見出し画像

保護された猫たちの居場所〜保護猫カフェ・ウリエル〜

 個性豊かなお店が立ち並ぶ大阪府中崎町エリア。梅田からほど近いこの場所に、猫と人を繋ぐ「保護猫カフェ・ウリエル」がある。行き場所のない猫たちが家族を求めて、のびのびと暮らす場所だ。オリエンタルなトルコランプの下で、のんびりと過ごす猫たちに癒されながら、店長の神谷萌花さんに保護猫カフェ・ウリエルを案内していただいた。

保護猫って?

 おうちがなく飼い主がいない、なんらかの事情で保護された猫たちのことを「保護猫」と呼ぶ。保護された猫は、施設や個人宅で生活し、新しい家族が見つかるのを待つ。「猫ブーム」が浸透し、愛情を注がれる猫が多くいる一方で、家族が見つからず殺処分されてしまう猫は少なくない。年々減少しているものの、いまだ保護された猫の半数以上が殺処分されている。一匹でも幸せに暮らせる猫を増やすため、動物愛護団体をはじめとする多くのボランティアが、さまざまな活動を続けている。
 保護猫カフェ・ウリエルも、猫のための活動に取り組む団体である。誕生のきっかけは、一匹の小さな猫との出会いだった。ある日、帰路に着く神谷さんの耳に小さな子猫の鳴き声が響いた。だんだん小さくなるその声を頼りに、あたり一帯を探してみるも、猫を見つけることはできなかった。しかし、日が暮れてから耳を澄ますと、再び子猫の鳴き続ける声が聞こえたという。「今度こそは見つけなければ!」と思い、外へ飛び出した。
 声は空き家の屋根から伝わってくる。近くにあったポールをよじ登り、やっとの思いで小さな命を見つけた。「ウリエル」と名付けられた片手に余るほどの子猫は、成長ホルモンの異常により大きくならない「ドワーフキャット」という特殊な病気だった。病気のため上手く水やご飯を口にできず、便もひとりで出せない状態の子猫。神谷さんはただその命を絶やさぬよう、つきっきりで面倒を見た。「お世話は他の猫さんよりも手がかかったかもしれないけれど、私にとってウリエルは大切な家族であり、お世話をすることは喜びでした」と当時を振り返る。毎朝ウリエルの心臓の鼓動を確かめ、「良かった、今日も生きてる」と安堵してから、一日が始まる。神谷さんはウリエルと過ごす日々の中で、生きることの尊さを教わったという。「先が見えず不安だった毎日が、ウリエルのおかげで温かくキラキラした日々に変わっていきました」。
 製菓専門学校を卒業して以来、いつか自分のお店を持ちたいと考えていた神谷さんは、ウリエルがいるカフェ「カフェウリエル」を開くことにした。いろんな場所に旅行し、たくさんの楽しい時間を過ごしてきたウリエルと仕事中もずっと一緒にいたかったからだ。しかし、「カフェウリエル」を開くと決めた時、猫の虐待ニュースが神谷さんの目に止まった。「ウリエルももしかしたらそんな目に遭っていたのかな、こういう子たちってたくさんいるのかな」。いてもたってもいられなくなり、何もわからないまま保護猫の世界へと足を踏み入れていった。小さい頃からヒヨコやハムスター、犬や猫と、いろんな動物と触れ合いながら生活をしてきた神谷さんだが、ウリエルを拾うまでは、過酷な環境で暮らす猫たちがいる現実に気づくことはなかった。「大阪ねこの会」という保護猫ボランティアの集会に参加し、保護猫についての理解を深めた。そして2016年、保護猫カフェ・ウリエルが誕生して間もなく、ウリエルは息をひきとった。ただ泣き続けていた神谷さんを支えたのは、保護猫カフェ・ウリエルの仲間たちだった。いつも通りの笑顔で励まし続けたスタッフさんたちによって、神谷さんは気力を取り戻し、前を向くことができた。一匹でも多くの保護猫が救われるようにと始まった保護猫カフェ・ウリエルで、神谷さん自身が救われ、みんなが幸せになる居場所となったのだ。

画像1

カフェ・ウリエルのきっかけとなった猫「ウリエル」(提供:保護猫カフェ・ウリエル)

