「この中には犯人しかいない」第2話


「こらひなた!やりすぎじゃ!」

「えー」

 聞き慣れた怒鳴り声。目の前にはあたしに伸された年上の男子。

「何度も言っとるじゃろ!正義なき拳はただの暴力じゃ」

 じいちゃんのいつものお説教。

「その拳は誰かを守る為のもので、痛め付ける為のものじゃない!ワシはそんな事の為にお前に技を教えてる訳じゃないぞ」

「もー、分かったっす」

 幼いあたしには祖父が何を言っているのか分からなかった。格闘技をやっていたのは、じいちゃんが好きで、道場が好きで、そこに通う人が好きだったから。

「お前ならきっと正しく強くなれる」

 じいちゃんはいつもそう言いながら、あたしの頭を優しく撫でてくれた。

 あたしには正義が何なのかはまだ分からないけど、いつかじいちゃんの道場を継ぐ時には分かってるといいなと思っていた。

 じいちゃんが暴漢に殴り殺される、その時までは……。



「陸君!ひなたちゃん!」

 心優が2人に駆け寄ってくる。

「間に合って良かった!」

 ひなたに涙ぐみながら抱き付く心優。彼女の背後には、緑のくたびれたコートを着ている男や、指輪を付けて手を繋いでいる夫婦らしき男女、柄の悪そうな男が立っていた。

「でもどうやって?」

 心優が緑のランプが点滅するドローン達を見ながら質問する。

「少しプログラミングに詳しいんです」

 少年は端末を持ちながらニッコリと笑う。

「陸さんがいなかったらあたしは死んでたっす。本当に感謝っす!」

「俺だって天春さんに橋で助けて貰わなかったら死んでましたよ」

「でも何でドローンがあるって分かったっす?」

「主催者の話を思い出したんです」

「話?」

「人を殺したらその人に3億って話でしたけど、誰がやったかどう確かめるのかと。周りを探してもカメラはなかった」

 思い出すように目を閉じ、腕を組みながら続ける。

「空にドローンがあるのに気付いてからは、人が死ぬような状況をわざと作り出して誘き寄せ、後は」

 少年が端末のコードを伸ばしニヤリと笑う。

「まぁ結局命懸けでしたけど」

 少年は乗ってきた看板や段ボール箱、ドローン達を見ながら頭を掻く。

「陸君凄いです!」

 思わず心優が陸に抱き付く。

「それ程でも」

「あ、あの陸君?」

 無意識でやった恥ずかしさから離れようとする心優。

「は、離してくれます?」

 彼女の背中に回された少年の手は、万力のようだった。

「陸さんってスケベっす?」

「違います!」

 少年は間違いなくむっつりスケベだった。

「レディース&ジェントルメーン!」

 再び島に声が響き渡る。

「何と驚き!初日の脱落者は0人!ここは羊だけの村だった!?」

 島内の各目的地で皆が話を聞いている。

「今日の課題はこれで終わりでぇす!皆さんゆっくり休んで下さぁい」

 皆の前に、荷物を持ったドローンが飛んでくる。そこにはキャンプ用具や食事などが入っていた。

「明日の朝から皆さんの仲間が島内に解放されまぁす!

 その言葉に皆が首を傾げる。

「皆さん、人間以外に殺されないで下さいね?

 まるで内緒話のように呟いた所で話は終わった。
 


 じいちゃんが亡くなってから数年。元々遺す気がなかった両親によって道場は潰され、そこに通っていた人ともあたしは疎遠になっていた。
 独学で格闘技を続けてあたしは強くなったが、じいちゃんの言っていた事は未だ分からないままだ。

「あれは」

 路地裏にたむろする学生。

「金華学園?」

 この辺りで有名な進学校の制服。そこの学生達が1人を突き飛ばしていた。どう見ても遊びの範疇ではない。

「触らぬ神に何とやらっす」

 無視しようとした所で気付く。

「あれ?」

「お前みたいなのが僕に逆らうな!」

「ぐっ!」

「ほらもう一度ぉ!」

「げほっ」

「ははっ!最高!もうい……何だお前?」

「止めるっす」

 殴りかかろうとする腕を押さえて止める。高そうな装飾品を付けたオカッパの男がこちらを睨み付けて来た。

「げほっ!……あれ君」

「お久しぶりっす」

 そこにいたのは昔、私が伸した年上の男子だった。

「気安く触ってんじゃねーぞ!このアマ!」

 殴ろうと伸ばして来た相手の腕を弾き、そのまま後ろ手に押さえつける。

「痛い痛い!」

「二度とこの人に手を出すなっす」

「わ、分かったから!」

 仲間を連れオカッパは逃げ出した。



「ひなたちゃんまた強くなったんだね。まるで天春師範みたいだった」

「え?そうっすか?」

 あたしは照れていた。

「またあの時みたいに皆で集まって強くなりたいなぁ……」

「ははっ……そうっすね」

 もうそんな場所はない。

「これあたしの連絡先っす。またアイツに何かされたら言ってくださいっす」

 自分はじいちゃんのようになれてるのかも知れない。そう考えると嬉しくて仕方なかった。

 次の日あたしは学校を退学になった。



 早朝。山の上で空を眺めながら陸は考えていた。

(主催者は何がしたいんだ?)

