僕の「電カル」奮闘記 その1

プレスリリースに虚偽記載!?
「一体型」ではなかった富士通の電子カルテ

電子カルテを大きく分けると、「連動型」と「一体型」の2種類があります。

連動型は、医師が記載するカルテ部分と、医療事務が診療報酬の計算などを行うレセプトコンピューター(レセコン)が、それぞれ独立しており、電子カルテからレセコンにデータを送って、その情報を診療報酬の計算に生かします。データの流れは、電子カルテからレセコンへの一方通行のため、医療事務がレセコンで新たに記入したり、修正したりした情報が電子カルテに反映されることはありません。

一方、一体型は、その名の通り、診療室のカルテ部分と医療事務のレセコンが一体となっており、電子カルテも、レセコンも同じひとつのデータを操作します。そのためどちらで入力した情報でも相互に確認でき、事務スタッフがレセコンで修正した内容も、診察室で医師が電子カルテ上で知ることができ、情報共有が密にできるというメリットがあります。

使い勝手のよさは医療機関によって異なるため、優劣をつけることはできません。ただ、導入の傾向としては、紙カルテを使っていた医療機関が電子カルテに移行する際は、既存のレセコンに電子カルテ機能を追加して使えるので、連動型を利用するところが多く、新たに開業する場合は、カルテと会計情報が異なることのない一体型が好まれるようです。

僕も、その考えに則って、クリニック開業にあたって導入する電子カルテは一体型にしたいと思っていました。そして、複数のメーカーの電子カルテから、白羽の矢を立てたのが、「一体型」と発表されていた富士通の「HOPE/EGMAIN-RX(以下、RX)」です。

当時(2010年11月2日付け)、富士通のホームーページには、次のような文章で、RXのことが紹介されていました。

 ……(前略)……少人数で運営している無床診療所では医師が医療事務業務を行ったり、事務スタッフが診療情報を確認したりすることもあり、互いのデータ共有をスムーズにする必要があります。また、ICTを活用した医療地域連携の必要性は高まっており、診療所でも電子カルテシステムを導入することが求められています。
 こうした状況を踏まえ、当社では、導入コストや運用負荷を軽減した医療事務一体型の電子カルテシステム「HOPE/EGMAIN-RX」を販売します。

本製品の特徴
1. 医療事務機能と電子カルテ機能を一体化し、診療所業務を効率化
 一つのシステムで医療事務と電子カルテの機能を融合させており、医師が診療室にいながら患者の来院状況の確認やレセプトの点検をすること、また事務スタッフが会計確認中に診療情報を参照することが可能になり、診療所の業務を効率化します。……(後略)……

これぞ、まさに僕が求めていた電子カルテでした。富士通に電話で問い合わせると、実際の販売は代理店を通じて行っているとのことで、代理店をいくつか紹介されました。そして、2010年11月、RXを取り扱っているシステム・ベンダー3社と連絡をとることにしたのです。

 電子カルテは、診療所の日常業務を回していくための要となるシステムです。価格も数百万円単位になりますし、簡単に買い換えがきくものではありません。そこで、連絡をとった3社のシステム・ベンダーすべてで、RXのデモ機を触らせてもらいました。

その時の感触は、「サクサク動いて、なかなかいいな」というもの。ただ、どのベンダーでも、デモに使われていたのは単独で処理を行うスタンドアローンで、診療所で実際に使うようにサーバーとクライアントをネットワークでつないではいませんでした。そのため、電子カルテから会計情報を飛ばして、レセコンで受け取るところを想定してまでは確認できませんでした。

ただ、以前、アルバイトをしていた診療所で、同じ富士通のHOPE/EGMAIN-CXという電子カルテ(RXのひとつ前のモデル、以下CX)を使ったことがあり、「高性能ではないけれど、安定している電子カルテ」という印象がありました。そのCXをモデルチェンジして、新しいRXを発売するのだから、きっと使いやすい電子カルテなのだろうと思ったのです。

