すいたんレポート~ゆるさを支える吹田市の人びと~
すいたんとの出会い
私がすいたんに出会ったのは高校1年生のときだった。同じ地域の友だちが少ない高校に進学した私は、出身の大阪府吹田市について聞かれることが多かった。うまく答えられるものを探していたときに見つけたのが、すいたんである。
すいたんとは、大阪府吹田市の公認イメージキャラクター、いわゆる「ゆるキャラ」である。身長は大きめで自動販売機くらい、野菜のくわいがモチーフのキャラクターである。普段は赤いTシャツに黄色いオーバーオールを着ており、その服の真ん中には「SUITAN」とプリントされている。私が初めて見たすいたんの写真は、水飲み場で水を飲んでいるものだった。ゆるキャラなので、もちろん実際に水は飲めていない。ただ口元が濡れているだけのとてもシュールな写真に、私は惹かれてしまった。
脳を空っぽにして見るような、クスッとしてしまう、それでいてじわじわと笑いがこみ上げてくるタイプの面白さが好きな私は、「これこそ私の住んでいる吹田市だ!」と感銘を受けた。それから友だちに吹田市について聞かれたときはすいたんの写真を見せるようになった。当たり前のように私には「すいたん好きな子」というイメージがつき、すいたんのファンになっていった。大学に入ってからは「吹田の学校に通ってるんだから知っておくべき」という理由で友だちに布教してまわっていた。
しかし、よく考えてみると私はすいたんに会ったことがない。ファン6年目にして、実はすいたんのことをあまり知らないのではないか。そこで、まずはすいたんについていろいろ調べてみることにした。
すいたんってなに?
大阪府吹田市のイメージキャラクターすいたんは、2010年に吹田市制施行70周年記念事業の一環として誕生した。モチーフとなっているのは吹田名産の「くわい」である。芽が出た玉ねぎのような見た目の野菜だが、大きさは栗くらいのサイズである。芽が出ることから「めでたい」と結びつき、おせち料理に登場する地域もある。吹田市民の私ですらあまり見る機会はないが、江戸時代から200年間京都御所に献上されていた由緒ある伝統野菜である。すいたんは新型コロナウイルスが流行する前までは多くのイベントにも参加し、最近ではラッピングカーが市内を走ったりしている。Twitterは1万人ほどのフォロワーがいて、3日に1回程度のペースで更新されている。贔屓目かもしれないが、ゆるキャラブームが過ぎている今でも、かなり精力的に活動している印象がある。
と、ここまでが吹田市のホームページやSNSから分かることである。しかし、まだまだすいたんについて分からないことも多い。誕生の経緯、なぜくわいがモチーフなのか、どのようにすいたんのSNSは運営されているのか。次々に浮かんでくる疑問を解消するため、私はすいたんを運営する吹田市のシティプロモーション推進室に連絡し、吹田市役所に向かった。
市役所に行ってみた
対応してくれたのはシティプロモーション推進室の杉田季菜璃さんと平汐桜さんだった。和やかな雰囲気で取材は進んだ。
まず、すいたん誕生の経緯を聞くと、「当時ゆるキャラが流行してまして…」とキャラクター募集に至る流れについて答えてくれた。確かに10年前は新語・流行語大賞にもノミネートされるほどゆるキャラは一大ブームだった。吹田市のキャラクターを作るという話は、70周年記念事業の実行委員会が企画を練る段階で、ごく自然な流れで出てきたという。「流行りに乗ったという感じですか?」という私の質問にも「まあそうですね」と笑って返答してくれた。なんとなく想像はついていたが、すいたんは流行りの産物だったのか。ファンとしては当時のブームに感謝するほかない。
