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【1122】アルバムをめくる

こんにちは、要小飴と申します。

昨日、訳あって小さい頃のアルバムを見ました。なぜ一人暮らしの私の家に昔のアルバムがあるのかと言いますと、もうずいぶん前ですが、劇団の芝居の小道具でアルバムが必要になり、実家から四冊送ってもらったのです。こちらから送り返すのが単純に億劫で、今も手元に置いています。そのおかげで、このnoteにもちょいちょい古い写真を載せることが出来ているのです。

アルバムというものは、今でもフォトブックを作ることのできるアプリやサービスがありますから、家庭生活において大事にされているものなのだろうと思います。私もまだ実家にいた頃は、自分の小さな頃のことを、アルバムの写真を見ながら話すというような時間がありました。

アルバムのいいところは、記憶の受け渡しがビジュアル含めて出来るということだと思います。トップの写真のように、0〜3歳くらいの本当に記憶のないくらいの時期の話も、写真を見ながらだと不思議と自分の中に映像が浮かぶといいますか。決して自分が見た記憶ではないのだけれど、ありありと想像できるようになります。これが、ただの口伝だけだとこうはならないような気がします。景色を想像することは出来ても、憶測の域を出ない。どこか遠い感じがしてしまいませんか。

でも、写真を見ながらだと、その写真から受けるビジュアルの印象、その写真を今見ている人の表情、そんなところにもたくさんの情報があって、思い出がますます色鮮やかに、意味深くなっていきます。

今は単身世帯ですし写真を現像に出すって滅多にないのですが、これから誰かと思い出を残したいと思った時には、画面の中だけではなくアルバムという形で手元に残すのもいいなぁと思いました。

それでは今日はこのへんで。

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また明日!

要小飴🍬

いつも見守ってくださってありがとうございます! これからも表現活動、創作活動に勤しんでまいります。 要🍬 小飴