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薔薇窓の色

 愛ちゃんと出かけなければならなくなった。
 他に誰か誘わないとならない。私一人で愛ちゃんの面倒は見られないわけではないけれど、それはつらいから。せめて、誰か一緒に行ってくれないと。そして後日愚痴を言い合えるようでないと。
 私は深いため息をついた。
 どうしてか縁が切れない幼馴染み。
 どこへ行ってもトラブルを引き起こし、それでいて自分に原因があるとはつゆほども考えず、それゆえに行動を改めることもない。常に他人と揉めてはささいな出来事を大事にする。
 その都度注意はするのだが、彼女の心に染み込んだ様子はない。
 子どもの頃はやっきとなってあれこれ言って見たものだったが。
 まるで自分とは考え方も行動も異なる人種なのだ、と思い知るしかなかった。
 それがわかってからは、なるべく物理的に距離を取ろうとしていたのに。
 なぜか中学までずっと同じクラスだった。
 高校ではやっとクラスは分かれたものの、部活が同じになってしまった。
 最初は違う部活に向こうが入ったので、やれやれと安心していたのにいつの間にか転部してきていたのだ。たまたま人数の必要な部活で、自分の代は入部者が少なかったから先輩たちが勧誘を必死に行っていたのは知っていたが。
 そしてその部活を卒業して、部活仲間が結婚することになり結婚祝いを皆で選ぶことになったのだが。部活OBのlineでその事を知った愛ちゃんが、買い出し係に手をあげてしまい、たちまち皆にそっぽを向かれたのに、全く気にせず。自分の欲しいものを本人の意思に関係なく買い出しかねなかったので、これはいかんともう一人の買い出し係を押し付けられてしまったのだ。
 押し付けられた、という言い方はよくないかも知れない。
 皆の都合や最後はくじ引きの結果だし。
 それになんだかんだいいながら、愛ちゃんは私の言う事なら折れる事があるのを皆知っているからだ。
 長い付き合いなので、向こうも多少はるっちには一目おいてるんじゃない?などと言われてもいるが。そんな風にはとても思えなかった。
 愛ちゃんが私の言葉を聞くことがあるのは、ひとえに祖母のおかげだと思う。愛ちゃんは祖母のことだけは受け入れていたから。
 
 もう一人の買い出し係はみさきちゃんにお願いすることになった。
 大人しく、でも芯のしっかりした彼女なら安心だった。ただ、あんまり私と親しいわけではない。三年間部活で苦楽を共にしたわけなので、気心も知れてはいるのだが、あまり普段一緒に遊びに行ったりするような交流をしていなかったので、連絡するのも少しだけ緊張する。
 結果、「いいよ」一言で引き受けてくれた。有り難い。
 なんにせよ、愛ちゃんのわがままをたしなめられる人なのは確かだ。

 結婚祝いは、贈られる本人の希望で花束を活けられる大きな花瓶か、おしゃれなお盆みたいなキッチングッズが良いという。
 ちょっとこだわった輸入雑貨を扱っている店がある。
 同じビルには最近人気のピザ屋があるから、お昼にちょうどいいかも知れない。そう計画立てて、晴海は自分でくすっと笑った。
 お昼、一緒に食べるつもりなんだわたしは。
 これまで、食事がらみでどれだけ不愉快な思いをしたのか忘れてしまっていたみたいだ。 

 どんなに嫌でもその日はやってくる。
 時間は常に一定方向に流れているのだから仕方ない。
 本来なら楽しいはずの、仲間の結婚祝いを贈るための買い物。
 お店に行くだけでも楽しいような、お洒落な場所に行き、おいしいランチを食べる。
 それがどうしてこんなに憂鬱に感じるのか。
 晴海は高校卒業以来、部活からみ以外ではなるべく愛ちゃんと会わないようにしていたので、実際久しぶりに行動を共にすることになる。
 久しぶり、というところが余計に憂鬱さを増しているような気がする。
 三人での待ち合わせは、ロザリウムという有名なショッピングビルの入り口で。ハナミズキの街路樹が可愛い花を咲かせていて、通りを歩く人たちはぎっしりだ。大型連休前だけど、やはり季節が行楽気分の時期、普段でも人通りが多いのにたくさんの買い物客や観光客が押し寄せて来ている。
 ビルの中に入ると、パッと明るい一角が目につく。
 色とりどりに並べられた綺麗なブーケ、アレンジメント。
 小さな花屋さんだったが、それはセンスがいい。驚くような色、花の取り合わせがあったりする。思わず見とれて、こういったブーケを活ける花瓶ならどんなのがいいかな、などと考えていた時。
 声がした。
 「久しぶり、はるちゃん」
 愛ちゃんだった。