すいたんはビジュアル原案の段階から公募で決められた。吹田市民としては馴染みがあるのはやはり万博記念公園の太陽の塔やアサヒビール工場なので、なぜすいたんのモデルがくわいなのか気になっていた。「もともとくわいは吹田市の名産というのもありますし、太陽の塔などは権利がややこしくて採用が難しかったんです」と、平さんは苦笑いした。著作権で実用化が難しいものは選考の段階から外されていたそうだ。最終的に採用された原案の作者は金津博さんというイラストレーターで、函館の五稜郭タワーや金津さんの地元・新潟県上越市の「リサちゃん」など、他にも数多くの自治体のイメージキャラクターに原案が採用されている。mixiでは「ゆるキャラの帝王」と称されており、金津さんが手掛けたゆるキャラを紹介し合うコミュニティもあった。
その後「すいたん」という愛称も公募で決まり、お披露目となった2010年10月15日がすいたんの誕生日となった。市制施行70周年に合わせて体重は「くわい70個分」となり、ガンバ大阪のホームスタジアムがあることから趣味は「スポーツ観戦」になった。こうして、プロフィールも着々と決まっていった。
杉田さんは「すいたんのイメージづくりは心がけています」と話す。「推進室でもすいたんにもっといろんなことさせたいなっていう意見だったり、他部署からも『こういう活動にすいたんを使いたい』という声をかけていただくこともあるんですけど、それはすいたんのイメージに合うかどうかでいつも判断しています」。確かにすいたんの優しそうで親しみのあるイメージが崩れたことはない。私にとっては、すいたんのイメージが揺らぐとその後ろにある吹田市への信頼が揺らぐことに繋がる。平さんも「Twitterも堅苦しくならないようにしています。すいたん自身のつぶやきと、行政としての情報発信のバランスがとれる形であればいいかなと更新しています。もともとゆるくやっているものですし」と話してくれた。すいたんの愛らしい見た目から離れすぎないプロモーションが、ファンにとっては魅力の一つなのかもしれない。その温かいイメージから発信する情報が限られてしまうこともあるのかもしれないが、すいたんは親しみのあるキャラクターで吹田市のイメージアップに貢献している。
この日私が一番聞きたかったのは、TwitterやYouTubeで投稿されている「すいたんチャレンジ」についてだった。これはすいたんがあらゆるものに挑戦し、惜しいこともなく失敗していくという短尺の動画シリーズである。すいか割りから始まり、テーブルクロス引きやフリースロー、他自治体のゆるキャラも参加しての大縄跳びなど、チャレンジは多岐にわたる。潔く失敗した後の変わらない表情がなんとも言えず、とてもシュールで癖になる動画だ。てっきりシティプロモーション推進室が運営しているものと思い込んでいたが、「すいたんチャレンジ」は別の管轄だという。「『すいたんチャレンジ』は、enZINE(エンジン)という市役所の若手職員が組むプロジェクトチームが企画しているんです」。吹田市役所内で有志を募り、2016年から発足したこのプロジェクトチームは「すいたんチャレンジ」だけでなく、今までにすいたんのLINEスタンプ、庁内職員統一名刺やガンバ大阪とコラボした市の婚姻届なども作成している。
しかし、新型コロナウイルスの流行とは関係なく、数年前に活動を休止したという。「なかなか人数も集まらなくなって、メンバーも変わらないことが増えてしまって。やっぱり人が変わらないと、新しいものが生まれにくいので、マンネリ化してしまったというのがありますね」。この段階で私は、このenZINEというプロジェクトチームに興味を惹かれた。「すいたんチャレンジ」を部署問わず若手職員でチームメンバーが企画していたが、なぜそのチームがなにかしらの壁にぶつかってしまったのか。現在シティプロモーション推進室には「すいたんチャレンジ」の担当者はいないという。後日「すいたんチャレンジ」の担当者だった他部署の方を紹介してもらい、話を聞くことにした。
「すいたんチャレンジ」はどうして始まった?
