「この中には犯人しかいない」第1話
「レディース&ジェントルメーン!」
孤島に電子音で加工された声が響き渡る。その声を聞いて、島に連れてこられた30人が目を覚ました。
ある者は森の中で。又ある者は山の上で。砂漠の中央や、民家のテレビの前で目覚めた者、ビルに取り付けられた大型ビジョンを見上げている者もいる。それら全てが1つの島の中にいた。
「これから1ヶ月、皆さんにはこの島で過ごして貰いまぁす!」
森の中にスピーカーから発せられた声が響く。
「その間、様々な課題があなた達に課されまぁす」
砂漠の中央に飛んできたドローンから声が聞こえる。
「え?課題にクリア出来なかったらどうなるって?」
大型ビジョンに映る声の主。黒塗りのピエロが耳を傾ける仕草をした。
「勿論死んで貰いまぁす!」
テレビの中で楽しそうに笑うピエロ。
「1ヶ月の間、課題クリアの為に皆で協力しても構いませぇん!なんと」
森を歩いていた少年が足を止める。
「課題を全てクリアして生き残った皆さんには3億が贈呈されまぁす!報酬は山分けですが」
タンクトップの少女が山の中で額の汗を拭う。
「え?3億は少ない?」
緑のくたびれたコートを着ている男が、目の前のテレビを叩き割る。
「ここでビッグチャンス!何と更なる賞金が得られる方法がありまぁす!それは……」
ビジョンを見上げていた女の子が息を呑んだ。
「人を殺してください」
砂漠で話を聞いていた老人が腰を抜かす。
「刺殺、毒殺、絞殺、事故に見せ掛けて……。方法は問いませぇん!1人殺す度にその人へ追加で3億が贈呈されまぁす!勿論これは山分けじゃなく個人の物でぇす!」
森の中で綺麗な少女が祈るように目を閉じた。
「目覚めた時に身に付けていた物、島の中にあるものは全て自由に使って頂いて構いませぇん!それを使って皆と協力するか、はたまた殺人の道具にするかは個人の自由でぇす!」
柄の悪そうな男がスピーカーの付いた木を蹴り飛ばす。
「え?だからって人なんて殺すか?おやおや。どうやらここには優しい羊しかいないようだ。そんな哀れな羊達に朗報!」
ビジョンに映ったピエロはゆっくりと画面に近付いてくる。
「この島に集められた30人。その中の5人は……」
にっこりと笑顔になるピエロ。
「殺人犯でぇす!」
ピエロが大袈裟に拍手した所で画面と音声が消えた。
「狼潜むこの村で、哀れな羊達は果たして生き残る事が出来るのでしょうか?」
ピエロの最後の台詞は誰の耳にも届かない。
(何だこれ?)
黒髪のツンツン頭の小柄な少年が辺りを見渡す。周りにあるのは森だけだった。
(電車に乗ってたよな?ここは? それに……)
彼は先程の話を思い出す。
(課題がクリア出来なかったら死?3億山分け?人を殺したら3億?)
「信じがたい話だけど」
見知らぬ場所で目覚める。それだけでもこの状況が異常なのは一目瞭然だった。
「翼……」
彼は誰かの名前を呼び、ポケットのそれを握って考える。
――ガサッ。
「誰だ!」
少年がポケットに手を入れたまま叫ぶ。そこに居たのは……。
「あのー?」
長い黒髪の学生服を着た綺麗な少女だった。
「きゃっ!」
突然風が吹き、彼女のスカートが舞い上がる。
「あの何して?」
少年は何故か少女の前で正座していた。
「つい」
「つい!?」
彼は多感なお年頃だった。
「そんな所で正座したら服が汚れちゃいますよ?」
少年に手を差しのべる彼女。
(優しい)
爽やかな少女は清楚という言葉が相応しい雰囲気だった。彼女の手を取る少年。
「私の名前は花屋心優(はなやみゆ)と言います」
『キングオブ清楚 花屋心優』
「あなたは?」
「俺は睦陸(むつりく)と言います」
『むっつりスケベ 睦陸』
「陸君よろしくお願いします」
「こちらこそ」
◇
陸は心優と情報を共有したが、知っている事に差はなかった。最後の記憶は電車の中、気付いたらこの島にいた。先程の声で状況を把握した事。
「あ、陸君これ見ました?」
