「五つの穴と遅刻勇者」第2話
再生歴316年。
『セントレア辺境の村 ホープ』
「母ちゃん!!」
「ノノア!」
地面に倒れた大魔道士から反応はない。
「何で」
――その時、空から何かがホープ達の目の前に降りてくる。現れたのは……。
白いアナザーだった。
村を襲っていた黒色とは別の、白い鎧のような表皮を纏った化物。その右手には白い剣が握られていた。
「お前が母ちゃんを?」
「ホープ!」
遅れて、ホープの祖父や他の村人達も合流してくる。傷を負ってはいるが、村の中にいた全員が無事だった。
「ノノア!?何じゃこの状況は」
倒れている娘を見て杖を構える祖父。祖母や他の村人達も自然にホープ達を庇うように前に出る。一触即発な状況の中、それを掻き消したのは……。
「氷岩石(アイスロック)」
大魔道士の呪文だった。
白いアナザーの真上に作られた巨大な氷の塊が、真下にいる全てを押し潰す。
「あぁもう! 何の為に私達が気を遣ってたと思ってるのよ」
ノノアは自らの杖に乗って空を飛んでいた。白いアナザーと一緒に潰れた民家を見ながら彼女は怒っている。
「ごめんケスリノ」
「俺の家ぇぇ!」
家の持ち主が叫んでいる。その顔は心なしかアナザーと戦っていた時より曇っていた。
「母ちゃん!」
「心配かけてごめんね」
ホープに笑顔で返すノノア。彼女の左足は血が混じり赤くなった氷で覆われていた。
「忘れてた。氷結(アイシクル)」
地面に落ちていたノノアの切断された左足が一瞬で凍り付く。
「足は後でどうにかするとして」
彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいる。それでも向き合うのは……。
――ガリッ!
氷の岩石の下から這い出してきた白い化物がいたからだった。
「初対面の挨拶としてはちょっとマナーがなってないんじゃない?」
杖に腰掛けたままノノアは静かに怒る。氷の下でジタバタとしていたアナザーは諦めたように動きを止め、ゆっくりと口を開いた。
「コイ」
「は?」
その場にいた全員が驚いていた。巨大な魔法をくらっても化物が生きていたからではない。アナザーが喋ったからだ。
「喋る個体?そんなの今まで……」
「コイ!」
考えるノノアを無視して、化物が続けて叫ぶ。
「おい、あれ」
村人が指差した方向にいたのは数匹の黒いアナザー。それらが白いアナザーの方に向かってきていた。
「援軍? クソッ!あんた達の目的は?答えなさい!」
「ドコニイル?」
「え?」
「カコ、ヒビ」
「何を言って」
「イマ、マホウカンチ」
「っ!?」
大魔道士は驚いていた。アナザーが喋った時よりも強く。意味の分からない単語の羅列が、彼女には伝わっていた。
「魔法人形(マジックドール)」
「え?」
杖の魔石から魔力で作られた鷹が現れ、ホープの肩をその足で掴む。
「私の魔力を込めてるから、ホープでも少しは使える筈」
母が投げて寄越した小さな魔石を少年は受けとる。
「母ちゃん何を?」
母が少年の首にアクセサリーを掛けた。
「それは絶対になくしちゃダメだからね? 渡した魔石は直ぐに使うから手に持っておいて。杖はある?」
「1本はあるよ。でも……」
「ごめん、皆。ホープをこの村から出す。協力して!」
「何を? それに母ちゃん顔色が……」
母は混乱する少年を無視して、村人に向き直り頭を下げる。その顔は足の傷のせいか青ざめていた。
「俺達はホープ村の住人だ。仲間の願いは絶対だ」
村人達が、母と息子を守るように囲む。
「行きなさい」
「待っ……」
鷹がホープを連れ飛んでいく。それを邪魔するようにアナザーが飛び掛かるが、村人の魔法が直撃し、道が開ける。少年は遠く離れていく母をただ見ている事しか出来なかった。
――ザザッ……。
「……聞こえる?」
「母ちゃん!?」
その声は母が投げて寄越した魔石から出ていた。
「ホープ、あんたは今からフォンの町に行きなさい。そこのギルドでアクセサリーをポンって名前の男に見せて、勇者の力を借りたいって言うの」
「何で?僕も村に残……」
「それは絶対にダメ! もし勇者を連れてきてもあんたは町で待機してなさい」
襲ってくるアナザーをいなしながら大魔道士が魔石の向こうにいる少年に語り掛ける。
「私は超ワガママなの。自分の大事な者も守りたいし、その子の大事なものも全部守りたい」
「母ちゃん?」
「昔ね。あんたが熱を出したことがあったの。今思えば大したことない事だけど」
「焦って何も出来ない私の代わりに、ケスリノは町まで医者を呼びに、ノソイさんはタオル寝ずに替えてくれて、カササイさんは栄養のつく果物を採りにいってくれたの」
「その時私はこの村に帰ってきて良かったって本気で思った」
「私もこの村や人が大好き。だから全部守りたい。でも今の私じゃ、全部は守れない。こんな状況を何とか出来るのは多分勇者だけ」
氷の下から這い出した白いアナザーを見ながら彼女は続ける。
「これから使う魔法の期限は多分1ヶ月くらい」
大魔道士は、ローブの中から魔石を取り出し、それを握り締め砕いた。
