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いま、味わいたい感情は何?【本屋大賞より】

本屋大賞が発表されましたね!

今年の大賞は
「成瀬は天下を取りに行く」でした。

本屋大賞は、現役の本屋さんたちが、今一番売りたい本を選ぶので、物書きとしての技巧的なものよりは、一般人の感覚に近いところで、感情にブッ刺さったものがきっと選ばれてるんだろうなぁと思うからこそ、選出された本たちには「いま、世の中が一番味わいたい感情」が現れているんだろうと感じています。


つまり時代の空気や感情を反映しているものが選ばれていると思うので、もし何か商品やサービスを作るとか、メッセージを発信するとか表現するとか、あるいは「今、何が起きているのか」といった「いま」をおぼろげながらにもキャッチするには、とても最適✨!


という視点で読んでいるのですが、、、

今回の選出作品のうち
大賞の「成瀬は天下を取りに行く」(宮島未奈著)と、6位の「黄色い家」(川上未映子著)までは読めて、

現在進行形では
4位の「スピノザの診察室」(夏川草介著)を読んでるとこ。(読んでるっていうか、audibleで聴いてるっていうか。笑)


ここまで読んで
「成瀬は天下を取りに行く」と「黄色い家」はすっごい対照的だったので、今日はそのことについて書いてみようと思う。


対照的な少女の物語。成瀬と花。


「成瀬は天下を取りにいく」

2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。
コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。
M-1に挑戦したかと思えば、自身の髪で長期実験に取り組み、市民憲章は暗記して全うする。
今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。
発売前から超話題沸騰! 圧巻のデビュー作。

Amazonより

「黄色い家」

人はなぜ、金に狂い、罪を犯すのか―― 世界的作家が、孤独な少女の闘いを渾身の力で描ききった最高傑作。

2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つける。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていた。長らく忘却していた20年前の記憶――黄美子と、少女たち2人と疑似家族のように暮らした日々。まっとうに稼ぐすべを持たない花たちは、必死に働くがその金は無情にも奪われ、よりリスキーな“シノギ”に手を出すことになる。歪んだ共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解へ向かい……。

Amazonより

それぞれの共有点は、
●少女たちの、少女時代を描いている
●「コロナ」時代をストーリーに被せているところ。


「成瀬は〜」の成瀬と「黄色い家」の花、それぞれの少女は、全く対照的な生き方をしている。


ひなたの人生と、日陰の人生だ。

全世界の人たちの共通体験「コロナ禍」。
あれはどんな時間だったのか、あの時何が起きていたのか。

その共通体験をかすめていくから、フィクションなのに、とてもリアルに感じられる。この登場人物たちは、今もこの瞬間、どこかで生きているような温かさと親近感を感じる。


で、今の時代の感覚は「成瀬」を選んだ。


成瀬を選んだ、時代の「気分」


成瀬は、周りを気にせず、自分で考え、自分で決めて、小さな行動を起こし、途方もない夢を言葉にし、一つ一つに没頭し、周りにインパクトを与えながらどんどん叶えていく。「私は、私を生きる」、そんな眩しい主人公だ。


だからと言ってとても大それたことをしているわけではない。
滋賀県の小さな町で、誰でもできるような小さな行動を積み重ねて、自分の人生を積み上げていく。

読んでいて、成瀬はとても気持ちがいい。
すがすがしいほどに真っ直ぐ。
だからと言って、誰も真似できないようなすごいことをするわけではない。誰でも無理なくできるけど、勇気が出ないことをやっている。


例えば、コロナ禍で学校で大した夏の思い出が作れないから、閉店する西武デパート前で毎日行われる地方ローカルの夕方ニュースの中継に映り込むとか、M1グランプリの予選に出てみるとか、百人一首を極めるとか。


多分、この成瀬の裏側に、花みたいな少女がいる。
どんなに頑張っても、正しい道に戻れない子たち。
「普通」に生きれない、いったいみんなどうやってそんな「普通」に生きてるの?情報も福祉も生活保護も、彼女たちにかからない。犯罪と隣り合わせの、女性の貧困の話…。


すごい体験を味わえる、すごい物語が「黄色い家」だが…


正直「黄色い家」は読んでいてしんどかった。
しんどかったし、異様で鬱々としたシーンが続くので、読み進めながら「これ、どういう方向に向かってるんやろ?」「これ、何の話になってくんやろ?」という感じで、ストーリーを読むというより、「体験」をしている感じだった。