少女が学生鞄から端末を取り出す。
「スマホ?」
「多分陸君もあるんじゃ」
「え?」
少年が服を確認すると同じ端末があった。陸は慣れた手付きでそれを操作する。
「操作感も見た目もスマホだけど……。ネットには繋がらない。中にあるのは」
島の地図や、コンパス、カメラやメモ帳などの基本的なアプリ。特徴的なのは……。
「USBコード?」
端末に格納されたコードを引っ張り出す。同じ型であればいつでも差し込めそうな形だ。
(使えってことか)
少年がニヤリと笑う。
「あの陸君?」
「あ、ごめんなさい」
「この地図なんですけど」
心優が開いたのは島の地図アプリ。そこには森や山、砂漠に村、繁華街や高層ビルが建ち並ぶ区域などが絵で描かれており、自分のいる場所が点滅していた。森部分をタップすると詳しい地図が表示される。
「近くに川があるみたいなんです。私喉が乾いて」
「行きましょう」
◇
「水の音が聞こえます!陸君こっちです!」
(可愛い)
嬉しそうにはしゃぎながら彼女が走っていく。状況は深刻だが、少年は少し幸せな気持ちになった。
――ポチャン。
「うん?」
陸は水音が聞こえた方向へ。茂みを抜けるとそこには……。
一糸纏わぬ姿の少女が川で水浴びをしていた。
「え?」
少女と陸の目が合う。
「……っす」
「あっ」
「きゃあぁぁっす!」
陸は目を手で覆うが指の隙間は大きく開かれ、向こうが丸見えだった。
少女は驚きながら手で裸を隠す……。
なんて事はなく。綺麗なフォームで走ってきた彼女の飛び蹴りが少年に直撃した。
「ぱ、ぱわふるぅ……」
少年は空を飛んだ……。
幼い頃、俺の家には当たりと外れがあった。今日がどっちかは父が帰って来た時に分かる。
玄関の扉が開くと、母さんは急いで俺を奥の部屋に連れていく。そこでじっと待って、怒鳴り声が聞こえたら外れの日。
昔はなかったそれが、月に1回。週1回と数が増え、気付けば毎日が外れになっていた。
怒鳴り、叩き、蹴る。俺はそんな父が嫌いだったが、正気に戻った時に泣きながら何度もごめんと謝るのを見ると、昔の父を思い出して突き放せなかった。
父は事業を悪い奴等に騙されて潰されたらしい。それでも頑張ろうと必死にもがき、逃げ道に選んだのがお酒だった。
だが、実際に殴られている俺や母からすれば、そんな事はどうでも良い話だ。俺を懸命に庇う母を殴りながら。
「お前らみたいな馬鹿な家族は、俺に利用されてればいいんだよ」
そう言う父親の姿を何度も見た。
「大丈夫だからね」
そう笑顔で言う母親の姿を何度も見た。
思えばこの時から選択肢は既にあったのだ。逃げることが出来たのに、俺と母はそれを選ばなかった。そしてそんな日常は唐突に終わりを迎える。あの日の事は今でも忘れない。
何かを隠すようにコートを深く羽織って帰宅した父は、俺達には目もくれず、酒臭い口でずっと呟いていた。
「俺は悪くない。あいつが悪いんだ」
そう何度も繰り返す父のコートの下は血塗れだった。
それから間もなく父は警察に連れていかれた。外れの日常が終わる。そう思って母の方を見た時……。
彼女は既に壊れていた。
だから、今度こそ俺は間違えない。次こそは絶対に正しい方を選ぶ。
「ひなたちゃんも電車に」
「そうっす」
(……何か温かい?)
陸が目を覚ます。そこは心優の膝の上だった。
――スッ。
少年は静かに目を閉じた。
「でもあの話本当なのかな?」
「どれっす?」
「集められた人達の中に殺人犯がいるって話」
「どうっすかね。でもそんな奴がいたとしても、あたしが皆さんをお守りするっす!」
陸がうっすら目を開けると、彼女が格闘技らしき構えをしていた。その威力は彼が身を以て経験済みだ。
「それにしてもここ暑いっすね」
「そうですか?」
「せっかく水浴びしたのにもう汗が」
「ハンカチどうぞ」
「心優さん感謝っす。咄嗟に服を着たせいか、まだ濡れてる所もあって……」
(……)
「ここをずらして……あんっ!」
――ガバッ!
