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薔薇の庭 1.

 レストランやカフェ、雑貨や服のセレクトショップ。老舗のパン屋にケーキ屋、輸入食品に本格ソーセージの店など、異国情緒あふれお洒落な店が集まることで有名な坂道。
 街路樹にハナミズキが植えられて、今はちょうど開花の季節。
花弁がピンクに染まった、明るい花が枝に咲いている。
 観光客や地元のご贔屓。若いカップルやグループ、家族連れや老夫婦。いつも人通りが絶えず賑わっているが、片側二車線の幹線道路と交差する丁度角のところに、目立つ煉瓦とガラスのビルがある。
 アーチ形にくりぬかれた入口、その奥にのぞく中庭。
 一階部分はいかにも古い洋館のようだが、三階に当たる部分は大きくくりぬかれてガラス張りになっている。
 Rosariumーロザリウム、という筆記体の綴りの大きなネオンサインが入口の上に掛けられていて、アーチ玄関との違和感が面白い。
 今日はゴールデンウィークの一週間前。
 「連休中は大混雑するだろうから、その前に久しぶりに会おうよ、おいしいピザのお店見つけたんだ、ランチどう?」と、友人が誘ってくれたのだ。
 ビルの中に入ると、複数の店舗が入ったショッピングモールだった。中庭を囲むように店と通路が続いているが、微妙に角度が傾き、急に階段が現れたりと、迷路じみた不思議な造りになっていた。
 入口を入ってすぐに花屋。たくさんの花束やフラワーアレンジメントがぎっしりと並べられている。
 鮮やかな色彩でパッと目を惹くが、花の色やラッピングペーパーの色ごとにまとめられているので、あまりうるさい感じがしない。
 オレンジのガーベラに濃いピンクのスイートピー、赤と黄色のアルストロメリア、赤いミニバラに白いラナンキュラス。
 流石に春爛漫のこの季節、華やかな花がぎっしりと並んでいる様子を眺めていると、なんだか心がウキウキと華やいでくる。
 可愛らしくセンス良いものを見ていると、幸せな気分が湧き上がってくるものなのだな。
 小さめで手軽に購入できそうなものが多かったが、それにしてもこんなにたくさんの花束が売れるのだろうかと疑問に思った。
 だが、連れによるとセンスがいいのに安価で有名で、プレゼント用に飛ぶように売れて行くのだそうだ。
 土地柄なのか小さなコンサートホールやギャラリー、カフェに併設された舞台などが近くに複数ある。
 発表会だの個展だの、お祝いにお菓子と花束は欠かせないのだという。
また、近隣の飲食店の装花用もあるそうだ。
 ふうんなるほど、そういう需要があるのか。
 隣の店では可愛らしくラッピングされたお菓子がショーケースに並んでいる。
 レースの小袋に赤いリボンをかけてある。中身はドラジェ。砂糖衣でアーモンドをくるんだお菓子。
 透ける和紙に包まれているのは金平糖。
 金銀の水引がかけられたバウムクーヘン。
 さまざまなお菓子が見本として一品ずつ展示してある。
 結婚式の引き出物やゲストに配るプチギフト用のお店だという。
 そんなの、専門の結婚式場やホテルやデパートでしか扱ってないと思っていた。
 近くには明治から昭和初期に建てられた本物の古い洋館がいくつかあり、レストランウェディングで使うためにこういう店もあるらしい。
 事情に詳しい連れがあれこれと教えてくれる。
 今日はこのモールにある評判のピッツェリアに、本格的なピッツァを食べに来たのだったが、テナントの店を覗いて回るのも楽しそうだ。
 普段お洒落な店に縁遠い私にとって、気後れするようなショップが多いが、今日は連れと一緒なので楽しめそう。わくわくしながら階段を上る。
 ピッツェリアは最上階、このビルのファサードのガラス張りになった部分の奥側にあった。店の前から階段近くまで順番待ちの客が並んでいる。
 私たちは連れが予約を入れていてくれたので、そのまま彼らの前を通って店に入ることができた。と、ドアを開けて連れに続いて入ろうとしたその時。
 「順番抜かすつもり?何で並ばないのよ?」と声を掛けられる。
 振り向くと、きつい目つきでこちらを睨み付けている若い女性がいた。
 ちょっと、やめなよ と隣の連れらしき女性が腕を引っ張って注意している。
 が、彼女はそれを無視して、言い募ってきた。
 「ちゃんと後ろに並びなさいよ、この行列が見えてないの?厚かましいんじゃない?」
 尖った声に咎められて、私はとっさに言葉が出なかった。
 だが先にドアを開けて店員とやりとりしていた私の連れが、振りむいて言った。
 「私たち予約してあるので。お先に失礼」
 にっこりと笑顔で軽く会釈する。
 ウェイターが「ご予約の二名様、奥のテーブルへどうぞ」と声を張って伝えてくれたので、行列の彼女にも聞こえた様だった。
 きつい顔つきが悔しそうに歪んだから。
 その顔をみて、不意に記憶が蘇った。
 私、このひとを知っている。
 だがその時、連れが「ほら、早く。行くよ」と私の手を引いてその場から離れさせてくれた。
 「気にしちゃだめだよ、誤解するのがおかしいよね、この店予約できるんだから。リザーブ料はとられるけど、その分サービスしてもらえるからお得なんだよ」
 テーブルについて、ワインを注文しようどれがいい?とたずねてくる。
 厨房の方では、いかにも陽気なイタリア人という感じの職人が、くるくるとピッツァ生地を空中で回転させていた。
 そのパフォーマンスにお客は拍手、にぎやかなお祭り騒ぎだ。
 お客の中には外国人も結構いて、口笛を吹いたり掛け声をかけたりと盛り上がっている。
 私はアルコールに弱いので、ワインじゃなくてシードルにする、と言うと連れは、えー、このハーフボトル二人でわけようよー、などと飲む気まんまんだった。
もっと人数いればいいけど、まだお昼なんだから、と止めて料理のメニューを見ていると
 
友人は小学校から中学校の幼馴染で、高校からは進路が別れた。
 なぜか私と仲良くしてくれて、お互いの高校の文化祭に呼び合ったり、マメにメールをよこしてきた。
 高校卒業後、学生時代はお互い忙しくあまり会う事もなかったのだが、就職して偶然繁華街の喫茶店で出会ったのだ。
 それからは時々週末などに一緒に出掛けて遊ぶようになった。
 相手は古くから地元に住む、ええしの子、いわゆるお嬢様だった。
 本当は中学校から私立のお嬢様学校に行く筈だったそうだが、受験の時期に体調を崩して三週間ほど入院してしまった。
 その時、同じクラスで同じ班にいた私はクラスの代表としてたびたびお見舞いに訪れていた。彼女はそんな私に感謝してくれたのか、退院して卒業するまでずっと一緒に過ごすようになっていた。
 彼女は私の知らない知識をたくさん持っていた。学校や塾で習うような学習の知識も、彼女の言葉で聞くとすごく立体的で面白い話になった。
 教科書に載っている有名な作家と親戚の人が同級生だったとか、遠い名前すら聞いたことのない国に、お祖父さんの友人が暮らしていて聞かされた美しい自然現象だとか。
 狭い世界で暮らしている私にとって、驚くような関係性を彼女はたくさん持っていて、その枝葉のつるの一つを私に伸ばしてくれたのだ。彼女と仲良くなって私は様々な物事への好奇心が強くなり、読書を楽しむようになった。それは私にとって大きな変化になったのだった。 





 
  
 

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