 「あ、ほんと久しぶりね、元気だった?」
 「元気だよー、仕事も忙しいから病気なんてしてられないもの」
 笑顔で人の肩をバシバシたたく。痛い。痛いよ。
 「ちょっと、強いよ、痛いから」
 「えー、そんなに強くたたいてないけどー」
 ・・・相変わらずだ。絶対ごめんを言わない。
 「みさきちゃんは」
 「まだみたい。もう来るでしょう、待ち合わせ時間までまだ5分あるよ」
 「でも私たちを待たせてることに変わりはないよね?」
 「なんでよ。私たちがたまたま先に来ただけじゃない。変な言い方しないでよ」
 久しぶりの愛ちゃんは、まるでおばさんみたいだった。
 原色の赤いカーディガンを羽織り、白いブラウスに紺のロングスカート。
 別にどこがおかしい恰好でもないのだが、やたらとおばさんじみて見えた。切りたて!と頭に張り紙してあるみたいな、直線的なボブカットのせいだろうか。そういえば癖毛に悩んでいた筈なのに、随分サラサラした直毛になっている。サラサラというか、人に刺さりそうな感じもする。
 重たそうで大きな革のカバンはブランドものだけど、今は時代遅れな感じのものだ。
 実に愛ちゃんらしい、と思った。
 正しいのだが根本的に何かがずれている。周囲の雰囲気と噛みあわない。
 出会って5分ほどで気が重くなる。合わない者はどちらがいい悪いじゃない。とにかく合わない、のだ。一方愛ちゃんの方はそんな風では全然無く、無邪気に再会を喜んでいるようだった。
 
 「みんな就職してから忙しいんだね、全然ランチ会も飲み会とかもないじゃない。まあ私も忙しいから時間とれないだろうけど」
 ・・・ごめんね、時々有志で集まってるよ。全員揃うのは無理だけど、愛ちゃん以外には声を掛けてるんだよ。
 なんだろう、仲間外れにしているみたいで(いや実際にしてる訳だが)気まずい上に心苦しい。不必要な罪悪感に見舞われる。
 この感覚が嫌で、彼女を避けるのに避けるだけ余計に罪悪感がやってくる。だからといって会うとトラブルだ。意外に仲間内だけなら特に問題なく過ごせる時もある。高校時代、お菓子や食料を買いだして部室でコンパする時などは、先輩への礼儀もあってか楽しく過ごした覚えがある。
 だが、必ずと言っていいほど外部の人と揉めるのだ。
 愛ちゃんが職場でどういう風にやっているのか、全く想像がつかない。
 職場の人は身内だから、とおおらかに構えているのだろうか。

 「あ、みさきちゃん来たよ」「待ち合わせ時間ちょうどだね」
 ほっと吐息が出た。三人集まったら今日のスケジュールをさっさと決めて、事務的に動いて行こうと心に決めていたのだ。
 だが一番に気がかりなのは。ともかくランチだ。
 愛ちゃんと外食でスムーズに楽しめたことがない。
 まず、待ち時間。
 店を選ぶ段階で、待ち時間が長いと非常に不機嫌になり、文句を店員にまで言い出すのだ。 
 そのくせすぐに入れそうなファスト・フードや大手のチェーン店などは「せっかくおいしいものを食べるチャンスなのに」と嫌がる。
 何より他人の意見を聞かない。
 誰かが「この店がいいね」と言っても、自分が興味なければ完全に無視する。視野に入れないで店を決める。あの無視の仕方は相当な図太さだと思う。
 とりあえずは、ビルの中のピッツェリアを推してみようか。
 今日の人出だと待つことになるだろうが、まだ時間の早い今からなら順番も早く回ってくるだろうし。前に別の友人グループと来た時本当においしいと思ったし。
 「あの、これから買い物の前にお昼早めに済ませてしまわない?」
 そういうと、みさきちゃんは黙ってコクコクとうなずいた。
 肝心の愛ちゃんは「そうね、早くどこか決めないと混みそうだもんね」とやはり同意してくれてたが。
 「よさそうなお店があったんだ、あっちのビルにね」と言い出した。
 「え?ここのビルにおいしいピザ屋さんあるんだけど?そこに・・・」
 「この通りを渡って向かい側のビルで、フレンチらしいの。ここに来る前にカップルが話してたの。おいしいんだって。ランチは格安だって」
 通りを渡ってすぐなら・・・仕方ないか、言う事聞く人じゃないし。
 晴海は自分の提案をあきらめた。
 だが。
 渡って向かい側のビルではなかった。
 うろうろ探したが、フレンチレストランは見当たらない。東西に走る大通りを渡ったところの間違いではなかろうか?と足を延ばして行って見ると。
 それらしきレストランが見つかったが、ランチが破格の二千円を切る値段で、大行列がビルの外まで続いていた。
 店を探したり確認したりしてる間に30分近くが過ぎ、疲れたが席数も多そうで回転が速いだろうから、大人しく大行列に並ぼうかと覚悟を決めた途端。
 「これじゃあいつランチにありつけるかわからないねぇ、他の店行こう、確かあのビルの中にも飲食店あったよね、そこにしよう。動くの疲れるから」 
 がっくりする。今まで一応主張はしてきたのだ、ビルの中にピザ屋があるからそこにしよう、と。みさきちゃんも同意してくれていたのに、フレンチの事で頭がいっぱいの愛ちゃんの耳にはまるで入らなかったのだ。
 仕方なく、ビルに戻ってピッツェリアに並ぶとこちらもすでに長蛇の列。
 がっかりしたがどうしようもないので、大人しく我慢して待つことになった。愛ちゃんは、「ちょっと並んでて、プレゼントの下見をしてくるから」などと厚かましいことを言って、少し行列を離れていたりした。
 その間、何組か予約のお客が店に入っていったのだった。
 正直、こんなに並んでるんだから昼は予約はやめてくれるといいのに、と思ったけれどそれは店の都合なのだから、常連でもない自分達に口出しできることではない。

  
 

 


 

 

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