少年が体を起こす。
そこには髪を避け、うなじを拭く少女がいた。
――スヤァ……。
「陸君!?」
少年は心優の膝枕に再び戻った。
◇
「いきなり蹴ってすまなかったす!」
「いえ、俺の方こそすみませんでした」
(次はもっと優しくして欲しいな)
何故か少年は次を考えていた。
「あたしの名前は天春(あまがす)ひなたっす。よろしくっす!」
『パワフル少女 天春ひなた』
「睦陸です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる少女。健康的な肌色に、長い金髪のポニーテール姿は、タンクトップにジーンズという服装に合っていた。
(色々とパワフルだなぁ)
少年はある部分をチラ見してしまった事に罪悪感を抱きつつ目を逸らす。
「主催者は何が目的なんでしょう?」
「課題がどうとか言ってたっすね」
「その課題はいつ」
――ピロンッ!
その場にいた全員の端末が鳴る。確認するとそこには第一課題と大きく表示されていた。
「目的地のどれかに今から2時間以内に辿り着け?」
それぞれが顔を見合わせる。
「ここから一番近いのは、これですね」
心優が幾つかの中から1つを指を差す。3人がいる森から一番近いのは、山にある目的地だった。
「私には主催者の話が何処まで本当か分かりません。でも念の為行った方がいいと思います」
「そうですね」
「こっちならあたしが通ってきた道の近くっす!吊り橋があるのは見たので、そこを通れば直ぐっすよ」
端末で地図を見つつ、ひなたの案内で目的地への道を進む。
「うん?花屋さん、天春さんこれ」
陸が拡大した地図を2人に見せる。そこには小屋のような物が写っていた。
◇
「食べ物に、ロープにマッチだったり色んな物があるっすね」
小屋の中には大量の段ボール箱と、物資が幾つも置いてあった。
「持てる分だけでも持っていきましょうか。陸君?」
少年が見ていたのは小屋の外にある看板だった。
(WDS?どっかで聞いたことある気が)
2、3人が上に乗れそうな大きな看板。頭文字以外は掠れ読めない。
「陸君」
「あっすみません」
「先は長いですし栄養付けて下さいね」
「ありがとうございます」
少年はチョコバーを心優から受け取り小屋の中へ。各々荷物を纏め準備を終えた。
「残り1時間30分」
端末の時計を見ながら陸が呟く。
「橋を通れば後30分くらいっすかね」
「私、今のうちに席を外しますね」
「1人は危ないです!俺も行きます」
「あ、あのお花を摘みに……」
「花?俺も詳しいですよ!」
――ガシッ!
立ち上がろうとした陸をひなたが止める。
「陸さん」
「?」
「そういう事じゃないっす」
◇
戻ってきた心優と、陸、ひなたが小屋から荷物を背負って出てくる。それから間もなく3人は崖と崖を繋ぐ吊り橋の前までやって来た。
「これは……」
陸が崖の下を覗き込む。そこには大きなビル1つぐらいの空間がある。試しに投げた石は長い滞空時間の後、川の激流にのまれ消えた。
「これを渡るんですか?」
心優が震えながら吊り橋を見ている。簡素な木の板とロープのそれは、自分の命を任せるには頼りなく見えた。
「距離は短いから大丈夫っすよ!」
幸い向こうまでは50メートルくらいだった。落ち着いて渡っても時間は掛からない。
「念のため一人ずつ渡りましょうか」
「なら私が最初に行っても良いですか?」
心優が手を挙げる。
「大丈夫なんですか?何なら俺が先に」
「大丈夫です!怖いけど皆さんが無事に渡れる強度か、私が先に確かめてきます」
(良い人ぉ!)