「15年溜めた魔力を全て解放する」
少年を村の外まで運び、鷹は消え去った。ホープは村の方を見る。
「時間停止(タイムアウト)」
魔石の向こうから聞こえる母の声。村から光の柱が上がり、その光が村を包んでいく。
「誕生日祝えなくてごめんね」
「そんなの……」
「愛してるよホープ」
「ぼ、僕も大好きだよ!」
「ふふっ、ありがとう。待ってるからね」
その言葉を最後に、少年の手元の魔石は砕け散った。
そして、希望の村ホープ、そこで刻まれていた時間が止まった。
15年前。王都壊滅と同時刻。
『セントレア辺境の山ビリーブ 山頂付近』
「あー腹立つ!あのタヌキ!」
手に持った杖を勢いよく振り回しながら、少女が山道を歩いていた。
「これっぽっちの報奨金でどうやって生活しろと?」
少女は、ずれそうになる大きな赤色のとんがり帽子を直しながら怒っている。
「元勇者パーティー、真紅の大魔道士ノノアにこの仕打ち。次に会ったらただじゃ置かない!」
面と向かって言わず、こんな山奥で愚痴を叫んでいる時点で、少女にそんな勇気がないことは明白だった……。
「ぐすっ、大体何よ!クエスト中に家屋を破壊したくらいで賠償金を払えだの何だの……。怪我人が出なかったんだから別に良いじゃない!」
紅潮した頬で叫ぶこの女は明らかに酔っていた。大きな赤い魔石が付いた木製の杖、そこには紐で酒瓶が括り付けられていた。
「このままだと村に戻らないと生活が、うっ!ぐえっ!おぇぇーーオロロ」
酒に呑まれ、勢いで山を登り、その山頂で木々に己の愚痴と吐瀉物をぶちまける少女は、自らが名乗った大魔道士とは程遠い様相だった。
「うっ、おえっ!大体ねぇ、こうなったのも」
――バキッ!
「何の音ぉ?もしかして私の背骨折れたぁ?」
丸まりながら吐いている以外、少女は傷1つない健康な状態だった。
――バキッ!バキッ!
「何あれ?」
少女が酒の勢いで登ったビリーブ山、雲に隠れて全く見ることが出来ない山頂付近。そこより少し上の空中に大きな亀裂が走っていた。
「あれは……」
少し前まで酔い潰れていたようには見えない綺麗な姿勢で、少女は立ち上がっていた。
その瞳はとても真剣で、口から垂れる涎以外は間違いなく大魔道士と呼ばれるに相応しい表情だった。
「遠視(スコープ)」
少女がそう呟くと同時、魔石に遠くの景色が映る。山頂より少し上、そこにある亀裂を眺める。
「嘘でしょ?」
驚いた声を上げながら、彼女が見ていたのは亀裂……ではなく、そこより少し下だった。
「ちくしょう!」
杖に魔力を込めて前方に放り投げる。それは地面に激突する前に止まり宙に浮く。少女も躊躇なく飛び上がり杖の上へ器用に着地した。
「風爆(エアロ)」
呪文によって杖の魔石から、凝縮された風の塊が生み出され、少女を乗せたまま弾丸のように飛び出す。
二度呪文を唱え、更に加速。まだ目的地まで距離がある。沢山の木たちの間をバランスをとりながら避けていく。
「広範囲探索(エリアサーチ)」
魔石を中心に魔力の波が球形に拡がっていく。その波は山頂全体を一瞬で覆った。
「くそっ!間違いじゃない!」
冷静だが、憤るような声音で、彼女は前を見る。三度呪文を唱え加速し、まるで流星のように飛んでいく。
木葉が頬を切り、ローブが枝で裂け、垂れてくる血すら無視する。山頂は目の前だ。もう二度加速した瞬間に、少女は杖から前方に弾丸のような速度で飛び出す。
「間に、合えぇーー!!」
山頂付近の大きな亀裂、そこから落ちてきた何かが地面に激突する瞬間、飛んできた大魔道士が間一髪それを抱きとめた。
全速力で飛び出した勢いのまま地面を転がり、大木に背中からぶつかった所で、彼女の体がやっと止まる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒くなった呼吸を整えながら、地面に横たわった彼女がゆっくりと起き上がる。
「痛っ、良かった!無事っ、うっ!オロロ!」
大魔道士は二度吐く。酔ったまま高速飛行を行った彼女の三半規管は限界だった。
「きゃっきゃっ!」
そんな彼女を見てそれは楽しそうにしていた。ビリーブ山の山頂付近に出来た大きな亀裂、そこから落ちてきたのは……。
綺麗な布に包まれた赤ん坊だった。
「ふぅ……。これから忙しくなりそう」
口元を拭う大魔道士を、赤ん坊は笑顔で楽しそうに見ていた。
再生歴316年。
『ホープ村 近隣の森』
「あ」
膝を突いたホープが呻き声を上げる。少年は自分が逃げ出した結果と対面していた。
彼の目の前には、血溜まりと小さな手が1つ落ちている。
「あぁ……」
自分が逃げなければ、大人を早く呼べていれば、これは愚かな自分が招いた結果なのだと、親友2人が自分のせいで……。
「うあぁぁぁぁ!!」
森の中で、少年が叫ぶ。
しかし、彼はまだ知らない。
希望の村、ホープ。そこが襲われた原因は、そもそも自分自身にあったのだという事を……。
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