保護猫活動

 保護猫カフェ・ウリエルは、野良猫や多頭飼育崩壊などの問題によって行き場を失くした猫たちが新しい家族と幸せに暮らせるように、サポートしている。基本的には、保護された猫を預かり、カフェ・デビューへと養育している。しかし、目も開いてない赤ちゃんや、寒い時期の場合は、お店をスタッフに任せ、神谷さんが自宅で保護をすることもある。神谷さんの自宅はお風呂場が保護猫の隔離部屋となっており、時期によっては10匹もの子猫を24時間つきっきりで世話することもある。神谷さんが飼っている猫のセラちゃんも、まだ臍の緒がついていた頃に神谷さん自身が拾ったという。その日は、亡くなったウリエルが、本来迎えるはずの誕生日だった。不思議な縁を感じながら、今では毎日一緒に出勤し、スタッフ猫として猫カフェを見守っている。
 保護された猫は2週間の隔離期間を経て、ウィルス検査、身体や精神面の治療をした後、獣医師より健康状態だと判断された上でカフェ・デビューする。お店には基本的に35匹の保護猫が暮らしており、里親が決まれば空いた枠に次の保護猫がやって来る、という仕組みだ。一匹一匹をスタッフが毎日体調管理しているので、一定の上限が設けられている。「うちのいいところはスタッフ一人ひとりがいい子で、適当なスタッフがいないこと」。体調が左右されやすい子猫などは、特に毎日の体重測定が欠かせない。体重が減っている子がいれば、個別にご飯の量を増やしたり、治療を施す。責任を持って管理してくれるスタッフの愛情のおかげですくすくと人懐っこく育ち、カフェにやって来るお客さんを驚かせている。保護猫カフェの仕組み自体も、人懐こい猫に育つ秘訣だという。「猫カフェの猫さんたちは、何年もその環境で育つので、人が来ることが当たり前の日常。でも保護猫カフェは猫の入れ替わりが激しいので、人に対する好奇心が強く、興味津々です」。最初は人に驚く猫もいるが、人と触れ合い楽しそうに遊ぶ他の猫の姿を見て、新しくやって来た猫も人に馴れていく。癒しを求めて遊びに来るお客さんと、たくさん遊んでもらいながら家族を見つける保護猫。お互いにとってウィンウィンな関係は、保護猫カフェならではの特徴だろう。

猫のため、猫が好きな人のための空間づくり

 保護猫カフェ・ウリエルには、「2階と1階の猫を混ぜない」というルールがある。一般的な猫カフェではあまり聞き慣れないルールだが、そこには猫たちそれぞれの個性を大切にした理由があった。「1階は1歳未満の若い子チーム、2階には成猫チームがいます。私たちが幼稚園児のいるところではしゃぐことができないのと同じで、大人の猫は遠慮してしまうことがある。パワフルで甘え上手な子猫と、静かに寄り添ってくれる成猫。それぞれの良さを活かせるように、階を分けています」。お店に入ると途端にすり寄ってくれる子猫たちと目一杯遊んだ後は、大人の猫たちが集うゆったりとした空間で癒される。それぞれの猫が生き生きと過ごすことができる、猫の幸せを願う保護猫カフェ・ウリエルならではの空間づくりがなされていた。
 保護猫カフェ・ウリエルから、徒歩圏内に2つの姉妹店がある。2号店は保護猫と一緒に暮らす体験ができる猫邸としてオープンしたスイートホームウリエルで、シニアの猫に特化した店舗となっている。「すぐにご縁が結ばれる子猫に比べて、シニア猫の居場所はなかなか見つからないのですか?」というお客様の一言をきっかけに、シニア猫の良さをたくさんの人に知ってもらいたいと姉妹店が誕生した。コンセプトは、「落ち着いた大人の猫さんが迎える、ゆったりとした静かな時間を愉しむこと」。一緒に寝転んでテレビを見たり、本を読みながら膝にのせたり。シニア猫が作りだす猫との密な時間は、保護猫の良さを知ってもらうチャンスとなり、一緒に住むきっかけとなる。
 3号店は猫グッズと焼き菓子、お茶のお店Tea Roomウリエル。「猫カフェに行ったことがない人からすると、保護猫カフェは敷居が高く感じてしまう。そんな人たちが行きやすいように、カフェを併設しました」。温かなアンティーク家具と、たくさんの猫雑貨に囲まれながら過ごすひとときは、猫好きにはたまらない。猫の顔の形をしたクッキーに、猫が象られている食器、お店に潜む隠れ猫。本物の猫はいないけれど、猫カフェと変わらない癒しが詰まっている。もちろん、保護猫カフェ・ウリエルとのセットメニューも用意されている。2050円のランチコースは、1時間猫と遊んだ後、Tea Roomウリエルで月替り定食やカレー、オムライスなどのランチが楽しめる。お腹も心も猫で満たされる、好評のメニューだ。
 2021年11月1日には、新事業ファミーユ・ウリエルが開所した。「就労継続支援B型」の福祉サービス事業である。障害があり年齢や体力的に就職が難しい方が雇用契約を結ばず、軽作業などの就労訓練を行っている。ファミーユ・ウリエルでの作業内容は、保護猫のお世話やグッズ作成、ティールームで提供される菓子製造など。新事業のきっかけについては、「動物と触れ合うことが好きで、そんなお仕事がしたい方は多い。けれど障害という理由もあってなかなかそういった機会に恵まれない。一方、保護猫の現場は人手が足りていない。この両者が上手くマッチングできるのではないかと思った」と話す。「みんなが幸せになれるように」という想いを持った仲間たちが集まる保護猫カフェ・ウリエルは、保護猫活動やカフェ事業、福祉事業などを通して、猫だけでなく、猫が好きな人たちにとっての居場所も広げている。