「ひなたちゃんもそれで良いですか?」
「……あっ。それで大丈夫っす!」
吊り橋のロープをじっと見ていたひなたが遅れて反応する。
心優が橋を渡り始めた。風に揺られ何度もロープの手すりに持たれ掛かってはいたが、何とか渡りきる。
「大丈夫そうですよー!次どうぞー!」
向こう側で心優が笑顔で手を振っている。
「なら次は俺が」
陸が橋を渡る。
「怖っ」
少年は足元を見て震えた。
――ドンッ!大きな音に陸が振り返る。そこには……。
「は?」
全速力で陸に向かって走ってくるひなたの姿があった。
(何で?まさか俺を殺し)
――ブチッ!不快な音が背後で響く。
彼が最後に横目で見たのは、吊り橋を支えるロープが切れた所だった。
「お前殺人犯の息子だろ?」
施設に入った初日に年上の子に言われた言葉。他にも色々言われたが覚えていない。だって……。
「そういうの止めなよ」
その時に翼と初めて出会ったからだ。何故か翼は喧嘩を始め、俺もそれに巻き込まれボコボコにされた。結局その日は相手共々施設の人に怒られて翼とは全く喋らないまま終わった。だが……。
「名前は?」
そいつは次の日にも俺の前に現れた。
「好きな物は?」
その変わり者は毎日話し掛けてきた。
「好きなスポーツある?」
返事もしない俺に何度も聞いてくるそいつに俺は……。
「好きな食べ物は?」
「花」
いつの間にか心を許していた。
「花って食べれるの!?」
「好きな物の話」
「ははっ、そうかぁ!」
ある日の事だ。
「うぅ……」
「陸?」
母の事を思い出した俺を見て、翼は俺の手を優しく握ってくれた。そして、笑顔でこう言ったのだ。
「大丈夫だからね」
自分も苦しいだろうに、それでも俺の為に笑顔でそう言った翼の姿が母と重なって見えた。
その時に俺はこいつだけは守ると決心したのだ。
◇
「楽勝!」
「待ってよ陸」
「糞ガキども待ちやがれ!」
施設で生活を始めて数年。変わり者のそいつは俺の親友に。
「お前らみたいな馬鹿な大人は、俺達に利用されてればいいんだよ! 行くぞ翼」
俺達は町で陸空コンビと噂されるくらい有名になっていた。
「今日もたんまり稼いだな」
その頃の俺は2人なら何でも出来ると本気で思っていた。それに拍車を掛けたのは廃品置場で拾ったパソコンだ。
指先一つで馬鹿な大人を思うままに出来るそれに俺は魅了され、いつしか仕事として依頼される所まで来ていた。
お金の為だったのが実力を試す事が目的になり、もうその頃には何処から道を誤ったのか分からなくなっていた。
「翼!次はここ狙おうぜ!」
「O-range社?流石に不味いんじゃ?」
「俺達なら大丈夫だって!作ったPCも試したいしさ」
これが俺の人生最大の、外れの日の始まりだった……。
「陸さん!」
ひなたが陸を担ぎ反転、足元の木を力強く踏み締めながら、元来た道を引き返す。片側の支えるロープが完全に切れ、橋が崩れ出す中、板から板へと飛び移るが、そこに橋としての姿はもうない。
「くっ!」
ひなたも足を踏み外す。咄嗟にもう片方のロープを掴むがそちらも既に切れていた。ロープを持ったまま陸を抱えたひなたが横から岸壁にぶつかる。
「ぐっ!」
痛みに呻きながらも彼女は何とかロープを掴んだままだった。陸とひなたはロープ一本で宙吊りになっている。
「陸君!ひなたちゃん!」
向こう側で心優が叫ぶ。
「天春さん!」
自分を庇って体をぶつけたひなたを見て陸が動揺していた。
「だ、大丈夫っす。危ないので1人ずつ上に」
少年がゆっくりと上にあがる。しかし既にロープには限界が近付いていた。何とか登りきった陸が崖下を覗き込むと、痛みを堪えながらロープを登るひなたがいる。
それを見た彼は自分のポケットを見た。
考えるような素振りを見せた後、首を振って、ひなたに向けて手を伸ばす。
◇
「本当にありがとうございました」
「何とか間に合って良かったっす!でも」
ひなたが崖を見る。橋は跡形もない。
「これじゃ空でも飛べない限り向こうには……」
既に残り時間は1時間を切っていた。
「崖を迂回すればまだ間に合います!」
ひなたに肩を貸しながら、陸が端末を確認する。
「っ!」
「ひなたさん?」
「何でもないっす!行くっすよ」
向こう側の心優に先へ行くよう伝え、2人は歩きだした。
◇
「ふぅ、ふぅ……」
歩きだして十分。陸は異変に気付いていた。ひなたの歩みが遅い。彼を庇ってぶつけた横腹が原因なのは明白だった。
「陸さん」
「はい?」
「この調子じゃきっと間に合わないっす。だから」
一呼吸置いてひなたが続ける。
「自分を置いて先に行くっす」
「何を馬鹿な事を」
「主催者の言う通りなら、このまま時間切れだと2人とも殺されるっす。それなら陸さんだけでも」
「俺はここに!」
「あなたまで死ぬ事になったら!何の為にあたしが助けたのか分からないっす!」
額から汗を滲ませ、ひなたが叫ぶ。
「……」
少年が1人で森の中へ歩いていく。
「それでいいっす」
◇
陸が1人目的地に向かって歩く。
(これで良かったのか?俺の目的は)
ポケットを見ながら少年が考える。何が正しいのか陸には分からなかった。
(でも、どうしようもない)
今のひなたの歩みではどう考えても間に合わない。何か方法があるなら別だが。
(こんな馬鹿な事に巻き込まれて。挙げ句こんな形で人を見捨てて)
(俺は何やってんだ?)
