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尾行してくる男 赤坂の話がしたい 16

 ある日の夕方。赤坂のスーパーでレジを終え、買ったものを袋に詰めていた。隣の若い女性が、先にスーパーを出た。
 自宅に帰ろうとスーパーを出ると、あら、さっきの女性が前を歩いている。次の角を女性は曲がった。僕の家も、同じ方向だ。そして、次の角を曲がって、女性は「中ノ町」の通りに入った。……うーむ。
 そして、最後の角を同じように曲がった時、「さすがにこれは」と、頭の中でアラートが鳴った。これは、危ない。彼女は振り返らないが、どう考えても後ををついてくる男を気にしているに違いない。
 なんと、僕が住む賃貸マンションの前で彼女は立ち止って、初めて後ろを見た。ぐ、まさか同じ建物なの?
 僕はさっと追い越し、自分でオートロックにキーを差し込んで、建物の玄関ドアを開けた。ふー!
 「僕、ここの住人です」と言うと、女性は「よかったー! ずっと後をついてきているんじゃないかと、怖くて」
 それはそうだろう! 人相風体がそんなで、ごめんなさい。
 もう少し安心してもらおうと、エレベーター内で「僕、〇階でおりますから」と明かすと、女性は「私もです」。あら。
 若い女性は、隣の部屋の人だった。

 4年前に住んだ今の部屋は、戸数ひとケタ、小さな賃貸マンションの一室だ。住人も少ないし、すれ違うのは、建物の玄関の出入りとエレベーターに乗り合わせた時だけだ。
 赤坂は、もちろん東京の一等地。「隣は何をする人ぞ」なのだけど、田舎から出てきた僕としては、気持ち悪がられても住人にはあいさつをしようと決めていた。
 嫌がらずに愛想を返してくれる人には、エレベーターの中でちょっと会話を。
 「ここ、実は町会があって、なかなかみんなよくしてくれるんですよ。居酒屋でもサービス違います」
 町会のことを、見知らぬ5人くらいには語った。と言っても、初めて会った人から町会の話をされたって、戸惑うだけだろうから、無理に入会の案内を届けたりはせず、4月には神社でお花見があることを伝えたくらいだ。

 しばらくして、久しぶりにエレベーターでこの女性に会った。「おー、元気?」
 看護師をしているという。「食事なんかどうしているの」と聞くと、「赤坂ではなかなか安く食べられる場所がなくて」と言った。そこで、「じゃ近くの居酒屋に行こうか。面白い連中がいっぱいいるよ」と言ってみたのだった。口ごもりもせず、我ながらスムースで自然な展開だった。
 「花丸」の暖簾をくぐると、店主の玉置さん、常連客がぎょっとした顔をした。僕が、似合わぬかわいい女性を連れてきたからだ。
 男どもの興味津々な目。気持ち悪い。これが、女性が不快に感じる視線か、と実感。
 おしぼりをもらった後で、「隣の部屋に住んでる人なんだ。連れて来てみたよ」と玉置さんに言うと、客のみんなが目を丸くした。
 <隣に住んでる女の子? なんでこんなオジさんと飲みに来るわけ?>という顔をしている。もう一押し、常連をいじろう。
 「ところで、お名前まだ聞いてなかったね」
 さすがに、常連の一人が「名前も知らないのに、誘ったわけ?」と横から口を出してきた。常連に彼女は取り囲まれ、大騒ぎになった。おい……一体誰が連れてきたと思ってるんだ?
 誘っておきながらこんなことを言うのもおかしいのだが、「しかし、よく付いて来たねえ」と口にすると、K美ちゃんは笑った。

 「神戸さんと初めて会った時のこと、彼氏に言ったんです。そしたら、神戸さん、うちに来た彼にも町会の話をしてたんですよ」

(2020年5月27日 FB投稿)

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