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俳句鑑賞 ひらくヨムヨム005

甘やかす孫と昭和の扇風機

杏乃みずな 「2024年版夏井いつきの365日季語手帖」特選より

 シンプルに因数分解されている句だ。「甘やかす」は「孫」と「昭和の扇風機」の双方に掛かる。孫を甘やかすのは普通だが、昭和の扇風機を酷使もせず、捨てもせず、眠らせもせず、甘やかしてしまう作者の年の功。例えば首振り機能が壊れてガタガタ鳴っていたら、やさしく撫でて今日はちょっとご機嫌斜めみたいだから休ませてあげましょうかね、といったところだろうか。分解して油でも差してやるかもしれない。
 令和の時代に孫を甘やかすなら、涼をとるのに使うのはエアコンだろうから、本当は扇風機は必要ない。もしかするとエアコンがない家なのかもしれない。いずれにしても孫にとっては珍しいものだろう。人にはこのような世代を隔てた交流が必要なのだ。
 扇風機の扱いだけでも、今は亡き人との思い出など想像力を刺激されるが、句型により、全く関係ない「孫」と「昭和の扇風機」が対比される。昭和は作者が若かりし日々を過ごした時代だろうから、作者は自分の過去も、未来ある孫と同じくらい大切にしているのだろう。この扇風機、不思議とまだまだ現役を続けられそうな気がする。
 時が経てば俳句も古くなっていく。歴史に残る名句か歳時記に載るような句以外は、時間の奔流に巻き込まれる木っ端の如くであろう。ところが掲句は、前書きもないたった一句の俳句に、過去と現在と未来の時代が、作者の人柄や年齢、人間関係や生活環境まで封じられているではないか。
 作者がいなくなった未来の世界に、いつか方舟のようにたどり着けるかもしれない。

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