答えを求めるように空を仰ぎ見るが、勿論答えは返ってこない。
(元はと言えば人を殺すだの何だの、この悪趣味なゲームがわる……い……)
少年の思考が止まる。思い出したのは主催者の言葉。
(どうやって確かめる?)
陸が辺りを探し始めた。草をかき分け、木の窪みを確認し、地面を手で探る。しかし、目的の物はそこにはない。
「それなら!」
少年が何度も滑りながら木を登っていく。そこにあったのは……。
◇
「ふぅ、ふぅ……」
体を引きずりながらひなたが歩いている。その表情は辛そうだが、何処か清々しかった。
「陸さんはそろそろ崖を迂回出来た頃っすかね」
これでいいんだと言わんばかりにウンウンと頷きながら、少しずつ歩いていく。
「まさかこんな死に方をするとは思わなかったっすが」
ひなたが笑顔になる。
「あたしらしい最後っす」
ゆっくりとその場に座り、空を見た。
「死にたくないなぁ……」
そう呟く少女の背後に誰かが現れた。
暗い部屋。扉を背に長髪の男が目の前にある凄まじい数のモニターを見ている。
「うん?D6はどうした?」
映像が途切れたモニターを見ながら男が呟く。慣れた手付きで男が操作すると、録画されていた直前の映像が表示された。
「ぼや?いや違う」
小屋が燃えていた。それを消火しようとした所で映像が途切れている。またモニターが消えた。1つ、2つ。その数はどんどん増えていく。
「どういう事だ!D1からD20全て!?」
20のモニター全てが消えている。
「くそっ!E1を山エリアから移動。状況を確認しなければ」
山から飛んだそれが映像を映し出す。
「ははっ……素晴らしい」
モニターを見ながら男が呟いた。
「最高でぇす!」
山エリアに心優がいる。彼女は緑に光る地面の上で、何かを握りながら祈っていた。
残り時間は5分。心優の周りには山の目的地を目指して来た人間が何人かいるが、そこに陸とひなたの姿はない。
端末に表示された残り時間が1分になる。
「陸君、ひなたちゃん……」
悲しそうな顔で祈る心優。だが無情にも残り時間は0に……。
ブゥーン。
「何だこの音?」
その音に何人かが反応する。
ブゥーン!
それは大きく、幾つもの音に変わった。
「おい、あれ!」
男が指を差した先には……。
陸とひなたが空を飛んでいた。
無数のドローン。その上に均等に乗せた段ボール箱、それがロープで看板と括り付けられている。そこに2人は座っていた。
彼等はドローンを利用して空を飛んできたのだ。
「何とか間に合ったぁ!」
ドローンからコードを引き抜き、少年が安堵の顔を見せた。
『むっつりスケベ改め ハッカー 睦陸』
「……痛っ!ここは?」
真っ白な部屋、その中央に男が座っていた。いかにも高級そうなスーツにオールバックの髪型、不自然な程に白い歯の男。
「ハロー、陸」
「あんたは?」
「おやおや、ハックしようとした会社のCEOの名前すら知らないとは笑えるね。おい」
「痛っ!痛い!」
背中に痛みが走り、地面に顔が押し付けられる。後ろの誰かの溜め息が聞こえた。
「16歳という若さで数多のサーバーへの不正なアクセス、書き換え、他人の銀行口座からの不正な出金、他にも諸々。いったい……」
紙を見ていた男がこちらを見てくる。
「どんな親に育てられたらこうなるのかねぇ?」
男が笑いながら手を叩く。
「おっと失礼。君は施設育ちか!すまない、すまない!急いで調べたから情報が足りていなかった」
わざとらしい謝罪。
「こほん、マックス様。時間が無駄なので本題を」
背後の人物が喋る。
「おやおや、君のせいで怒られたよ。じゃ本題だ」
しゃがみながら男が俺に顔を近付けてくる。
「私はね。とても優しいんだよ。取引先の人間がムカつく奴でも、近付いてきた女が金目当てでも、ろくに私の事を知らないネットの人間が好き放題書き込んでも許してきた」
「そんな私が唯一嫌いなものが何か分かるか?」
「し、知らない」
「調子に乗った糞ガキだよ」
髪を捕まれ、地面に何度も顔をぶつけられる。口の中が一瞬で血の味になった。
