見出し画像

ランドリーカフェで場をつくる

 近年、コインランドリーにカフェが併設されるランドリーカフェが登場した。このような空間はサードプレイスともいわれる。サードプレイスとは、自宅(ファーストプレイス)、職場・学校(セカンドプレイス)でもない第3の居心地の良い場所のことを指す。ランドリーカフェの利用者は、コインランドリーで洗濯物ができあがるのを待ちながらカフェでコーヒーを飲む。生活感たっぷりのランドリーと非日常的なカフェが共存するこの場所は、不思議な居心地の良さがある。

ハレというランドリーカフェ

 大阪府東大阪市に「珈琲とコインランドリーのお店。ハレ」というランドリーカフェがある。カフェのオーナー大和夏花さんは高校卒業後に渡米し、5年間過ごした。帰国後は東京でインテリア関係の仕事をした経歴を持つ。
 ランドリーカフェを開店したきっかけは、夏花さんの祖父が建てた建設会社の社員寮が空ビルになったことだった。祖父から経営を受け継いだ夏花さんの父は、不動産として家賃が入ることも大事だが「地域の人のためになることをやりたい」と、大学生にゼミ活動の一環としてビルの一室を改装してもらったりもした。しかし、自分ごととして関わってくれる人がいなかったため、当時東京で会社員をしていた夏花さんに話が来たという。いろいろな案を考えたが夏花さんは「自分でやりたい」とは思えず話を放置していた。しかし、父が病気になったタイミングで東京から地元に帰ることになり、ビルの経営を考えなければならなくなった。

喫茶ランドリーとの出会い

 地元に帰ったものの何をすればいいか迷っていた時に見つけたのが、東京にある「喫茶ランドリー」の記事だった。その記事には「私たちは喫茶店をしているのではなく、あくまで場を作っている。喫茶店をしているのは方法論でしかない。ランドリーもきっかけでしかない」と書かれていた。喫茶ランドリーは、店主の田中元子さんが代表を務める「株式会社グランドレベル」の「1階づくりはまちづくり」という理念が生かされている。建物の1階(グランドレベル)を街に開いた作りにすれば誰もが立ち寄れて、人の流れが生まれ、街が変わる。日本では1階の持つポテンシャルが蔑ろにされているという。記事を読んだ夏花さんは日常的にランドリーを使いに来る人が、その空間でちょっと非日常的な経験をする世界観が面白いと思った。

画像1

ハレのオーナー大和夏花さん

 喫茶ランドリーに興味を持った夏花さんは、すぐに店主の田中さんと連絡を取って会いに行き、「働かせてください」と頼んで2日ほど働かせてもらった。店員さんがみなそれぞれで助け合って運営をし、店員さんの子どもたちは、常連さんに宿題を見てもらっていた。「こういう場を作ることなら私にもできるし楽しい」。そう思った夏花さんは、「この空間を大阪でも作る」と宣言し、ビルの1階をランドリーとカフェにしようと決めた。ビルは4階建てで、他の部分をどうするか迷ったが、「喫茶ランドリーのような場所を作りたい」と周囲に話すと面白がって話を持ってきてくれる人がいた。その中で「シェアハウスを作りたい」と言ってくれた人が3階で「Oasis」というシェアハウスを作り、大学バスケ部の学生寮もできてビルに人がたくさん移ってきたという。2階には「Cozista」というレンタルスタジオも入り、祖父から受け継いだビルは賑やかになった。
 1階をランドリーとカフェにした理由はほかにもあった。夏花さんが一人暮らしの時にコインランドリーを利用していた経験から、シェアハウスの住人たちにとって便利だと思ったからだった。ランドリーカフェがオープンした2019年に、ビルの近くにコインランドリーがなかったことも重なった。また、あまりカフェに来ない年齢層が多い界隈でカフェに入るのは勇気がいるが、コインランドリーなら比較的入りやすい。コインランドリーの入口から来てカフェを覗き、勇気を振り絞って入店する人もいたという。「コインランドリーはクッションとしての役割がある」と夏花さんは語る。

