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薔薇の庭 7

 それから友人は、本当に私を自宅まで送ってくれた。
 大してケガもしていないし、気にしていないからと何度も遠慮したのだが、きっぱりと「邪眼除けも買ってすぐに割れたんだから、気にした方がいいの」と言われたのだ。
 トルコランプの店で店主に言われたことを聞いていたらしい。
 キラキラした色合いのたくさんのランプの下で、店主はすこし濃い眉をひそめて言ったのだ。
 「お客さん、今日は早めに、明るいうちにおうちに帰る方がいいよ」と。
 ええ?急な雨でもふるの?なんて私はまぜっかえしたのだが。
 友人は結局方角違いの駅まで来て、ロータリーでタクシーをつかまえて私のアパートまで同乗してきた。
 親戚と集まるから、と言っていた時間は大幅に過ぎてしまって、あたりはすっかり真っ暗だった。申し訳なくて謝った。
 「遅れる、って連絡してるから大丈夫だよ、そんなことよりさきちゃんは大事な大事な友達なんだから今日みたいな変な奴にからまれたら心配だもの」
 「本当にしつこい人だったね。あんまりああいうタイプに会った事ないから驚いちゃった」
 「たくさんいるのよ、変な奴って。さきちゃんは運が良かったね。でも、もう当分は大丈夫だから。邪眼除けが守ってくれたんじゃない?」
 友人は笑ったが、昼間の明るくて優しい顔とは違ってみえた。
 もちろん、アパートの門燈の明かりの色が自然な太陽光の下でみるのとは、違った風に見せたせいかも知れないのだけれど。
 「じゃあ今日は帰るね、近々またリベンジしよう。その時は目いっぱい楽しもうね!薔薇の花束も豪華なのを用意しとくし!」
 友人は待たせておいたタクシーに乗って駅へ戻っていった。
 崩れた花束と、くだけたナザールボンジュウを持って。
 私が転んで割ってしまったブレスレットを、友人は集めて紙袋に入れ、回収していたのだ。
 その時は単に他の人が踏んでも危ないからゴミ処理してくれたのだと思っていたのだけれど。
 もしかしたら何か意味があったのかもしれない、と、ふと感じた。

 それから二週間後、今度は昔の仲間たちとまたロザリウムビルに行った。
 ピッツェリアで再びおいしいピザを食べ、友人たちは大満足で楽しんだし、今度は絡んで来る変な人もいなかった。
 トルコランプの店に寄ったが、店主は留守でアルバイトらしき店員しかおらず、新しいナザールボンジュウは買わずに店を出た。かわりに仲間の一人みずちが雑貨をひどく気に入って、コースターを何組か購入していた。
 キャラリーでは、友人が気に入った作家の個展が開かれていて彼女はゆっくり作品を堪能し、私はまた二階の踊り場風の場所で空間を愉しみ、他の仲間たちは友人について作品鑑賞した。
 そうして私たちはたっぷりと一日を楽しんだが、彼女の祖母のサンルームにだけは立ち寄ることはなかったし、友人もその件について何も話はしなかった。

 薔薇の花束は、ビル一階の花屋に有った。
 今日は夜まで過ごすことにしていたので、彼女がそこで預かってもらっていたらしい。
 予約してあったのは、仲間のもっちが職場の人に教えてもらったという創作料理のレストランバーで、ジャガイモ入りのチーズフォンデュやら茗荷とパクチーのサラダやら、面白くておいしいものがたくさんあって気に入った。カクテルも色々あって、つい調子に乗ってしまい酔っぱらってしまった。お酒には弱いのでカクテル3杯飲んだら確実に千鳥足だ。
 そんな状態で店を出て、みんないい気持ちでそれぞれの帰路についた。
 私は友人とロザリウムビルに戻り、花屋で花束を受け取った。
 約束通り、前よりも本数が多く、セロハンとカラーペーパーの間にレースペーパーが差し込まれて金色のリボンが巻かれて。より豪華に仕上げられていた。
 ありがとう、すごくすごくきれい。
 そう言ってからは、私と友人は無言で駅までの道をたどった。
 空には細い三日月が金色に光っていて、はかなげで印象的だった。
 
 別れ際、友人が手をふったが。初めて気が付いた。手首に巻かれていたのは、あの日くだけたナザールボンジュウのブレスレットから、邪眼除けの目玉を取り除いたものだった。代わりに色違いのビーズが差し込まれていたが。
 レストランバーで、仲間たちが噂していた。
 何やら変な事件があったとかで。きーちゃんの妹のバイト先で嫌われていたお客が、急に消えてしまったとか。取り寄せていた商品の代金を先払いしたのに取りに来なかったらしい。そういう事は絶対ありえない人なんだ、変に生真面目というか決まり事は守るタイプでさ、でも人を怒らせるような失礼なことばかり言う人だったんだって。
 自宅に連絡したら家の人が出て、いなくなったけど何か知りませんかって逆に聞かれたんだって。

 私の両手の中の薔薇は真紅のビロードのような深い色をしている。
 あの日見かけたサンルームの奥、不規則に伸びた渡り廊下の下。
 煉瓦の壁と木製の赤い扉。
 どうして突然思い出したのだろう。

 完
 

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