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見えないインク


その封筒を開けた時、私は困惑した。
カラフルな可愛らしい便箋。
だけど、それには何も書かれていない。


1ヶ月前、私はとあるイベントのために
10人のポストクロッサーたちに手紙を送って欲しいと依頼した。
残念ながらイベントまでに届いた手紙は3通だけだったけれど、手紙が届かなかった人たち1人ひとりに連絡して、もし手紙が届いたら秋のイベントで使わせてほしいとお願いした。


今回届いたインドからの手紙もそのうちの1つだ。


インドからの郵便はいつも時間がかかるのだけど、
今回はそれにしても遅かった。
それもそのはず、韓国に誤送されていたからだ。


無事に届いた手紙はひどく損傷していた。
そのボロボロになった手紙を郵便局の方がビニールで綺麗に包んで下さり、「このような状態でお客様の元にお届けしますことをお詫び致します」と川崎東郵便局からのメッセージが添えられていた。


ボロボロの封筒に貼られたメッセージ


ビニールで包まれた封筒


私は郵便局の方の心のこもった仕事に深く感動し、
丁寧にビニールを剥がし、
封筒を開封して…そして冒頭でも話したように白紙の便箋を発見した。


私は便箋を開いて呆然とした。
どうして?何で白紙なの?
そしてその気持ちはだんだんと怒りに変わった。


インド人男性がくすくすと笑いながら白紙の便箋を封筒に入れ、何事もなかったかのように住所を書き、切手を貼り、そしてまた蔑んだような笑いを浮かべながらそれをポストに入れる。

そして私が気づかずにそれをイベントで使用し、
それを受け取った人が悲しそうな顔をする…
そんな映像が脳裏を駆け巡った。


もしくは知らない人からの手紙は受け取りたいが、
自分は手紙を書くのが億劫になって白紙の手紙を入れたのかもしれない。私が白紙に気づかないと思って。
こういう悪い妄想が捗るのは私の悪い癖だ。


何なの!?意味がわからない!!
こんなやり方で人を馬鹿にして何が楽しいの!?
私は怒り狂って心の中で思いつくだけの悪口を叫んだ。
(公の場では公開できないような言葉も叫んだ。)
ついさっき郵便局の方の素晴らしい仕事に感動したからこそ、白紙の手紙を送ってきたこのポストクロッサーが余計許せなかった。


郵便局の方がせっかく届けてくれたのに、
こいつはそれを馬鹿にした!
私はそんな思いに支配されていた。


心の中で叫ぶだけでは気が済まなかった私は、
ペンパルの1人であるオーストラリア人女性にこの件について愚痴をこぼした。


ちょうどその時彼女は私のインスタグラムの投稿(郵便局の方の仕事について投稿していた)にコメントをしてくれていて、彼女も「インドへのポストカードは届くのに時間がかかるし、行方不明になるし、届いたとしてもすごく傷んでいる!」と言っていた。


だからきっと共感してくれるに違いないと思って、
「さっきの手紙には問題がありました。封筒を開けた時に、中身がただの白紙だったことに気がついたんです!」と嫌味っぽさ全開で手紙の話をした。
私は彼女にもあのインド人ポストクロッサーのことを悪く言って欲しかったんだと思う。

でも彼女の返答は私の期待を大きく裏切った。


「オーマイガー!きっとその手紙は見えないインクで書かれてたのよ!笑」


私は彼女の予想外の返答に面食らい、
困惑し、そして一気に恥ずかしさと罪悪感が押し寄せた。


私は彼女に何と言ってもらいたかったんだろう。
「それはひどい!彼はおかしいわ!」
「もうインドの人とはやり取りしたくない!」
「彼はポストクロッシングをする資格はない!」

おそらくこんなところだろう。


でも彼女は驚くべき心の広さとユーモアで、
私のドロドロとした感情をするりとかわした。


恥ずかしい。
例のポストクロッサーがいたずらで白紙を送ったという証拠もないのに1人で怒って、
自分の感情を受け入れてくれそうな人に愚痴をこぼし、
そして軽々とかわされる。


彼女は私よりも年下なのに、
なぜこうも寛大にふるまえるのだろう。
育った国や環境が違うとはいえ、
なぜ私はこんなに意地悪で偏屈な考え方しかできないんだろう。
なぜ彼が自分に嫌がらせをしたと思ったのだろう。
どうしてこんな被害妄想をするようになったのだろう。
こんな私が嫌だ、恥ずかしい。


私は自分の醜さを彼女に悟られないように、
「確かに!今度は目に見えるインクで書いてってお願いしないとね!」と、何でもないように返答した。
さっきまで嫌味全開だったのに、相手が寛容な態度を取ったからと言って手のひらを返す。
本当に目も当てられないほどの汚さだ。


私は例のポストクロッサーにメッセージを送り、
なぜ白紙の手紙を送ったのか理由を聞こうとした。


メールを送ろうとして、やっぱりやめた。
彼は私の住所を知っている。
もしやり取りがこじれて嫌がらせでもされたら…


ほら、また被害妄想だ。
こんなのは上っ面の理由にすぎない。


真実を知るのが怖かった。
もし彼が「ごめんなさい!間違えて白紙の便箋を送ってしまいました。もしよければもう1度手紙を送りたいです」なんて言ってきたら…

私はいよいよ自分のことがたまらなく嫌いになるだろうから。

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