高畠真人さんは、enZINEのメンバーで、「すいたんチャレンジ」の担当者だった。「enZINEというのはシティプロモーション推進室が運営していた若手チームです。有志で集まって、何か新しい、役所っぽくないことをやってみようっていう人たちの集まりでした」。プロジェクトチームは40歳以下の職員を対象に毎年入れ替わりでメンバーを募集し、いくつかの企画班に分かれて活動していたという。グッズなどを手掛ける班や職員統一名刺などを作成した班などがあり、高畠さんが所属していた写真・動画班は「すいたんチャレンジ」の企画・撮影・編集をしていたという。とてもシュールな雰囲気が魅力の動画シリーズだが、企画段階から悩むことが多かったらしい。「やっぱりすいたんに何をさせるかを考えるのが一番難しかったですね。シンプルじゃないと伝わりにくいので」。
端から見ればおふざけテイストの動画であっても、ゆるさのバランスを保ちながら一本の動画を完成させることはかなり時間がかかったという。「一つの動画を撮るのにも準備は場所の手配から、構成を考えたりとかで40秒の動画に3時間かかるときがありました。短い動画の中でも起承転結は常に意識していました」。高畠さんに印象に残っている動画を聞くと、「初めて撮ったすいか割りの動画ですかね」と答えた。「やっぱり役所がやることなので、『これをすることにどんな意味があるのか』とか『誰が幸せになれる?』とか、そういうことを問われるんですよね。半分遊びの面ももちろんあったんですけど、これでいいのかって怖い気持ちもありました」。それでも完成させた動画は、Twitterで多くの反応を得た。「なにか新しいことをしたい」「役所っぽくないことをしたい」というenZINEの根幹の想いが実った瞬間だった。「『すいたんチャレンジ』のロゴとか、オープニングの音楽とか、それも何もない状態から始めたので、反応があったことで続けられたし、やってよかったなと思います」。
「すいたんチャレンジ」 すいか割りの様子(出典:吹田市動画配信チャンネル)
enZINEはどんなチーム?
高畠さんがenZINEに参加したのは、同期に誘われたことがきっかけだった。「はじめは結構無理やり参加させられたんです」と笑う高畠さんは、もともと写真が好きだったこともあって写真・動画班に所属になった。「基本的に業務外で活動することが多かったので、ほとんどボランティアみたいな感じでした。でも、みんなやりたくてやっているので雰囲気はよかったです」。部署に関係なく集まったこともあり、普段とは違う業務に新しい刺激をもらう人もいたそうだ。「ずっとデスクワークの人とかもいるので、撮影の場所の交渉とか許可取り、打ち合わせなどは新鮮だったかもしれないですね。新しいことを考えたりする企画力や柔軟性は他の仕事でも役に立つなと思います」。
若手チームenZINEは、5年程続いた後、募集を止めることになった。最初はやりたい人が集まって盛り上がっていたが、徐々に希望者が同じ顔ぶれになり、今では「なにか違うやり方があるのではないか」と別の方法を模索しているという。「『すいたんチャレンジ』の更新も少なくなってます。またやりたいとは思っているんですけどね」と高畠さんは語る。若手職員のやる気も、無限にあるわけではない。市役所という場所で、自由奔放に活動を続けるのは、まだまだ難しいのかもしれない。「enZINEでは、真剣に遊んでいたような感じです」という言葉を、高畠さんは何回も口にした。真面目には見えないことを本気でやるという試みはなんだか学生のような雰囲気を感じる。たしかに「すいたんチャレンジ」は「市役所が運営しているのにこんなことをするんだ」というのが笑える要素になっていたし、その感覚は役所に対する親近感にも繋がる。それが狙いなのかは分からないが、行政のお堅いイメージを「すいたんチャレンジ」は変えようとしていたし、その雰囲気が作り出せたのは若手職員のチームだからかもしれない。
すいたんと私のこれから
少子高齢化が進む日本で、多くの自治体が市民を獲得しようと躍起になる中、吹田市の人口は1995年から増え続け、現在では37万人を超えている。そんな吹田市は市民の増加を目的にはせず、「どうしたら吹田市にいる人に楽しんでもらえるか」を軸に、吹田市民に向けたプロモーションビジョンを掲げている。「市民にとって愛着や誇りが持てるまちを目指します」と市のホームページには書かれており、まさにその取り組みの一つがすいたんである。そして、私はそんなすいたんを楽しむ市民の一人だ。
そう遠くない未来、いつか吹田市から離れるときが来るかもしれない。それでも私の地元が吹田市であることは変わらない。「市民を楽しませたい」と励むシティプロモーション推進室の人たちをの話を聞いて、改めて吹田市民でよかったなと思う。すいたんはまぎれもなく私の郷土愛に深く関わっているし、すいたんを好きでいることは、私にとって故郷を大事にすることと同じなのだ。近いうちに「すいたんチャレンジ」がまた復活すればいいなとひそかに願いながら、私は今日も誰かにすいたんの話をする。(木村泉美)