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善と悪の線引き



ポストクロッシングのpostal monitorによると、
日本から郵便を送れない国が現在42ヶ国ある。
そのうちの1つがロシアだ。
理由は言わなくてもわかると思う。



けれど不思議なことに、
日本からは送れないのにロシアからは時々
ポストカードが届く。
くるみ割り人形のヴィンテージカード、
マトリョーシカのカード
バレリーナのイラストが描かれたカード…
ロシアから届くカードは魅力的だし、切手のデザインも心をくすぐるようなものばかりだ。


ロシアからのポストカード
ネコの切手
芸術的な切手と変わった消印


でも正直に言うと、
ロシアからカードが届くたびに複雑な気持ちになる。
「私たちは邪悪な隣人に苦しめられています!」という悲痛なメッセージが書かれたウクライナからのカードと、ロシアからのカードが同時に届いた時には余計複雑だった。


ポストクロッシングに世界情勢を持ち込むのは
良くないと思いつつ、心のどこかで「ロシア=加害者、悪者」だと思っていた。
とある女性からのポストカードが届くまでは。


先週届いたロシアからのカードは
ベルゴロドという街に住む女性からのカードだった。



茶色を基調とした温かみのあるイラスト。
きっと私がプロフィールに「コーヒーが好き」と書いてあったから、これを選んでくれたんだろう。


「私はサルサを踊ったり、本を読んだり、旅行したりするのが好きです。それにTVを見るのも好きだし、フィギュアスケートをするのも好きです。
家族や飼っているネコと過ごすのも好きです。」
と、彼女の好きが溢れたカードだった
多趣味で家族を大事にする、どこにでもいるごく普通の女性のイメージが頭に浮かんだ。


一通りメッセージを読んだあと、
私は彼女が住んでいる街「ベルゴロド」について調べることにした。


余談だけれど、ポストクロッシングを始めてから
同じ国でも街によっていろいろな特色があることに気づいた。


例えばアメリカ。
以前はアメリカというと、大きくて豊かな国で、
みんなハンバーガーとコーラが大好きだというイメージしかなかった。


でもポストクロッシングを始めてから、
アメリカ西部には「ナバホ・ネイション」というネイティブ・アメリカンたちの自治区があること、ニューメキシコ州には「ハッチ・チレ」という激辛食材があること、アメリカを横断する「ルート66」という道路沿いには面白いお店がたくさんあることなどを学んだ。


ドイツには「ブラックフォレスト」と呼ばれる地域があり、そこは名前とは裏腹に童話に出てくるような美しい街並みがあることも知った。


だから私はポストカードを受け取ったら、
相手が住んでいる街を必ず調べるようにしている。


話を戻そう。
彼女が住んでいるベルゴロドという街は、
自然豊かで美しい街だった。
澄んだ川沿いに広がる緑の森に青い空。
それに植物園や博物館もある。


だけどそんな美しい写真に混じって表れる
魚雷や瓦礫の山、激しい爆発と黒煙の写真。


「ロシア西部ベルゴロドで集合住宅崩壊、7人死亡」
「ロシア西部ベルゴロド州、子ども9000人避難」
「ベルゴロド攻撃の死者13人に」


彼女が住んでいるベルゴロドはウクライナの国境近くで、今まさに目の前でウクライナ侵攻が行われている状況だった。


ニュースを見ると1週間前にも
ベルゴロドで大きな爆撃が起きていた。
もしかしたら彼女も巻き込まれてしまったかもしれない。
私は突きつけられた現実に言葉を失った。


戦争は「この国が加害者であの国が被害者」などと簡単に割り切れるものではないのかもしれない。


加害者とされているロシア側でもたくさんの兵士や市民が亡くなった。
そしてその兵士や市民1人ひとりには愛する家族がいて、家族と食事をしたり友達とお茶をしたり、毎日ささやかな幸せを噛み締めていたに違いない。
そんな日常が、奪われた。
誰かが始めた侵略戦争がなければ、幸せはずっと続いていたかもしれないのに。


壊れた建物や道路はお金や物資があれば治せる。
でも亡くなった家族や過ぎてしまった時間は
どんなにお金を払っても、どんなに謝罪を重ねても戻ってくることはない。


世間一般では加害者と言われる彼らもまた、
一度切りの人生を乗っ取られた被害者だ。


サルサを踊り、氷の上でくるくると回り、
「スーパーナチュラル」を見るのが大好きな彼女。
どうか無事であってほしい。


私は戦争の話題を出すことに躊躇したけれど、
どうしても心配だったのでカードを登録するときのメッセージにこう書いた。


「あなたの街で爆撃が起きたというニュースを見ました。あなたとあなたの家族が無事であることを祈ります。」


彼女からの返事は、まだない。

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