アリがいた。


疲れきった20:16、環状線は私を運んでくれる。
スマホも触らず、放心状態で座っていた。



ふと足元を見ると、アリがいた。

1匹の小さなアリが、ちろちろと歩いていた。


普段なら目にもとめないかもしれない。

でも、さっきまでの疲れも忘れて、私はこいつの動きをじっと見ていた。


こいつはどこから来たんだろう。

誰かの荷物と紛れたのかな。

着いてきちゃったんだな。

わかってるか、お前、はぐれちゃったんだぞ。




アリは目が悪いと聞いたことがある。

限られた視界を頼らずに嗅覚だけで餌を運ぶのだそう。私からするとどこにアリの鼻があるのかは疑わしいけど。

今、見えにくい中、感じたことの無い地響きだけが足元に伝わっているのだろう。
嗅覚が優れているなら、匂いだらけで混乱しているのかな。


そんな未知の恐怖の最中にいるのに、こいつはただ甘いものを探す。

もう会えない女王様のために。




電車に迷い込んだアリ一匹に、こんなに思いを巡らすのは変だと思う。


でも、よちよちと歩き回る姿が、あまりにも健気で。




もう、お前は、女王様のために生きなくていいんだぞ。

いや、生きられないんだぞ。

お前はもう、一人で生きていかなきゃいけないんだよ。




私の思いとは裏腹、あいつはきっと死ぬまで甘い匂いを求めるのだろう。もう会えない女王様のために。


せめて誰かに踏まれませんように、と、そっと祈った。

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