のオンライン化が進むIT業界も視野に入れるようになった。不安定な時代で重要なのは、自分自身の市場価値を高めることだと考えるようになったという。
 目指す業界を変えたことにより、面接でアピールするポイントを改めて考え直さなければいけなくなったが、その作業も自分を見つめ直す良い機会になった。藤田さんは、「採用数が減って、一番に志望していた企業には行けなかったけど、就活で人生のがすべてが決まるわけじゃない。仕事はあくまで生活の一部。生活がうまく回るような仕事を探していきたい」と語る。
 幼い頃から読書が好きで、読書文化を継承・発展させるために出版業界や印刷業界を目指している吉岡美紀さん(関西大学社会学部・仮名)も、まだ内定を得ていない。「新型コロナウイルスの発生以前は、企業による新卒採用の早期化が進み始めていたが、まったく早期ではなくなり、時間の余裕が増えた」。自宅でESの作成・提出、SPI勉強、WEBテストに取り組みながら、時間をかけて自己分析をした。自分自身をさらに深く見つめ直したことで「自分が心から納得できる内定取得を目指したい、内定がゴールじゃなく自分がやりたいことにちゃんと向き合おう」と思えた。
 出版業界では就活のオンライン化に積極的に対応しているため、採用中止ほどの悪影響は受けていない。しかし、吉岡さんはウェブ面接に不安を感じている。通信状況の不具合やライトの暗さによって、熱意が伝わらない可能性があるからだ。また、面接時間が短縮される恐れもあるし、対面では問題にならないことが判断基準に含まれているかもしれない。こうした不安を少しでも和らげるために友人とウェブ面接の練習をしたり、口コミサイトから情報を収集しているという。一方で、遠方へ面接を受けに行く必要がなくなったことは、お金の節約に繋がると利点も挙げる。
 「出版業界を目指すうえでフリーペーパー制作の部活に入っていたことが、面接での会話のタネとして役立っている」。最終面接の一歩手前まで来ている企業もある。コロナ禍で自己分析をする時間が増え、意志を固められたことが自信にも繋がり、内定獲得へと近づいていく。

何もしないより、いまできることを全力で

 東京のサロンから内定を取り消された柳さんは現在、大阪で訪問美容師として働いている。美容室へ通うことができない高齢者を対象に、美容師が自ら介護施設や病院へ訪問して髪の毛を切る仕事だ。「昔、練習がてらにおばあちゃんの髪の毛をカットしたときのことを思い出した。とても喜んでくれたのが嬉しかった」。
 もう一度大阪で就職活動をする際、東京のサロン一筋でやってきたため、大阪のどのサロンを見ても興味が湧かなかった。そこで、以前から関心を持っていた訪問美容師を志した。調べてみると求人票でたまたま新卒者を募集している訪問美容師の企業を見つけ、面接を受けた。その企業も新型コロナウイルスの影響で厳しい経営状況にあったが、面接で柳さんに「ぜひ頑張ってほしい」と内定をくれた。「縁があって入ったところだから、自分にやれることは全力でやりたい」。外国人向けサロンから訪問美容師へ。思い描いていた将来とのギャップに驚くときもあるが、やりがいを感じている。お客さんの中には祖母のように泣いて喜んでくれる人もいるという。

就活美容師

 内定を取り消されたことについて、柳さんは自分なりの答えを見つけたと語る。「企業ではなく、新型コロナウイルスが悪い。企業側を叩く報道を見ると、なんかそうじゃないなあと感じる」。客観的な視点でテレビから流れる内定取り消しのニュースを見るようになった。確かに悔しい気持ちはいまも残る。しかし、一途に目指してきたサロンに裏切られたと感じたことはない。企業への怒りよりも理解が勝っている。
 大阪で訪問美容師になっても、「英語を話せる美容師」の志は消えていない。再び東京のサロンを目指すかという質問に対して、「経済が混乱している中、すぐに夢を追いかけることは難しい。ならばその時間を待ちぼうけして過ごすのではなく、いまできることを全力でするべきだと思った」と柳さんは答えた。

取材を終えて

 今回、私たちは5人の女子学生から話を聞いた。新型コロナウイルスが発生したことで、就活に大きな影響があったことは間違いない。しかし、就活生がどのような影響を受け、そこからどう動くかはさまざまだ。今回取材した5人も一人ひとり異なる状況下をそれぞれの手段で乗り越えようとしていた。早くから就活をスタートしたことで心に余裕を作った池田さん、雪村さん。自粛中に自己分析をして仕事への熱意を高めた藤田さん、吉岡さん。そして、夢だったサロンの内定を取り消された後も努力を続けている柳さん。彼女たちはみんな、コロナ禍の中でも前を向いて進んでいた。
 新型コロナウイルスの影響はいつまで就活生にまとわり付いてくるだろう。内定取り消しや新卒採用計画未定の企業がある異例な現状だが、どうか就活生が後悔なく就活を終えられますように、と願う。同時に、来年は私たちの番だと気を引き締めた。不安な気持ちももちろんあるけれど、彼女たちのように前向きな気持ちを忘れず、就活に挑んでいきたい。