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【4-0320】春分の日に心の傾き

【このnoteを開いてくださった貴方へ】

こんばんは、要小飴と申します。


関西にある遊気舎という劇団の末席に身を置き、演劇に勤しんでいる者です。平日昼間は保育園の先生をしています。

このnoteは、そんな私が日々の所感を記録しながら、自分の思考を再確認したり、自分なりの表現を探したりする、そんなものにしたいと思っています。

春分の日だ。今日がだいたい昼と夜が同じ長さで、それから夏至まで少しずつ少しずつ昼が長くなっていく。一年のうちに、駆け引きするみたいに昼と夜が押したり引いたりする。今日はその中間あたりということだ。

そんな真ん中の日に、私は急に傾く心を感じていた。焦り、というか、恐れを感じ始めている。じっくり考えて決めた新しい生活に対して、やっと心配が生まれてきたのだ。「私大丈夫かしら」という気持ち。

本当に不思議なものだ。準備として挙げているタスクを一つずつ消化するにつれて、「大丈夫かしら」という気持ちが膨らむ。物事の準備の具合と心の準備の具合が反比例のグラフを描いているようだ。

私は普段、大丈夫かどうかってあんまり気にしないで生きている気がする。やるかやらないか。是か非か。思考のパターンの中にあるのはそういう問いで、究極的には「なるようにしかならない」と思っているので決断のときには度外視しがちかもしれない。

つまり、「大丈夫かしら」と思えるようになってきたということは、ちゃんと現状に目を向けられるようになったというのこと。次の段階に進んだと言えるのだが、その分、心はそわそわしている。

大丈夫じゃないことがきっとたくさんあるだろうなと思う。でも、無理じゃないし、不可能じゃない。きっとちょうどよいところを見つけられるはずだ。こんな感覚を味わえるのも、一つ踏み出したからであって、自分の変化を成長として見守ろうと思う。

いつも見守ってくださってありがとうございます! これからも表現活動、創作活動に勤しんでまいります。 要🍬 小飴