「この中には犯人しかいない」第3話


「また100点!流石私達の娘ね」

「父さんも鼻が高いよ」

 私の両親は裕福だった。そんな二人が見るのは私の成績や残した結果のみで、私自身を見た事はない。
 自分が恵まれている事には自覚があった。だから、文句なんて絶対に言ってはいけない。

 産まれた時から沢山の人にも物にも囲まれていた筈の私の心は空っぽだった。

 年齢が上がり周りの人や物の数が増えるに比例して、私の空っぽの心もどんどん大きくなっていく。

 それを満たす何かがずっと欲しかった。



 ――ドサッ!

 ひなたの荷物が落ちる音と、彼女が青柳に殴りかかったのはほぼ同時だった。

「危ねぇ……な!」

 ひなたの右の拳が頬を掠めるのも気にせず、その伸ばされた腕を掴んだ青柳は彼女の後ろに回り込んで、ひなたを体ごと地面へ押さえ付けた。

「離すっす!」

 上から体重を掛けられている為、ひなたはぴくりとも動けない。

「動くな」

「なっ!?」

 遅れて動き出そうとした陸に向けて、何かが向けられる。

 青柳の手には拳銃が握られていた。

 陸達は初めて見るそれに言葉を失う。それが本物かは彼等には見当も付かないが、動きを止めさせるには十分だった。

「何でそんな物」

 青柳は陸に向けた拳銃の撃鉄を起こす。その指先が引き金に当たり、そして……。

 引き金が引かれる。

 ――バンッ!

 無慈悲な銃声が山の中に響いた。



「あれは……確か同じクラスの」

 それは高校に上がって直ぐの事だった。家の近くのコンビニ。そこにいたクラスメイト。彼女の様子は明らかにおかしかった。

「え?」

 初めて見たそれに心が奪われる。私の空っぽだった心が反応したのだ。そこからは早かった……。

「あの」

「花屋さん!? イヤ違うのこれは!お願いだから誰にも言わないで」

「私にそれ教えてくれませんか?」

「は?」

 初めての時は今でも思い出す。ドクンドクンと激しく脈打つ心臓。あの空っぽだった私の心がこんなにも震えるなんて。
 初恋もこういう感じなのかな?そんな馬鹿な事を考えながら、コンビニ内の様子や監視カメラの位置を再確認した後、目の前のそれに私は手を伸ばした。

 チョコバー。

 それを選んだのには深い理由はない。ただ目に入ったのと、丁度いいサイズだったから。

 私の鞄に代価の払われていないそれが滑り込んだ。



 嗅ぎ慣れない火薬の臭い。咄嗟に目を閉じた陸が自分の体を触って確かめるが、そこには血も痛みもない。

「え?」

 少年が目を開けると、彼の横に頭を撃ち抜かれた機械犬がいた。

「こいつら何匹いるんだよ」

 銃を仕舞いながら、青柳が呟く。

「どうして?」

「何でだの、どうしてだのうるせぇなぁ」

 彼は面倒くさそうに胸ポケットからある物を取り出した。

「警察……手帳……?」

 心優がびくりと体を震わせた。

「何であんな言い方」

「いやー悪い悪い。あんな事になるとは」

 不服そうな陸を見てにやにやと笑う青柳。彼等は再び目的地に向かって歩いていた。

「それにあの糞野郎が言っていた殺人犯の枠に自分が入るのか確信もなかったからな」

 煙草に火を付けながら男が続ける。

「人を殺したのは本当だ。ずっと後悔もしてる。だが、それは職務中に人を守るためにやむを得ず行った事が原因で、罪にも問われていない」

(その上であの言い方って、絶対ふざけてる)

 陸の表情をにやにやと見ながら、青柳が美味しそうに煙草を吸っている。

「腹立つ」

「口に出てんぞ」

「あっ!」

「ははっ!面白いな坊主」

「でも何でわざわざそれを俺達に言ったんですか?」

「あぁそれは……」

 陸の耳元に青柳が近付く。

お前を信用出来る人間だと判断したからだ。それに……」

(それに?というかふざける以外の理由あったんだ)

「顔にも出てんぞ」

「あっ!」

 意外だという表情を慌てて直す少年。それ以上何も言わない彼の言い方に引っ掛かる陸だったが、青柳の事を少しは知れた気がした。

「だがまぁ、殺人犯5人の中に俺も数えられてるかは分からねぇ。用心だけはしとけよ」

 4人が目的地に向けて歩く。目指すは島の中心。繁華街エリアだ。荷物の重さにふらつく陸をひなたや青柳が支えながら、山から森、森から繁華街の入り口まで、4人は何とか辿り着いた。

「つ、疲れた~!」

「そうですね」

「そうっすか?」

「まぁ坊主は仕方ねぇだろ」

 その場に座り込む陸に、荷物を置いて立ったまま一息つく心優。荷物を背負ったままストレッチするひなたに、煙草に火を付ける青柳。
 各々が一旦休憩した後立ち上がり、端末が示す目的地に向かって再び歩き出した。

