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情報を並べただけではエッセイにならない

 エッセイと評論の違いは何でしょうか。親しげな文章か、そうでないか? それもひとつですが、そもそも何を書くかが大きく違います。

 たとえば、映画を見てそれについて文章を書く場合、論文・批評(映画評論)の場合は主に映画について書いていきます。映画の見どころの紹介や撮影技術や俳優の情報など、映画を分析・観察して詳しく書いていきます。良い映画評論を書くためには、知識や経験が必要になるでしょう。もちろん感性も重要です。が、あくまで映画そのものを書いていきます。


 一方、エッセイの場合は映画を見て自分の心がどのように動いたのかを中心に書いていきます。映画の説明はほとんど必要ないことがあります。たとえば、「その映画を見終わったら懐かしい気持ちが湧いて自分の親の声を聴きたくなった」とか、「言葉にならない漠然とした不安を抱えながら生きている日々を、そのままでいいと肯定されたような気がした。奇妙な勇気のようなものが湧いた」などと書くのがエッセイです。この場合、映画の内容自体の説明はほとんどなくても、そんな気持ちになるのなら見てみたいなと心動かされる人はいるでしょう。


 映画そのもの、つまり書きたい「対象」を書くのか、それとも映画によって動かされた心、つまり「対象」が自分の心にどう影響を及ぼしたかを書くのか、これはアプローチの違いです。

論文とエッセイの違い

 どちらの方法でも映画の魅力は伝わりますが、対象を書く前者は最初からその映画に興味がある人に深く伝えることができるでしょう。逆に、心を書く後者は、その映画にもともと興味がなかった人にも届く可能性がありますし、映画の情報を詳しく知りたいだけの人には、お前の心の動きなど知らないといわれてしまうかもしれません。ケースバイケース。ですから、文章というのは常に「宛先」の想定が必要なのです。どんな人に届けるかというイメージをもって書かなければ、手段も文体も決まらないのです。


 また、自分の立ち位置も重要です。読者が読みたいと思ってくれる自分の持ち味は何か。映画にものすごく詳しくて年間100本以上新作映画を見ているというのなら、詳細に映画の分析をすることができるでしょう。とても面白い文章が書けると思います。そうではない人はどうするか。心の動きを書くのです。これは特別な知識も肩書も知名度も必要ありません。心の動きは人によって全然違って、しかもそれは普段見ることができないので、言葉にして見せてくれるだけでとても興味深い読み物になるのです。


 逆にいえば、心の動きが書かれていない情報の羅列の文章で、読者に価値を感じてもらうことはとても難しいです。本屋に行けば専門家やプロが作った正確な情報を手に入れることができますし、ネットで調べてもすぐに見つかります。あなたが日本一何かに詳しい人でなければ(そういう方はこの章は読み飛ばしてください)、情報の羅列で勝負するのはおすすめしません。

 エッセイにおいて、無名で特別な知識や経験のない人(わたしもそのひとりです)が、読者を魅了する方法は、自分の心の動きを書くことだとわたしは思います。心は目に見えません。他人の心ならなおさらです。だからこそ、それを書いた文章は貴重で興味深いのです。つまり、心の動きを言葉で読むことは、サバンナの野生動物の生態を映した映像や、なかなか行けない海外の国の絶景写真を見たときのように、わくわくする行為です。それだけではありません。その心の動きに共感することができたら、自分では言い表すことができなかった気持ちを代わりに言葉にしてもらえてうれしくなります。満たされた気分になるでしょう。


 自分の心は唯一無二のものです。オリジナリティのある作品を書くためにも、自分の心を見つめる必要があります。しっかりと見つめて、素朴で簡単な言葉でもいいので外に表すことができたら、文章が急に息づきます。エッセイに魂が宿ります。その作品は誰かの心にしみじみと届くものになります。

 良い作品を目指すためには、ぜひ心の動きを書くことをマスターしてほしいのですが、心の動きを書くと、思わぬ副産物があります。自分を喜ばせることができるのです。心を見つめてぴったりの言葉を探し出すことができたとき、最初に感動するのは自分です。その嬉しさをぜひ体験してもらいたいです。そして、その言葉を誰かがいいねといってくれたときは、さらなる嬉しさが待っています。大げさですが、生きててよかったという気持ちになります。

 次は、心の動きをどうやって言葉にするかを説明していきます。

〈まとめ〉
・評論は書きたい対象そのものを観察・分析して説明する。
・エッセイは書きたい対象が自分の心をどう動かしたかを観察・分析して説明する。
・特別な知識や経験がなくても心の動きを書くことができれば面白いエッセイになる。


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