エッセイの描写はすべて自分の心が起点となる

 同じ夕焼けを見ても、悲しい気持ちのときに見るのと楽しい気持ちのときに見るのでは違って見えるはずです。悲しいときは、血に染まったように見えるかもしれません。楽しいときは、奇跡のように美しい光景に感謝の気持ちが湧いてくるかもしれません。そのような「違って見える」見え方を文章で表すのもエッセイの魅力のひとつです。


 どんな気持ちでいるかによって描写が変わるので、まずは「気持ち」を言葉にすることが大切です。「心の動きを書く方法」を参考にして、自分の心を見つめて取り出してください。


 情景を描写するときも心の動きを書く方法と似た作業を行います。

<情景描写を書く方法>
①書きたいものが目の前にある、または書きたい場所にいる状態をありありと想像する。
②事前に書き出しておいたそのときの「心の動き」を自分の心にセットします。
③セットした心で①の光景を観察します。
④五感をフルに駆使して③で感じたことを感じた順に書いていきます。

 書き出してみると何だか奇妙ですが、言語化するとこうなります。①は心の動きを書くときと共通です。記憶で書くのではなく、書きたいものをありありと想像するのです。そして②のときにどんな感情がセットされるかで、見える光景は変わります。④に書きましたが、感じる順番も変わってくるのです。


 わくわくして好奇心いっぱいの状態なら、すみずみまで観察するでしょう。落ちこんでどん底にいたら周りの光景はあまり目に入らず、突然聞こえてきた音に反応して初めて周りを見るかもしれません。いつもならにぎやかで楽しいはずの店員のおしゃべりが、苦しく不安なときに聞くと意地悪でうっとおしく聞こえるかもしれません。


 心の状態を溶かした情景描写、もっと平たく言うと主観的な情景描写をうまく使うとエッセイは魅力的になります。苦労して取り出した感情はここでも大いに役立つのです。ただし、事実や情報を伝えるための記事や論文では、こんなことをしません。情報が不正確になるからです。使い分けが必要です。


 他のジャンルの文章を書いてきた人にとって、エッセイを書くという行為は「してはいけない」と今まで言われてきたことのオンパレード。社会人として仕事をしてきた人にとっても同じかもしれません。自分の感情を言葉にし、主観的にものごとを見る。そんなことをしていたらチームで仕事はできません。でも、エッセイはそれをする文芸です。日頃、やらないことからこそ、とても大事な行為だとわたしは考えています。


 社会の一員として行動するときには、社会の価値観に従わなくてはいけません。個人の価値観は無視されます。でも、わたしたちは、お金を稼がないと生きてはいけないから従ってはいても、お金を稼ぐことが生きる目的ではありません。生きる目的が何かは、まだよくわからなくても、少なくとも、お金を稼ぐことそのものではないはずで、会社のために生きているわけでも、国のために生きているわけでもないわけですよね、たぶん。


 じゃあ、何のために生きるのか。それを考えるためには、「自分自身の価値観」が必要になります。


 エッセイには様々な「個人の価値観」が魅力的に書かれています。こういう考え方もあるのか、と視野が広がったり、面白いなと笑えたり、自分もそうだなと共感したりできます。型破りのものもあれば、わざわざ誰も言葉にしないような素朴なものもあります。それは「会社の業績を上げるため」や「商品を売るため」というような目的のために作られて押し付けられた価値観とはまったく違います。その人自身が人生を生きてきて見つけ出した独自の価値観です。「価値」はひとつではない。世間で言われている価値を疑って、自分で自分が納得できる価値を作り出す。その力を身につけることが、たくましく自分らしく生きるコツかなと思っています。


 話が大きくなりましたが、エッセイを書くときは、世間の価値観を疑ってください。自分の心を見つめて出てきた言葉を検閲せず、そのまま拾い上げて観察してみてください。


 エッセイはちょっと変わった親戚のおじさんみたいな存在です。映画『男はつらいよ』の「寅さん」のように(今の若い人たちには通じませんが)、おじさんにしか話せないことがあるのです。エッセイでしか書けないことがあります。エッセイでしか伝えられないことがあります。そのためには、心の動きを言葉にすること! これができるようになれば、自分の感情を知ることがうまくなります。それは、一生の財産になります。大きなピンチに陥った時に、きっとその能力があなたを助けてくれるでしょう。こつこつ続けてみましょう。まずは、SNSでつぶやく言葉や自分だけが読む日記に感情を表す言葉を混ぜてみませんか?

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京都在住の小説家です。医学(博士)です。理系ライターもやっています。

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