別府要のエッセイ『ソネマリのトランペット』
まずは自己紹介
はじめまして。
日本プロ麻雀連盟39期後期(2023年入会)の別府要です。
普段は新橋にある麻雀店『麻雀ベルバード新橋店』で働いたり、
たまぁーに連盟チャンネルで実況を担当したりしています。
趣味はパチスロとボートレース。
Youtubeを観ていて頻繁に流れてくる広告は「マッチングアプリ」「消費者金融」「過払い金請求」「脱毛」の4ジャンルなので、GoogleのAIには別府は『剛毛非モテ多重債務ボーイ』としてセグメントされています。さすがは天下のGoogle。概ね合ってます。
麻雀プロとして活動していくにあたり、自分のことを知ってもらおうと、最近Youtubeチャンネルを作ったりXのアカウントで呟いてみたりと色々やっております。このnoteもその一環で、継続的にできるかは自信がないですが書いてみました。今回は別府の高校時代の思い出についてです。
高校球児だった
こう見えて(逆にどう見られていると思っているのかという感じだが)、別府は高校時代野球部に所属するいわゆる「高校球児」だった。
当時通っていたのは国際基督教大学高校(通称ICU高校)で、何を隠そうこのICU高校、野球部は超がつくほどの弱小校であった。
どのくらい弱小かというと、別府は36期生なのだが、別府が入学するまでの36年間で夏の西東京大会で挙げた勝利数はわずか1勝。甲子園の優勝校以外は必ず負けて夏が終わるのが高校野球なので、通算戦歴1勝36敗という『がんばれ!ベアーズ』状態であったわけである。『ハルウララ』状態といっても良い。
(余談)
ちなみに別府は2015年に高3だったので「オコエ・平沢世代」である。
高校3年の秋に野球部顧問の先生に「なんか面白いから」という理由で、試しに『プロ志望届』(秋のドラフトでNPBの球団から指名されるために必要な願書みたいなもの。一応高校の野球部に所属してたら誰でも出せる)を提出してみてもいいか、と聞いたら、「手続きとかがめんどくさいし、なにより恥ずかしいからやめてくれ」と一蹴された。
もうすこし顧問の先生のノリがよかったら別府の肩書に「元ドラフト候補」が追加されていたかもしれない。
(余談終わり)
高3の夏
そんなスーパーへっぽこ野球部に入部した別府だが、そのあまりのへっぽこぶりに起因して、1年生の夏から試合に出続けていた。これは別にすごいことでもなんでもなく、部員数の少なさとそのレベルの低さからICU高校では毎年起こる現象だった。実際、僕のほかにも1年夏から試合に出続けていた同級生は2,3人いたし、僕の一学年下もそんな感じだった。
試合には出ているものの、大した活躍もできず、チームも勝てなかった。
夏の大会も、秋の大会も、春の大会も負け続けた。
そして迎えた3年の夏、事件が起きる。
【なんか西東京大会1回戦を突破してしまう】
最後の夏。一回戦の対戦相手は甲子園出場経験もある強豪・拓大一高。
毎年恒例の一方的に蹂躙され散る展開を別府含め誰もが覚悟していた。
が、そんな予想とは裏腹に、われらがICU高校のインターナショナル打線が火を噴き、相手のミスや乱調もありなんと終わってみればコールド勝ち。
誰よりも自分たちが一番びっくりしていたし、「勝ちに不思議の勝ちあり」という野村克也氏の名言を身に染みて感じた試合だった。
その日、ICU高校では(まだ夏休みに入る前で授業が行わていたのだが)野球部が勝ったという旨を伝える緊急の校内放送が流れたり、Yahoo!トピックスで弱小高校のICUが勝ったという記事が出たりと、1回勝っただけで大騒ぎになってしまった。けれど、当時のチームの雰囲気としては、すごいことをやったんだ、というよりただただ仲良しのチームメイトともう少しだけ長く野球ができることがうれしい。そんな感じだった。
ICU高校の応援スタイル
皆さんは高校野球の応援といえば何を想起するだろうか。
おそらく甲子園中継に映っているようなブラスバンドとチアガール、応援団の大合唱(今年の甲子園では応援団の部員のダンスも話題になりましたね)ではないだろうか。