設計図なしで作り上げたカフェ

 ハレは右側にカフェの入り口、左側にコインランドリーの入り口がある。その真ん中には木の看板が掛けられ、木を基調とした温かみのある店内が外から見えるようになっている。店内でもカフェとコインランドリーを行き来できる。カフェの内装を決める際、幸運にも夏花さんの父がもらってきた廃材があったので、それを生かした空間を作ろうと考えた。「廃材は使われた感があって愛着が湧く」と夏花さんは語る。古着と似たような感覚なのかもしれない。
 モデルにしたのは東京の蔵前にある「Nui. HOSTEL」というホステルで、基本的に設計図に頼らず、即興で作った。「Nui. HOSTEL」はアメリカにある廃材などを再利用して空間を作る「Re Building Center」が作ったお店だ。設計図を描かずに材料の良い見せ方を考え、その場で組み上げるため、空間が有機的で曲線が多く、木材の見せ方がうまい。お店づくりにこの方法を取り入れたいと考えた夏花さんは、同じように家具をバラバラにして整列させない配置を心がけた。
 しかし、設計図に頼らなかったことで最初は店内の動線がチグハグになってしまった。そのため、お店をオープンして数ヶ月は席の配置を変え続けたという。「テーブルの配置、店員さんとの距離感、自然光の入り方、ランドリー音の入り方など、どうしたら一番くつろげる空間になるのかを考える実験のような日々だった」。だんだん傾向が見えてきた中で、みんながくつろげる配置にするのをやめた。ある程度万人が気持ち良いと思う空間にしつつ、それぞれが心地いいと思える配置にする。「みんなそれぞれお店の中にお気に入りの椅子や家具があると思う」と夏花さんは嬉しそうに語った。
 お店の内装はなるべく自然の素材や廃材を使った。また、緑を取り入れることも意識した。店内にある植物は常連さんや地域の人が育てられなくなったものを募って配置している。そのほかにも店内には常連さんとの繋がりを示すものが多くある。棚に並んだ本や、ギターやピアノ、大きなドライフラワーも常連さんが持ってきてくれたものだという。店内に飾ると、持ってきてくれた方は大事にしていたものが生かされることをすごく喜んでくれる。「なるべく常連さんのご厚意を生かしたい」と夏花さんは語る。

画像2

店内の様子、ドライフラワーなどは常連さんからの頂き物

地域と繋がるきっかけ

 今でこそ常連さんとの関わりが深いが、「開店当時はビビり倒していた」という。お店を作るのは楽しかったが、カフェで働いたことも、飲食店を経営したこともなかったため不安だった。さらに、地元にトラウマがあったという。当時は治安が悪く、学校にも良い思い出があまりなかったため地元がすごく嫌いだった。アメリカへ渡ったのも、地元を早く出たいという思いからだった。10年ほど地元を離れていたこともあり、帰るのが怖かった。当時の同級生やいかつい人がたくさん来たらどうしようという恐怖と、少し変わった店を作ることに地元の人から「何だあれ」みたいに思われ、受け入れられない不安もあった。
 葛藤を抱えつつ開店準備を進めていた中、ラグビーのワールドカップが花園ラグビー場で開催された。カフェが完成していればラグビーの観戦イベントをしたいと考えていたが、大工道具や材料がまだ店内に残っており間に合わなかった。それでもこの機会を生かそうと、「工事現場で観戦イベントをする」という大胆な行動に出た。大工さんに謝りながら試合の前日に大工道具や材料を全部片付けて、試合の当日は朝から椅子を並べた。営業許可はとっていたためフードやドリンクも用意して、試合の前に店のスタッフみんなでビラを持ってラグビー場まで行った。「ビラを配って外国人サポーターもそのまま連れてきた(笑)。観戦イベントを計6回もした。同じゲームを応援する目的のもとで、海外の人も地元の人も関係なく80人くらいですごく盛り上がった」と夏花さんは語る。この観戦イベントは、地元の人たちにお店を知ってもらうきっかけとなり、「面白いことをするなあ、応援するわ」と声をかけてもらえた。不安な気持ちが楽になった瞬間だった。こうして地元の人との繋がりが広がった。

24時間ある空間を有効に

 平日朝7時から8時半まで、ハレはカフェの開店前に「朝ご飯屋さん」を始めた。日替わりおかずの和定食を提供している。この「朝ご飯屋さん」を始めるきっかけも偶然だった。もともと、ハレの上にある学生寮のコーチが、毎朝部員のために朝ごはんを作っていた。そのコーチは、ハレの隣に店を借りて韓国料理屋を始めるほどの料理上手である。そんな折、ハレの隣に夏花さんの同級生が住み始め、彼女から「実家の米屋の仕事がしたい」という話を聞いた。コーチが部員のために作ったおかずと、米屋の白ごはん。偶然の繋がりからこの「朝ご飯屋さん」が始まり、同級生のモチベーションとなっている。
 「お店が開いている時間だけじゃもったいない」。カフェの閉店後に音楽イベントを開催するなど、カフェにこだわらない空間の活用もしている。いろんな世代が関わり合える場所となるように。「ハレは24時間あるのだから」。(中江未侑)