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怒るな。怒らせろ。怯むな、怯ませろ。感情が揺れれば、論理的思考力は低下する。

 新卒で配属されたチームのマネジャーは最悪だった。本部と話す時には丁寧に、有能さや実績をアピールして、ブランチの人間には、とにかく高圧的で、いきなり怒鳴るタイプの白人だった。アンガーマネジメントのトレーニングを受けたほうがいいと、何度も思ったが、そんな助言を受け入れるような人間とも思えなかった。

 そいつがReplaceされて次にアサインされたマネジャーは最高だったし、彼は、この世界での生き方と勝ち方をたくさん教えてくれた。マネジャーがチームにやってきて、最初に言ったのは、「僕は怒らない」から始めるstatementだった。内容はだいたいこうだ。

 「僕は怒らない。人は、抑圧された状況や不安を感じた状態では、論理的思考力が著しく低下する。我々の仕事は”考えること”がバリューの源泉になっている。つまり、考える力が低下するということは、生産性の低下に直結する。僕は、このチームの生産性を高め、チームサステナビリティを高いまま維持する為に、怒らない。何度でも質問していいし、失敗した時は、親友に相談するようにレポートしてくれていい」。

 僕は、彼と積極的に時間を共有した。酒を飲んだり、時にはゴルフに行ったり。朝も昼も夜も、長くはないが、短くはない時間を過ごした。その中で、僕は、彼が実は凄まじく気の短い人間”だった”ことを知った。大阪の南部出身で、わりと治安の悪い場所出身の彼は、子供の頃から勉強ができたが、喧嘩っ早い性格をしていたらしかった。

 なんとなく自分と境遇が似ているような気もしていたし、自分もわりと気が短いところがあったのを、少しずつ矯正してきたので、共感する箇所が多かった。

 ある夜、奥さんが実家に帰っているから、と、わりと遅くまで飲んだ時、チームマネジメントの話になった。金沢はプレイヤーとしては優秀だけど、足りない部分がある。上にあがるなら、もしくは事業会社に転職してポジションをサーチするなら、足さないといけない能力がある、と彼は言った。うろ覚えだが、おそらく、僕がクライアントワークの中で、競合と喧嘩になりかけていたことを相談して、その文脈から発展した話題だったと思う。

 「怒ったら負け。怒らせろ。相手から冷静に考える力を奪うにはそれが一番」

 彼は、一杯4,5000円するウイスキーのトワイスアップをぐいぐい飲んで、嬉しそうに続ける。

 「金沢、腹の立つやつが目の前に現れても、怒るな。怒らせろ。怯むな、怯ませろ。感情が揺れれば、論理的思考力は低下する。こっちは笑顔で目尻にシワ、あっちは怒って、あるいは、怯んで眉間にシワ。理想的だな」

 最初に彼が言った、「僕は怒らない」からはじまるstatementと同根だった。彼は一貫して、感情のデザインを大切にしているのだと、理解して、感動したことを憶えている。論理的思考力に自信があるやつらが集まっているからこそ、感情設計が大切になる。とても大切なことをルーキーで理解できたのは幸運だった。

お気持ちだけで結構です。ありがとうございます。