翌年4月の開業が決まっており、電子カルテ選びで足踏みしている暇もなかったため、僕は、プレスリリースの文言を信じてRXの導入を決め、年が明けた1月に発注という流れになりました。

ところが、1カ月後に開業を控えた2011年3月18日。新しいクリニックの診察室にコンピューターのセッティングが終わり、電子カルテの試運転を始めてすぐ、僕は、自分の眼を疑うことになったのです。

「なにこの電カル……。一体型じゃない」

実際に動かしてみると、RXは、情報の流れが電子カルテからレセコンへの一方通行で、医療事務がレセコンに記載したり、修正したりした内容が、僕がいる診察室の電子カルテに反映されてきません。プレスリリースでは、「一体型」だと宣伝していたにも関わらず、です。

「騙された」。それが、この時の僕の偽らざる気持ちです。まさか、富士通のような名の通った大きなメーカーが、広告に虚偽記載をするなんて……。信じられませんでした。

しかも、僕が指摘してはじめて、システム・ベンターはRXが一体型ではないことに気づいたというのです。電子カルテの専門家である彼らが、本当に気づいていなかったのかどうかは疑問でした。これは、僕の憶測ですが、現場ではうすうす気づいていたのかもしれませんが、あとから分かるように、沢山の問題が山積みで現場はそれどころではなかったのかもしれません。

とはいえ、開業が目前に迫ったこの時期、一から電子カルテを選び直して、別のメーカーのものに交換するというのは、非現実的なことでした。当初、期待したものとは別の機能の電子カルテでしたが、診療業務ができないわけではありません。慣れれば僕も、事務スタッフも連動型に応じた運用はできますし、現実には連動型のRXしかありませんから、そのまま使い続けることにしたのです。

ただ、一体型であればしなくてもよい作業が増えた感じは否めませんでした。

そのひとつが、診療が終わったあとに、患者さんが会計する際の会計情報が変わる場合です。たとえば、医師が検尿の指示を出しても、患者さんの都合などでできないことがあるのですが、その場合は、会計時にそのオーダーを事務スタッフが削除します。レセコン上は削除されているので診療報酬は正しく請求されますが、電子カルテ上は検尿のオーダーが残ってしまいます。次回の受診時に、ドクターが「この患者さんは、前回、検尿している」と間違えないようにするために、事務スタッフはレセコン上で操作するのではなく、わざわざ電子カルテに入り直して操作しなければいけません。

また、会計では診察料や検査料の他に、様々な加算があります。電子カルテはそれを自動で算定してくれるのですが、実際に算定するかどうかは事務が最終チェックします。連動型では、この事務が操作した結果を、診察室の電子カルテからは見ることができません。さらに悪いことに、せっかく事務が加算を修正しても、その後にドクターが追加オーダーを電子カルテから入れてレセコンに送信してしまうと、すべて上書きされてしまい元の自動算定に戻ってしまいます。事務はまた加算が適正かどうか判断して訂正し直さなくてはいけません。

必ずしも一体型であれば回避できるトラブルばかりではありませんが、同じデータを操作する一体型であれば、電子カルテ側から事務の作業の跡を見ることができ、無駄を省ける可能性があります。

もちろん連動型でも上記のように対応することはできます。しかし、そのためには新しいスタッフが入るたびに、当院独自のローカルルールを覚えてもらわなければいけません。そうした不毛なやりとりをなくすために、シンプルな一体型の電子カルテを導入したかったのですが……。

そうこうしているうちに、あっという間に1カ月たち、4月11日の開業の日を迎えました。診療が始まる前までには、僕も、スタッフも、電子カルテの操作に慣れ、滞りなく診療できるようになっているはずでした。でも、実際に診療が始まってみると、RXのソフトの未熟さが次々と露呈し、やがて医療ミスにつながりかねない不具合が見つかるのです。


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