 近くには昨日届けられたキャンプ用具や、食事が置いてある。

「それに」

 陸が奪ったドローン達。今はその姿が消えていた。

(操作権を取り返された。だけど、何かされる訳でもない)

 不自然な状況が多すぎた。陸が山の上から周りを見渡す。幾つものエリアに分けられた島。

「この島もしかして……」

 ――ピロンッ!

 2日目の課題を報せる着信音が鳴った。

「ざっけんじゃねぇ!次も荷物持ってまた移動だと?舐めてんのか!」

 柄の悪そうな男が叫んでいる。陸達の目の前にはドローンが運んできた大きな荷物があった。

「俺はもうやらねぇぞ!」

 男はキャンプ用具を持って山の中に消える。夫婦らしき男女は課題を見て直ぐに出発していた。残ったのは陸達3人と……。

「おうおう、荒れてんねぇ」

 緑のくたびれたコートを着た男が煙草を吸いながら陸達の所に近付いてくる。

「あなたは?」

「あぁ、俺の名前は青柳戒(あおやなぎかい)だ。よろしくな坊主」

 『渋オジ 青柳戒』

 陸達も自己紹介をした後、荷物の中身を確認する。そこに入っていたのはただの重りだった。

「重っ!」

 少年がひっくり返りそうになる。

「そうっすか?」

「お、重いです」

 ひなたは軽々持ち上げ、心優は震えながらも何とか持ち上げた。

「重さは20キロくらいか」

 戒が片手でそれを持ち上げる。

「俺もお前らと一緒に行っていいか?」

「それは……」

 陸が2人に確認を取る。

「よろしくっす」

「よろしくお願いしますね」

 4人での移動が始まった。

「まさか次の課題も目的地への移動とはなぁ」

「今度はこれ持ってかないと……おっとと」

 倒れそうになる陸をひなたが支える。彼女はドローンの支給品にあったコルセットを着けていた。

「でも問題は」

 心優が震える。

「今回の目的地が1つって事ですね」

 少年が続けた。今回の目的地は島の中心。30人が1ヶ所に集まる。それが意味するのは……。

「待て!」

 戒が3人を止める。遠くに見えたのは先程の柄の悪そうな男。彼は追われていた。

「何だアレ?」

 四足歩行の何か。犬のような大きさだが、見た目は……。

「機械の犬?」

 心優がその場に座り込む。男は3匹の機械犬から逃げていた。その爪や牙は犬よりも鋭い。

「俺らはここで様子を……おい!」

 荷物を置いてひなたが飛び出した。

「逃げるっす!」

「お、おう」

 茂みに1人逃げ出す男。それを見て戒は煙草に火をつけた。

「あんな奴助ける価値もねぇだろ」

「助けに行かないんですか?」

「そう言う嬢ちゃんは」

「私は弱いですから」

「ほーん。……なぁ嬢ちゃん。その制服金華のか?」

「はい?そうですけど」

「……」

 目の前の一匹に回し蹴り、ひなたは痛そうな顔をするが、それは昨日の怪我が原因だ。飛び掛かってきた二匹目は腕を掴み一本背負い。三匹目は……。

「ふぅ……」

 何とか犬の背中に乗った陸がコードを差して動きを止めていた。

(やっぱりこれにもある)

 彼がコードを引き抜こうとした瞬間。

「坊主!」

 陸の後ろに4匹目が現れた。彼の乗る3匹目の頭を足場にひなたが飛ぶ。回転を加えた蹴りが、機械犬の頭を粉砕した。

「ふぅー、ひなたさんありが……」

 ひなたは動かなくなった4匹目に拳を振り下ろしていた。

 何度も、何度も……。

「ひなたさん!」

「……え?あ、すまないっす!つい夢中で」

 笑う彼女の手には自分の血が付いていた。



「やっぱり学校がないと暇っすねぇ」

 構えを解き、深呼吸する。

 学校を退学になったあたしは暇を持て余していた。退学の理由はオカッパとのやり取りを誰かが通報したらしい。

(じいちゃんの言っていた正義ってこういう事かも知れないっすね)

 経緯はどうあれ、あたしは自分がした事とその結果に納得して、清々しさすら感じていた。

 ――ブーッ!ブーッ!

「うん?もしもし」

「あーほんと最高!あのアマは退学!そして、あいつも二度と僕に逆らえない」

「いや、本当に最高でしたよ」

「だろ?特に殴りまくって動かなくなった辺りからが最高だった!」

 道の先から聞こえてくる不快な声。

「殴る度にビクビク体だけが痙攣するんだぜ?玩具みたいでマジ最高!」

 その姿がハッキリ見えてきた。

「そうだ!あいつのいる病院行ってまたやるか!父さんが揉み消」

 目の前に立つ。

「あ?てめぇ何しぐぇっ!」

「何が楽しいっす?」

 殴る。1発、2発。

「がっ、げぇ許しぐっ」

 相手が意識を失っても殴り続ける。何度も何度も何度も……。

 その日、あたしの正義が動き出した。



(この島の中にいる悪、殺人犯を倒す。そうすればあのオカッパを殴った時みたいに、あたしの正義は証明される)

「そうっすよね。じいちゃん?」

 呟きながら拳を握り、恍惚とした表情を浮かべる少女は、まるで正義に酔っているようだった。

 『パワフル少女改め 暴行犯 天春ひなた』

「言おうか言うまいか悩んだんだが」

 目的地に向かう途中で男が止まった。

「青柳さん?」

 戒が煙草に火をつける。

「俺は……」

 ゆっくりと煙を吐く。

殺人犯だ

 その男は皮肉げに笑った。

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