「今回は余裕っすね」

「まぁ制限時間も今日一日でしたから」

 隣を歩くひなたを見ながら心優が笑顔で返す。朝から始まった目的地への移動は、結局夕方まで掛かった。

「坊主、後で大事な話がある」

「えぇ……」

「露骨に嫌そうな顔するなよ。おじさん傷付くぞ」

「絶対嘘でしょ」

 真顔でそう言い出す青柳を見て、怪訝な顔をする陸だった。

「これは……」

「凄いっすね」

 少年に続いて、ひなたも辺りを見回す。つい先程まで山や森を歩いていたとは思えない、しっかりとした繁華街がそこにはあった。

 おかしな所があるとすれば……。

「人、いませんね」

 心優が震えながら呟く。有名なファーストフードなどの食事を提供するお店、ゲームセンターやカラオケなどの遊ぶ施設や、服屋に装飾品店もある。
 本来、人が溢れ返りそうなその場所には陸達以外誰もいない。

「今からドッキリでした~!ってなっても多分あたしは驚かないっす」

「俺もです」

「おーい!これ見てみろ」

 姿を消していた青柳が歩いてくる。脇に抱えてるのは煙草のカートンだった。

「島の中のものは自由にって話だったし、これもいいよな?」

「あ、悪徳警官っす!」

「何やってるんですか……。というかさっきの大事な話ってのは?」

「おぉそうだな。まぁお前ら2人も知っておいた方がいいだろうし」

 カートンから煙草を取り出しながら青柳が続ける。

「話すなら目的地に着く前の方がいいだろう」

 煙草に火を付けた。

ある事件の話をしようか




 それから私は短い間に近所のスーパー、百均、コンビニで何度も行った。

 店から何かを奪う。その行為の度に私の空っぽの心が満たされ、充実した日々に変わっていく。

 私は生まれて初めて、空っぽのままだった自分が、生きているのを強く実感していたのだ。

 だけど、あの日……。

「君ちょっと来て」

 私が最初にしたコンビニ。その日もいつも通りしようとした所で、店長に強引に腕を掴まれ裏に連れていかれた。

「君、金華の子だよね。こんなことしていいの?」

「……」

「はぁ……。まぁいいや」

 男が目の前に来てスマホを見せてくる。そこには遠くから撮った私がしている写真が幾つも収められていた。

「分かるよね?」

「な、何?」

 男がズボンを脱いだ。状況が分からず混乱する私。

「親にも学校にもバラされたくないよね?」

「た、助け……」

 叫ぶ前に床に押し倒され、口を片手で塞がれた。服の上から胸を強く揉まれ、痛みに顔をしかめる。暴れるが、私の上に馬乗りになった男はびくともしない。

「直ぐに終わるからさ」

「んーーっ!んーーっ!」

「減るもんじゃないんだしいいだろ?さっさと股開けよ!!」

 男の手が私のスカートの中に伸びる。

 その日、私は初めて……。



「ある日、うちの管轄で事件が起きた」

 煙草をフィルターギリギリまで吸う青柳。

「担当は俺の同僚。俺はそいつから事件のあらましを聞いていた」

 彼は煙草の火を消し、携帯灰皿に入れながら続ける。

「被害者はあるコンビニの店長。店の裏が荒らされ、お金も盗まれていた事から、当初は強盗の犯行だと思われていた」

 陸やひなたには何の話をしているのか分からない。

「だがな、被害者を調べて、彼は直前まで極度の興奮状態だった事が分かった。勿論犯人と争ったからじゃない、別のだ」

 陸は戸惑い、ひなたはポカンとしている。

「犯人も焦っていたんだろうな。監視カメラに映った、自分が店長に連れていかれる映像にまでは手が回らなかった」

 心優が震えている。

「そこから色々な証拠が出て、そいつが犯人なのは間違いない所まで来ていた。だけど……」

 荷物を置いて、ゆっくりと青柳がそちらを見た。

「金持ちの両親とやらの根回しで、取り調べ中にそいつは釈放された。俺はその時、警察署から出ていくそいつを遠くから見てたんだよ」

 青柳が見ている人物を陸とひなたも見る。

「なぁ?」

 一瞬の沈黙……。

お前が殺したんだろ?

 青柳が見ていたのは、花屋心優その人だった。

「青柳さん何を?」

「……」

 陸は混乱し、ひなたは押し黙る。

「どうなんだ?」

 心優は答えない。

「今の話嘘ですよね?花屋さん? そ、そうだ。また青柳さんがふざけてるんじゃ?」

 少年の問いに2人からの返事はない。

「花屋さ……」

 ――その時だった。

 いつの間にか荷物を下ろしていた心優が、ゆらりと動く。

 咄嗟にひなたが拳を伸ばすが、動揺した彼女の拳は遅い。背中の荷物ごと押されたひなたは前から地面に倒れ込んだ。

 心優が向かうのは青柳の方向。その手には何かが握られている。

 青柳はこの状況を予想していたのか、直ぐに構えるが、一瞬で彼の目の前にやって来た心優の姿が消えた……。

 ――トンッ!

「え?」

 少年が感じたのは、体と体が触れ合うような軽い感覚。

「坊主!」

 少年の腹にナイフが突き立っていた。

「これ……俺の……?いつ……?」

 それは、彼が島に来てからずっと隠し持っていた折り畳みナイフだった。

 心優は既に3人から離れた位置に立っている。

 痛みからその場に両膝を突く陸に、急いで駆け寄るひなた。青柳はそんな2人を庇うように前へ出る。

 そんな3人を見て彼女は笑う……。

 そしてただ一言。 

「バレちゃったぁ~!」

 可愛い声とは裏腹に、その笑顔は醜悪だった……。

 キングオブ清楚改め

 『窃盗並び殺人犯 花屋心優

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