「お前みたいに自分に力があると勘違いして、やりたい放題するゴミみたいな存在が」
喋りながらも顔をぶつけるのは止めない。
「この世の中で最も嫌いなんだよ」
「がっ……げほっ」
「私のような金も、権力も、地位も、名誉も、能力もある最高の人間から、お前みたいな社会のゴミが何かを奪おうなんておこがましいんだよ!聞いてるか?おい!」
「がっ!ぐっ!」
「こほん、マックス様。それでは話が入ってこないかと」
「失礼。私とした事がやり過ぎた」
男は血の付いた手をハンカチで拭く。
「それでだ。君は、私の好きな事が分かるかね?」
「し、知りません」
「ほう。素直になったじゃないか。なら特別に教えてあげよう」
中央の椅子に座り男が続ける。
「取引先の人間には不倫を捏造し、金目当ての女は贅沢をさせるだけさせて放り出し、ネットの人間は住所を特定して晒しあげた」
そんな話を嬉々として語る男を見て、心が恐怖に支配される。
「私が好きなのは……復讐だよ」
男が指をパチンと鳴らすと黒服が誰かを連れ部屋の中に入って来た。そこにいたのは……。
「翼!」
「あ……り……く?」
顔が赤黒く腫れ上がった親友だった。
「私はね。復讐はするのも手伝うのも大好きなんだ」
翼を蹴りながら、男がこちらを向く。
「止めろ!翼は悪くない!そいつは止めたのに俺があんたの会社を狙おうって!だから……」
「最初は思い上がった君の前でこいつを殺す予定だったんだが、事情が変わった」
部屋に来てから一番の笑顔をしながら男が話す。
「り……く……」
「翼もう喋るな!大丈夫だから!」
「あぁ素晴らしき友情!その姿に免じて2人とも命だけは助けてやろう」
「あ、ありがとうございます!ありが」
「喋るな。話はまだ終わってない」
腹を蹴られ、地面をのたうち回る
「一つ条件がある」
「……何を」
「3億だ。3億集めてこい」
「3億?そんなの簡単です。今すぐPCを貸してください!直ぐに集め……」
「但し」
「?」
「お前のハッカーとしての能力を使って直接お金を用意することは許さない」
「へ?」
「お前は一番の能力を奪われた状態で、親友を助け出す事が出来るかな?」
「もし集められなかったら?」
「こいつが死ぬだけだ。お前が3億集めるまで、こいつは私の所で預かっておく。期限は1年」
「何でそんなこと!何の意味が」
「意味なんてない」
「は?」
「親友を助けるために、必死にお金を掻き集める少年。この世にこれ以上、最高のエンターテイメントがあるか?」
「そんな馬鹿な……」
「復讐も果たせて、私も楽しめる。何て面白いショーだ」
男は目を子どものようにキラキラと輝かせる。
「そいつを連れていけ」
「りく……」
「ま、待ってろ翼!絶対に助けるから」
ゆっくりと扉が閉まっていく。
「忘れるな。我々はお前を見ている。もし誰かの口座からお金を奪いでもしたら」
扉が閉まる直前に見たのは、男が首を切る仕草をしている所だった。
(あれからずっとお金を集めようと頑張ってきた)
少年は無力だった。追い込まれてやっと、自分がしてきた事が、多くの人間からお金を平気で奪う行為がどれだけ最低だったかを理解した。
一円でも、百円でも1つ1つがどんなに重いか、それを集めるのにどれだけの血と汗を流さないといけないか。その大変さを、沢山の人の頑張りを彼は今まで踏みにじってきた。
(期限は残り2ヶ月。だけどお金は1億も集まっていない。だから、だから俺は)
課題をクリアした2人にそこにいた皆が歓喜の拍手を送った。そんな人達を一人一人見ながら少年は考える。
(この島に集められた30人……)
島に来てから彼はずっと思案していた。自分はどうするべきかと。そして、やっと結論が出た。
(俺はこの島で誰かを殺す!)
親友を助ける為に少年が出した結論は、とても単純なものだった……。
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