見出し画像

【4-0823】トトロ観ながら寝込んだけれど、軽トラの記憶を掘り起こす

【このnoteを開いてくださった貴方へ】

こんばんは、要小飴と申します。


関西にある遊気舎という劇団の末席に身を置き、演劇に勤しんでいる者です。平日昼間は保育園の先生をしています。

このnoteは、そんな私が日々の所感を記録しながら、自分の思考を再確認したり、自分なりの表現を探したりする、そんなものにしたいと思っています。

トトロ見てたら寝ちゃってた。

今日は帰宅してちょっと一息ついたらもう21時だったので、いそいそとテレビをつけたのだ。「今日はトトロ」というのは、朝からなんとなく頭にあったから。

それなのに、今週一週間がバタつきすぎたからだと思うが、当面の未消化タスクがなくなったこともあり、うとうとして今に至る。それでも、飛び飛びに場面をみた記憶があるから、抗いはしていたみたいだが、いやはや。

トトロを見ながら、うちのクラスの子どもたちのことを考えた。うちの子たちは、サツキとメイみたいに車の荷台に乗ったりすることが今後の人生においてあるだろうかということ。冒頭引っ越しシーン。自転車の人物を見かけて隠れて、その後「おまわりさんじゃなかった!」となるあのシーンだが、あの機微を描いているのが素敵だなぁと思いながら、こんな経験はきっと今の子には出来ないことなんだろうなと思う。

私は小さい時、農家だった家の軽トラの荷台にはよく乗っていた。農作業の行き帰り、だけじゃなく、町内の廃品回収みたいな時にも荷台に乗っけられて移動したことがある気がする。軽トラの荷台で受けた風は、ちょっとした悪事と大人からの信用を感じる風だった。

ああいう経験、うちの子たちはこれまで、そしてこれからも、することがあるだろうか。まず普通に軽トラに乗ること自体が珍しいかもしれないな。

保育者になって、私の中で、子どもたちを軽トラの荷台に乗せるという発想はなくなってしまった。危ないもの。乗せたくない。でも、ただの私、子どもたちより少し先に生まれていた同じ生き物としての私は、「軽トラの荷台、気持ちいいから一回乗ってほしい」という気持ちがないと言えば嘘になる。二律背反。

そんなことを思いながら、寝込んでしまった。久しぶりにトトロを見るの楽しみにしてたのにな。

いつも見守ってくださってありがとうございます! これからも表現活動、創作活動に勤しんでまいります。 要🍬 小飴