「五つの穴と遅刻勇者」第3話
再生歴315年。
『セントレア貿易の町 トレーディア』
「鋼鉄姉妹が帰ってきたぞ」
その言葉を皮切りに町全体が歓声に包まれる。
「今日はアナザーを10体だって」
「流石鋼鉄姉妹!」
「鋼鉄姉妹万歳!」
町の人々が褒めている二人組。背の高い女性と小さな女性。姉妹と呼ばれていた2人は全身を銀色の鎧で覆っている為、どんな人物なのかはパッと見では分からない。
「ほら行きなさい」
「うん!」
その鎧の2人に子どもが花を持っていく。
「あのね、いつもありが……っ!」
「……危ない」
石に躓き転びかけた少女を、小さな鎧の方が咄嗟に支える……しかし。
――カランッ……。
小さな鎧の兜が地面に落ちた。
その瞬間、町全体を包んでいた歓声がぴたりと止まった。
再生歴316年。
『セントレア辺境の町 フォン』
「おい勇者様今度はトレーディアでアナザーを百体倒したとか」
「マジかよ。1体ですらヤバいあれを?」
噂話をする衛兵2人の前を少年が歩いていく。
「やっとついた。後は……」
夜通し歩いたのか、少年の目には隈が出来ていた。彼は母に渡されたアクセサリー、ピンクと白の小さな花の飾りが付いたネックレスを握り締める。
「お願いします!ポンさんに会わせて下さい!ホープ村が大変なんです!」
「さっきから言っているでしょう。代表は今調査でギルドを離れてると」
ギルドの受付の女性に向けて、ホープはネックレスを見せながら、何度も頭を下げている。周りの冒険者達もその珍しい光景に興味津々で行く末を見守っていた。
「早くしないとホープ村が……」
「だから!」
耐え兼ねた女性が奥から人を呼ぶ。少年は引き摺られながらギルドの外にある広場に連れ出された。
「待って」
「いい加減にしなさい!こちらは日を改めてと言ってるんです」
律儀に外に出てきた女性が説明する。
「でも」
「あと!」
「?」
「ホープ村、ホープ村とおとぎ話の読みすぎです!大人をからかうのを止めなさい!」
「へ? あっ、待って!」
少年が手を伸ばすが、扉は閉められた。
「せめて居場所だけで……も?」
立ち上がった少年がそのまま倒れる。彼は昨日の昼にリンゴを食べて以来何も口にしていない。
(これ不味いかも?)
「……君」
そんな少年を見下ろす、全身鎧の二人組がいた。
「……だいじょぶ?」
「ありがとうございます」
ホープは全身鎧の二人組、その背の高い方におんぶされながら町を歩いていた。
「いえいえ、困ってる人を助けるのは当たり前の事ですから」
「……アー姉」
「はい? あっ流石は私の愛する妹!気が利きます」
彼女がしゃがんで、丁度いい高さになったホープに小さな方が肉の串焼きを差し出す。
「……どうぞ」
「ありが、そこ口じゃないです!」
少年の頬に串が刺さった。
「……ごめん」
串を動かす。
「あの、グーちゃん?鎧の隙間を縫ってお姉ちゃんの体に串が刺さってます。そこでもないです」
「……ここか」
小さい方が、自らの口に串焼きを持っていく。
(そこなんだ……)
顔を隠す兜を付けたまま、モグモグと串焼きを器用に食べるのを見て少年が笑う。あれからまだ1日も経っていない筈なのに、凄く久しぶりに笑ったような気がしていた。
それからおんぶされたまま町を巡り、屋台でご飯を(小さい方が)沢山食べ、気付けばホープのお腹も満たされていた。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、大したことはしてませんから」
「……もっと感謝して……アー姉に」
「あっ、自己紹介がまだだった!僕の名前はホープって言います」
「ホープくんよろしくお願いします。私はアサ、こっちは愛しの妹グローです」
「……ホーちゃん」
(ホーちゃん!?)
