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Theme 2 WATARU

ライブを直前に控えたスタジオの空気は、熱気を帯びて、誰もが何かに突き動かされるように過ごしている。

(変わらないな…)

時代や場所が変化しても、自分が作り出した音楽が手を離れ、多くの人々に共有されていく過程が好きだ。

孤独から生まれたはずのものが、いつの間にか仲間を連れてくる。

(後は、君だけ…)

今回のツアーも残り1回。サリアとの再会の気配はない。

たくさんのメッセージを込めて送り出した曲たちも、君のもとには届かないのか…。それとも、元々、同じ時代に生きていないのか。

「おい!どうしたんだよ」

「どうもしない」

振り返ると早坂の困り顔だ。

早坂はいい奴だ。そして俺の運命の相手だ、不本意ながら。

あの日、サリアの命が失われつつあった時、早坂は意識のないサリアを抱えてループの輪に飛び込んだ。本来ならば、ありえない危険な行為だ。俺には想いの強さという自信があったけれど、経験のないことだったし、失敗すれば早坂自身も時間の波に呑まれていた可能性もあった。

「どうもしなくないだろ、サリアのことか?」

それでも、早坂は責任を感じているらしい。最後までサリアを支えきれなかったことに。時の歪みの中で、仕方のないことだ。ループを再びくぐる直前まで腕の中にいたのは間違いない。ふたりが通過するだけの時の扉を開けられなかったのはむしろ、俺の責任なんだが。

「今回も何も起きないな、くらいは思ってたさ」

音楽で人を惹きつけ、コンサートでなるべく多くの人間との出会いを作り出す。そこにサリアもいつかやってきて、記憶を取り戻して向こうから連絡をしてくる。そんな、不確定要素だらけの計画だ。

それでも、やみくもに探しまわるより良いはずだ。

音楽には、不思議な力がある。記憶がなくても必ず、俺が紡いだ記憶の音に何かを感じる。

「ちゃんと、手紙やメールのチェックはしてるから」

「お前のとこに来るか?」

「ひどいな。1番、サリアの相談に乗ってたのは俺だぞ」

俺たちは3人、ひとつ年下のサリアは妹のような存在だった。彼女は体が弱くて、あまり外に出ることも無かったから、閉ざされた世界に暮らし、音楽が唯一の楽しみだった。澄んだソプラノの声をしていて、悟と一緒に歌った。

今でもはっきりと思い出せる、俺には。君の声が。




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