普通はそのように夏の予選が近づくとベンチ入りできなかった野球部のメンバーやチア部、吹奏楽部などが合同で練習をして、予選の段階から学校一丸となって野球部を応援するのが慣例らしい。
しかし、わがICU高校にはそんな仕組みはない。
そもそも、吹奏楽部はないし(「器楽部」という似たものはある)、野球部も3学年合わせてちょうど20人くらいだからベンチ入りできない部員なんていても2,3人といった調子なのである。そのベンチ外の部員も試合当日はバットボーイやボールボーイ役としてグラウンドに降りるので、スタンドで応援するわけではないのである。
よって、ICU高校では野球部と仲のいい生徒数十人と、野球部員の父兄がなんとなく集まって野球部の一挙手一投足に歓声をあげたり思い思いの檄を飛ばすというスタイルの応援となる。
個人的にはこれが気に入っていたし、暑い中ただ野球部の応援のために強制されてもいないのに来てくれる同級生には本当に感謝していた。
2回戦で起きた「今も胸に残る出来事」
2回戦の相手は都立狛江高校。
こちらの高校も先の例にもれず吹奏楽部と野球部メンバーなどが一体となって選手を応援するスタイルをとっていた。
対するICU高校はいつもの「ただひたすら声援を送る」スタイルの応援。1回戦突破の盛り上がりもあってか、スタンドにはいつもより少しだけ多くの生徒の姿があったように思えた。
試合は終始リードを許す苦しい展開。劣勢で迎えた8回の攻撃。
そこで、別府は今も心に残るある音を耳にする。
ベンチ上方で、トランペット単音のWhiteberry『夏祭り』の演奏が始まったのである。一節おわると、スタンドにいる人全員の「かっとばせ~○○」の合唱。これが攻撃終了まで何度も何度も繰り返された。
これはあとで聞いた話なのだが、その日応援しにきてくれていた同級生ソネマリ(本名が曾根まりさんだからあだ名がソネマリ)が、先述の「器楽部」のメンバーで、試合の前にたまたま学校によって楽器を持って帰る計画だったので、トランペットを持ってきていたらしい。そこで、相手校の応援に負けないようにと、即興でトランペットを吹いてくれたようなのだ。
それに呼応するように、周りの生徒も見よう見まねで応援の合いの手を入れてくれたということだったらしい。
ソネマリは本当にいい人で、同級生で嫌いな人はいないくらい優しく穏やかな性格の人だった。そんなソネマリの熱い行動を目の当たりにして、チームの雰囲気が盛り上がらないはずがない。人生で初めて、自分たちのひたむきさで人の心が動かせたようなそんな感じがした。
今でも、つらい時や苦しい状況の時は頭の中にソネマリのトランペットを鳴らすようにしている。当時は野球を、今は麻雀を、とにかく自分のためだけにプレーしている。「観ている人に希望を与えたい」とか、「かっこいいプレーを見せて感動させたい」という気持ちは毛頭ない。プロとしてそれはどうなんだというところもあるし、ゆくゆくはそういうプロ像にも憧れている部分もあるが、今はまだ現役最弱白帯麻雀プロとして、下手くそでも無様でも、愚直にひたむきに頑張る姿勢を見せることが、応援してくれる方々に恩を返す唯一絶対の方法だと思う。
そうやって、より多くの人から「別府を応援したい」「別府のためにトランペットを吹きたい」と思われるようになることが、今の目標だ。
さいごに宣伝
冒頭でも書いた通り、たまぁーに連盟チャンネルで実況を担当してます。
【今後の実況予定】
FocusM
8/27 https://www.openrec.tv/live/e2zwvvlg7ro
9/24 https://www.openrec.tv/live/6oz3x49vjz3
10/22 https://www.openrec.tv/live/ykz0pyl3o8w
また、連盟のタイトル戦「若獅子戦」B16の対局(9/19)に選手として出場予定。緊張で震えておりますが、精一杯打ちます。応援おねがいします。
長文駄文失礼いたしました。
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