「それでホープくんは何でギルド前で倒れてたんですか?」
「そんな事が!」
「……大変」
少年の話を2人は真剣に聞いてくれる。お腹も膨れて余裕が出来たホープは、ギルドの女性に悪いことをしたと思えるぐらいには回復していた。
「ポンさんはフォンのギルド代表です。私達も面識があるので帰ってきたら掛け合いますよ」
「……任せて」
「本当ですか!ありがとうございます!」
少年は彼女達の優しさに触れ、ホープ村の人達を思い出していた。
(2人とも良い人そうだ! 格好は変だけど……)
全身鎧で覆われた姉妹。大きい彼女の腰には2本の剣があり、小さい方は大剣を背負っていた。
「それにしても時を止める魔法なんてあるんですね」
「……最強!」
「僕も色んな魔法を見せて貰ったけど、初めて見ました」
改めて母の凄さに気付かされたホープ。そこに……。
「うわぁぁぁぁぁ!」
誰かの悲鳴が響いた。
ギルド前に衛兵の上半身が飛んでくる。綺麗な広場に一瞬で血なまぐさい光景が広がった。
「おいあれ」
「アナザー?しかもこんな辺境の町に強化種?」
そこにいたのは背中に先端がナイフのようになった長い腕が2本付いている黒いアナザーだった。鉤爪の付いた腕と合わせて4本を器用に動かしながら、もう1人いた衛兵が両断される。
広場にいた人間が叫びながら逃げていく中、尻餅をついて逃げそびれた父娘がいた。
「誰か助けてやれよ」
「一般種にすら手こずる俺達が敵うわけないだろ」
アナザーはまるで玩具で遊ぶかのように、父娘の足元に何度もナイフを突き立てている。驚く父娘を見る度、アナザーは楽しそうにしていた。見守っていたギルドの人間が諦めの表情を見せる中、娘を抱え必死に逃げ出そうとする父の背中目掛けてナイフが突き立てられる。
――そう思った瞬間。
キィン!という甲高い音と共に銀色の2つの閃光が走る。ナイフは寸前で弾かれ、父娘を庇うように鎧の二人組が姿を現した。
「人間を弄んで殺すその姿……吐き気がします!」
「……同感」
背中合わせになった姉妹が、それぞれが持つ双剣と大剣をアナザーに向けて構える。
「ギルル!」
化物が叫び、背中の2本のナイフで姉妹に攻撃する。アサが双剣を交差して止めた横で、グローは大剣でナイフを地面に向けて受け流し、そこへ向けて踵落とし。ナイフの付いた腕がへし折れる。その後ろでは交差した剣でナイフを上に弾き、その下に滑り込んだアサが素早く腕の部分を切り刻んだ。
「凄い!」
遅れてやって来たホープが呟く。彼女達はナイフの腕に対処しつつも、鉤爪の腕もいなしていた。
「あれ鋼鉄姉妹か?」
「怪我してこっちに飛ばされたって噂は嘘だったのか」
口々にギルドの人間が喋り始める。その目は勝てるかも知れないという期待に満ちていた。
上から迫る折れて向きが変わったナイフをグローと入れ代わったアサが左手の剣で受け止め、折れたその部分に右手の剣を振り下ろす。強烈な攻撃に皮膚が割れ、青白い液体が漏れ出す。グローはアサが腕を切り刻んだナイフの切っ先に向けて、回転を乗せた大剣の腹をハンマーのように一振り。切り傷から液体を噴出させながら腕がひしゃげる。
「鋼鉄……姉妹。鋼鉄姉妹!」
2人の活躍を見て、周りが歓声を上げ始める。それを聞いた姉妹が動きを止めた瞬間――アナザーが4本の腕でグローへ攻撃を仕掛けた。3本をいなしたが、ひしゃげた腕が遅れて迫り、グローの兜を弾く。
歓声が止んだ。
「え?」
ホープが驚き周りを確認すると、その目線はグローの髪に向けられていた。
ツインテールの青い髪は毛先に行く程、緑になっていた。2色の髪色、それが意味するのは……。
「半魔だ」
驚き、怒り、それぞれが様々な反応を見せている。アサはそれを見て妹の為に、自ら兜を脱ぎ捨てた。毛先辺りで1つに纏められた背中まで伸びた長髪、その色も同じだった。
「この魔族が!」
1人が石を投げる。アナザーではなく姉妹に。
「何して!」
ホープが飛び出そうとするが、隣にいた男に腕を掴まれる。
「止めとけ。あいつは母親を魔族に殺されてる」
(魔族との争いはとっくの昔に終わったんじゃ?それに半って事は)
「てめぇら魔族がアナザーを送ってるんだろ!このクソ野郎ども」
(何を?もしそうだとしたらこの状況はおかしい)
姉妹はアナザーと未だ懸命に戦っていた。動揺からか動きが鈍り、体に少しずつ傷が増え始めている。それでも、周りの人達からの石と罵声が止む事はない。
(僕は……)
人と魔族の争いについては詳しく知らない。だから自分が言えることは何もない。
だけど……。
見知らぬ少年を助け、おんぶして、ご飯もくれた。その上、少年の話を疑いもせずに信じてくれた彼女達。そして、今も町の人達を守る為に戦う姉妹を見て……。
「誰の隣に立ちたいかは……」
「自分で決めます!」
男の腕を振り払い、ホープは飛び出す。姉妹に駆け寄りながら考える。問題は魔法が使える状況をどう生み出すか。そして、何とか思い付いたのは……。
「アサさんグローさん、アナザーを真上に飛ばせますか?」
「ホープくん!?」
「……任せて」
即断したグローに合わせ、アサが敵を抑える。回転した力を乗せた大剣で下からアナザーを空中に打ち上げた。そこに滑り込んできたホープが恐怖で震える手を押さえながら叫ぶ。
「太陽(サン)」
灼熱の火球が一瞬で形成され、杖の魔石が粉々に砕けたと同時に真上に発射される。
身動きが取れないアナザーにぶつかった火球はどんどん上空に。
やがて轟音と共に、町の空にあった雲を全て吹き飛ばす炎の花が咲いた。
「……ホーちゃん凄い」
グローが近寄ると、少年は白眼を向いて気絶していた。
「ホープ君?」
ベッドで目覚めた少年の前にいたのはタヌキのような男。
「町を救ってくれてありがとう。私がポンだ」
「あなたが? あの勇者様は何処にいるんですか?力を借りたいんです!」
胸元のネックレスを見せながら、少年は男に詰め寄る。
「勇者はいない」
「なら今いる場所だけでも」
「そうじゃない。勇者は……」
「本当の勇者は15年前に死んだんだ」
「は?」
それは、少年が人生で最初に聞いた絶望の言葉だった……。
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