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さよならの準備

記憶と手を繋ぐのが苦手だ。

過去と決別するようにして、ここまで来た。

だからいつも、さよならの準備、をしている。

小室哲哉氏の「CAROLの意味」の中で「運命は突然扉を開けて入って来る」という文章があったが、私の運命は扉を開けたところにあった。

10歳の頃、小学校から帰ってドアを開けると、そこで母が泣いていた。いつもと同じはずの玄関に、異質なもの。突然耳元で「パパはもう帰ってこないから」と聞こえたと思ったら、母に抱きしめられていた。

ホテルザ・ヨコの一室に、変わり果てた父がいた。サングラスをかけて、髭を生やし、やけに明るかった。私に高い音の出る銀の笛を渡して、「これを吹いたら飛んでいくから」と言った。フルーツの盛り合わせが部屋に届けられ、外国の匂いがした。一瞬で思春期の反抗期を通り抜けていた。

電話に出ると父方の祖父の声。「あ、おじいちゃん」。遠くに住んでいてたくさんお小遣いをくれる人。いつまでも可愛い孫だと笑った人。「おじいちゃんではありません。Nです」冷たい、事務的な。「ママ、おじいちゃんが変だよ。おじいちゃんじゃないって」表情を変えて電話を受け取る母。

記憶はとんでいる。その映像も、後から補正したものなのか、本当の記憶なのかはわからない。父はひどい躁鬱病で、両親は離婚した。支えきれなかったのはこちら側かもしれない。でも、離婚後すぐに再婚してそちらに子供ができると、掌を返すように私の存在を認めなくなった。

Facebookをはじめて、何がきっかけだったかは忘れたけれど、父を見つけた。息子とつながっていて、はじめて弟の顔を見た。ハツラツとしていて友達がたくさんいる。父とも仲が良さそうだった。日常の中に私とつながるものは欠片もない。

今、私は幸せだ。ともに人生を歩む人がいて、一緒に笑い合える日常がある。

でも、過去を振り返る相手はいない。未来に繋ぐこともできそうにない。

もし、突然、現実と向き合うことにならなければ、もう少しゆっくり成長することが許されただろうか。自分に客観的になりすぎず、馬鹿な夢を追いかけたり、微笑ましい恋愛ができただろうか。

母は、私の結婚が決まると期限切れのように、気配だけ残して空へ昇った。くも膜下出血だったのに、歩いて病院まで行き、術後も洗濯物の心配なんかしてたのに。一般の病室で、1番若くて元気そうにたこ焼きを食べていた母は、感染症でICUに入ってそのまま出てこなかった。同棲していた今の旦那さんの家族と、私の親戚(といっても叔父とか叔母)はICUの前で顔合わせをすることになり、旦那さんはドラマさながらに枕元で「これからの事は俺に任せろ」なんて宣言する羽目になっていた。

私は21歳で喪主になり、自宅のマンションから母を送り出した。

父に電話をしたのは、住んでいた部屋が両親の10年も放置された共有名義だったからだ。彼は私の生活のことを心配する言葉をひとつも発せず、「いい人ほど早くなくなるね」と言われたことしか覚えていない。

北海道に夫婦で引っ越したのは、自分らしく生きられる場所を求めたから。こちらに来て、たくさんの命の営みの中に暮らして、厳しい季節の移り変わりに生きる喜びを感じて、今まで知らなかったたくさんのことに気がついた。横浜に暮らしていたら、きっと一生感じなかった気持ちたち。

でも、人間と関わる機会がとても減って、想いを言葉にすることがどんどん少なくなっていた。「感じる」ことができれば、「伝える」必要はないのかなと思い始めていた。なぜなら、どんなに自分の中で確信できていても、外に投げ出した途端に意味が変わってしまうから。誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりしてしまうのがとても怖い。

QUIT30を聞いた時、そこに自分へのメッセージが書いてあるとしか思えなくて、心にがっちりと入り込んでいった。札幌でのライブに参加した時、確かに何かとてつもないものを受け取った気がして、帰り道に呆然と歩いた。

傷つくことを恐れて、殻に閉じこもり、自分だけが真実を知っているような気になっていても、何も生まれない。何も変わらない。私のとても大切な人たちは、そのことを恐れずに前に進み続けている。

そして、そこには常に「さよならの準備」が含まれているような気がしてならない。それは悲しいことではなく、自然の摂理としての別れだ。いつかは終わりが来るから、次の世代に繋ぎたい、繋がりたいという強い思いだ。

私が強く彼らの世界に惹かれるのは、別れを乗り越え、強く前へと進む姿が描かれているからだ。

QUIT30の最後の曲「if you can」で見上げるのは太陽の輝く空だ。

彼らの曲はずっと夜を描いてきたように思う。しかし彼らが宇宙船で飛び立った後、太陽は昇るのだ。さいたまスーパーアリーナで最後に見たのは、美しく私たちを照らす光だった。

朝日だった。






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