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薔薇の庭 5
出来上がったバラだけの花束は、豪奢だった。
自分が選んだとは思えない美しさで輝いて見えた。
友人の手早い動きにも驚かされた。
温室の中のバケツに水を溜め、花ばさみで切った花を次々に水切りにして、切り口を小さなコンロで炙る。
トゲはするすると鋏で落とし、手早くひもでまとめていく。
「すごいね、お花屋さんみたい」
「ずっとお花は好きだったからね、小さい頃から習ってたし」
出来上がった花束を渡してくれて、友人は、「うん、似合う!」とにこにこした。
「えー、本当に?」
「うん、さきちゃんには赤が似合う。こういうハッキリした赤いの」
「嬉しいなぁ、これ持って帰るまで大丈夫かなぁ」
「ここでバケツに漬けておけばまだ大丈夫だよ。帰る時は水で濡らした綿でくるんでホイルで巻けばいいと思うし」
「今日は何時まで大丈夫なの?どっかでお茶できる時間があるなら、お茶はごちそうさせてよ」
「今日は親戚の集まりで6時までには家に帰れって言われてるんだ、いつも付き合い悪くてごめんね」
「そんなことないよ、じゃあどっかお勧めのお店あったら行こうよ。こんな豪華な花束貰ってお礼もなしじゃね」
というか。普段あまり自分の家庭のことを語らない友人が、わざわざ。
「お祖母さんとの思い出の大事な温室に、私を入れてくれたこともすごく嬉しいし。本当に綺麗な温室だねぇ、レトロで素敵だし。これ外側も遺産なの?」
「そうだね、血縁者以外で入ったのはさきちゃんとあの人たちだけかな。この部屋はそうなの、祖母が庭の離れに建てたものを改造して残したの。
ドアはそのままね。ガラスも少し歪んでるのがあるでしょ、あれは残ってる古いやつ」
ドアの鍵を丁寧にかける友人は、その古びて厳めしい鍵を私に見せた。
「昔は小さな台所もついていて、祖母がそこで薔薇のジャムを煮たりしてね。お茶を飲んだり。懐かしいな。私にとっては素敵な場所だったの」
聞いていて、なんだか赤毛のアンみたいな世界だな、とぼんやり思った。
「このビルを曲がって三軒目に新しいカフェができてたの。夜はバーもやるみたいで、落ち着いてインテリアがシンプルで居心地いいんだけど。
紅茶がおいしかったのよ、スコーンと一緒に食べたけど」
「いいね、そこがいいな」
二人でにぎやかにしゃべりながら、ビルの表入口に近づくと。
又しても!というかもうピッツェリアを出てから二時間半も経っていたのに、あの感じの悪い睨み付け女と出くわしてしまった。
もう二人も一緒に居て、何やらこぎれいに包装された紙袋を持っていた。
二人の声が漏れ聞こえてきたが、共通の友人へのプレゼントでも選んでいたらしい。
彼女と一緒じゃあ時間がかかるだろうな、とは思った。
睨み付け女は連れと違って自分のショルダーバッグ以外は何も持っていなかった。ショルダーはしっかりした革製品で大きくて、多少の荷物は全部入るだろうと思わせる。今時珍しい感じのさぞ重たいだろうな、という代物だった。
向こうはこちらに気づいていないので、これ幸いととっとと二人、入口から道へと抜けて足早に通りすぎたが、一日のうちにこんなに何度も同じ人と出くわすのはあまり経験がない。何となく、もう一度絡まれそうな、嫌な感じがした。
だが、その後友人のおすすめの店の居心地がたまらなく良くて、うっかり長居しすぎてしまった。慌ててロザリウムビルに戻り、温室の花束を取り出す。アルミホイルで切り口をくるんでくれて、私に丁寧に渡してくれる友人の顔は、その時までにこやかで、本当に楽し気だった。
二人で駅までの道を急いで、友人の乗る方の駅がまだ先だったので、私は別れ際に手を振っていた時だった。
後ろから、ドン、と何かがぶつかった。
重たい何かが背中をたたきつける感じだった。
痛みと衝撃で私は手にしていた花束を落としてしまった。
一瞬で立て続けに起こる出来事に、私の体は反応できずにいた。
転ばないように、足をふんばったが転んでしまった。
その衝撃でブレスレットも割れてしまった。
誰かの足が、よろめいている振りで、花束を踏んだ。
「きゃぁ、ごめんなさい!ふらついてしまって」
言い訳をする甲高い声に顔を見上げると、今日何度も見かけた睨みつけてくる女がそこに立っていた。
「振り向いたら鞄が回っちゃってぶつかったみたい。それでふらついて。ごめんなさーい」
「愛ちゃん何してるの!!大丈夫ですか?」
心配そうにのぞき込んできたのは、最初から注意してくれている連れの女性だった。
「あ、大丈夫、転んだだけですから」
私の怪我よりも。大事な、友達からの花束が。
よりにも寄って狙ったろう、と言わんばかりの真ん中を踏みつけてあった。
なんで、この女は。
こんなにも私に執着してくるのだろう。
ちょっと自分を不愉快にさせたからといって、社会のルールを破ったわけでもない私たちに、そこまでやり返したいと願うのだろう??しかもやり過ぎなまでに。
怒りにめまいがした。
かすれた声で「なんでこんなことまでするの?」と言葉が自然と口からこぼれた。
その言い方で、連れの女性も私がピッツェリアで出会った相手だと理解したらしい。
「愛ちゃん!また自分だけの正義感でよそ様にこんなことして!」
大人しそうな女性だったが、もうたまらないという声と顔つきで叫んだ。
「この人たち、私たちと違って予約してたからいいんだよ!なんで全員並ばなきゃいけないってルール決めちゃうの?あなたお店の人でもないのに!」
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