画像2

保護猫カフェ・ウリエルの店内の様子

新しい家族を探す

 神谷さんはペットショップやブリーダーに育てられている猫と保護猫に、違いはないという。ブリーダーは主に血統書付きのペットを繁殖させる。繁殖された猫は品種が定着されるため、体格や毛並み、性格などの特色がわかりやすい。一方、保護猫の多くはたくさんの血が混ざった雑種である。一つの血筋で固められた猫と、いろんな血がミックスされている猫。どちらにとっても強い部分、弱い部分があり、大きな違いはないそうだ。それよりも大切なことは、猫の個体差、性格の違いを直接触れ合って確認し、自分のライフスタイルや好みにあった猫を見つけ、育てることだという。
 だんだんと保護猫の認知が広がったこともあり、「せっかくなら、お家がない子を」と里親になる人は多い。しかし、命を取引する上で注意している点も多く、保護猫を譲渡するまでにはいくつかのステップを踏まなければならない。まずは、保護猫カフェ・ウリエルに遊びに来てもらうこと。どの猫の里親になりたいか、何度も通い自分にあった子を見つけてもらうためだ。一度の来店で決まる方もいれば、何度も会いに来てたくさん迷われる方もいるという。
 その後、里親になる方の気持ちを聞き、猫を飼うための注意点を理解してもらうと保護猫のトライアル期間が始まる。これは、しっかりと飼育できる環境があること、家族が了承していることを確認するためのものだが、引き取り手の方に自分の気持ちを再確認してもらうための期間でもある。トライアル初日には家庭訪問として、その猫を保護した方が猫とお家までお伺いしている。
 2週間から1ヶ月にわたるトライアル期間が終了すれば、正式に譲渡することが決まる。人と猫が共存して生きていくことで、互いに癒され喜びに満ちた生活となるように、猫を保護してから家族が見つかるまで、そして譲渡を終えた後も、保護猫カフェ・ウリエルはみんなの居場所として猫たちのサポートをしている。

画像3

のんびりと過ごす猫たち(提供:保護猫カフェ・ウリエル)

保護猫カフェ・ウリエルの願い

 保護猫カフェ・ウリエルには、「保護猫のカフェとは知らなかった」「カフェを散策しているとたまたま見つけた」といったように、猫の家族になる予定のない方もたくさん遊びに来る。「猫カフェを利用した代金が、保護猫たちのご飯代、医療費につながります。たとえ猫の新しい家族になれなくても、カフェウリエルに足を運んでくださることは、とても、ありがたいことです」。入場料をいただき、ビジネスとしてやっていくためには、お客さん頼みの物資支援などを期待するわけにはいかない。カフェの併設やSNSでの発信など、神谷さんの努力の一つ一つは猫が好きな人に伝わり、遊びに来る人がいて、保護猫の助けに繋がっている。
 これまで、600匹を超える猫たちが保護猫カフェ・ウリエルを卒業し、新しい家族の元に引き取られた。きっかけとなった小さな子猫、スタッフさんたち、たくさんの巡り合わせによってできた空間は、多くの猫好きが集まる温かな居場所へと変わり、保護猫の認知へとつながる。保護猫カフェ・ウリエルは、これからも多くの猫のお家として、猫の幸せを願っている。(岩崎日加留)