こういう社会問題があること、そういう現状があること、お金にずっと苦しむ人たちがいること。それを少女たちが背負っていること。
それらを手触り感を持って「すごい体験」を味わえるすごい作品が「黄色い家」だったけれど、その筆者の素晴らしい書く力によって、本当に「体験」できるからこそ、


「もうそのしんどさは体験したくない…」「このしんどい体験を、人にも薦めたいかと言うと…」と思ってしまう。タイミングが悪かった、と思う。


私たちが「いま」感覚的に味わいたいのは、等身大の解放だった。
どこか押さえつけられていたような感覚だったコロナの3年間。
足枷が全て外れて、もうそこらじゅう外国人観光客で溢れてて、イベントはどんどん復活してる。


なんか、コロナ禍、疲れたね。
うん、疲れた疲れた。
いつもと違うことをすること、変化があることは疲れるものだよ。
だからやっと慣れ親しんだ日常が戻って、力が抜けて、温かさと安心に包まれて、また一歩踏み出せるような、軽やかで元気の出る物語が読みたい。


疲れた心に染み渡るような、無理のない物語。
それを味わいたい気持ち。


それを退屈させない程度で、いいバランスで体現し、パワーをくれ、先頭に立っているのが、成瀬だった。


インパクトはないけれど


「成瀬は天下を取りにいく」は、小説として素晴らしいかというと、ちょっと物足りなく、インパクトも感動も大きくなく、平凡な、けれど前向きな日常感が強い。


と書きながら、2022年の本屋大賞を受賞した「同志少女よ、敵を撃て」がとんでもないインパクトと圧倒的感動と引き込み力と、そこに出てくる少女たちの人間味を思い出して、あの時が「すんごいステーキ食べた感」だったら、成瀬は「めっちゃ美味しいお母さんのお弁当食べた感」かなぁ、


2022年の「同志少女よ、敵を撃て」も2023年の「汝星のごとく」も引き込まれ、インパクトが大きく、そして人が死ぬ物語。
「成瀬は天下を取りにいく」は誰も死なない。で、すごく私たちに限りなく近く、でも私たちでも手の届く一歩先の新しい世界を感じれた。


この日常のささやかな解放感を凌ぐほどの、圧倒的作品が今年はなかったってことなんかなー。


世の中がしんどいことも分かってる。
大変なことも分かってる。
戦争もまだ続くし、いろんなものはまだ値上がりするし。
だからでっかい、ありえないような夢は描けないけど、でも面白くて楽しい半径3kmの幸せを作ることはできるかも。そう思えるリアルが、今味わいたい感情たちなのかなーと思った。


辛い現実に目を背けたいわけじゃない、そろそろ等身大の一歩を踏み出したい気分なだけ。その結果が、この本屋大賞でしょうか。



そうそう、そういう意味ではいま読んでる「スピノザの診察室」も同じ空気感だなー。

作者がとても素敵なメッセージを書いていた。

●著者より 読者の皆さまへメッセージ

医師になって二十年が過ぎました。
その間ずっと見つめてきた人の命の在り方を、私なりに改めて丁寧に描いたのが本作です。医療が題材ですが「奇跡」は起きません。
腹黒い教授たちの権力闘争もないし、医者が「帰ってこい!」と絶叫しながら心臓マッサージをすることもない。

しかし、奇跡や陰謀や絶叫よりもはるかに大切なことを、書ける限り書き記しました。
今は、先の見えない苦しい時代です。
けれど苦しいからといって、怒声を上げ、拳を振り回せば道が開けるというものでもないでしょう。
少なくとも私の心に残る患者たちは、そして現場を支える心ある医師たちは、困難に対してそういう戦い方を選びませんでした。
彼らの選んだ方法はもっとシンプルなものです。
すなわち、勇気と誇りと優しさを持つこと、そして、どんな時にも希望を忘れないこと。本書を通じて、そんな人々の姿が少しでも伝われば、これに勝る喜びはありません。
(夏川草介)


そう、このトーンですよ!!


奇跡や陰謀や絶叫よりもはるかに大切なこと。



これを味わいたい。
そして、これは「成瀬は天下を取りにいく」にもあった。
本屋大賞2位の「水車小屋のネネ」もどうやらそんな感じの物語っぽいぞ。


他の作品も読んでみて、「いま」を味わってみたいと思います。


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