自分が嫌な自分と、どう向き合うか?
もう4年前のことだ。
NewsPicks主催のストーリーメイキング講座に通っていたときに、講義のなかでトピックに挙がった小説があった。
それが平野啓一郎さんの「空白を満たしなさい」だった。
この小説が、自殺する人の心理を丁寧に、丁寧に描いている、とのことだった。
なんだかんだで読めずにいて、今。
やっと手に取ることができた。
死にたくなるくらい辛い人に、届く言葉は
なるほど、分人の考え方はこの小説で登場するのか。
「消したくなるような、自分の嫌な部分とどう向き合うか」「嫌な自分を、どう肯定するか」がテーマだろう。
でもそんな小説を貫く一本矢のようなテーマよりも強烈に、自殺未遂者への切々としたメッセージを感じる小説だった。
かくいう私も、自殺したい、死にたい、消えたいほど苦しいと思ったことなんて何度もある。気力も枯渇して、無感情になる。その悲しみは、他人にとっては些細なものでも、当の本人にとっては地獄であり、絶望だったりする。
そういうときは大抵、薬の力を借りるでもいいから、まずは体を休ませることが大事だけれど、休息から少し復帰したくらいがいちばん難しくて、そこから通常モードまでが果てしなく遠く感じる。
この暗闇は、いつ抜けるのだろうかと。
ゴールが見えない苦しさだった。
自殺したい人の心理はよくわかっているつもりだった。
そう、本書を読むまでは「つもり」だった。
死にたい気持ちは、そのきわになると、いろんな言葉で説得させられる。
けれど、実際にその気になった当の本人は思考も見える世界もグッと狭くなっているので、生半可な言葉は届かない。
共感よりも先に、引き留めにかかる。
ところが、自分のためにさえ生きれない状態なのだから、そこで「残された家族は」「こどもは」「わたしは」どれほど悲しむのか、どれほど辛い人生を今後歩むことになるのか、と言われたところで、決定的な救いの言葉にならない。
佐伯が自殺の間際に言った言葉が反芻する。
「で、これの何が面白いんですか?」
強烈に主語が「自分」になっている本人にとっての最重要課題は自分の辛さであって、そんないっぱいいっぱいの人に他人の話、ましてや家族の話なんて入ってこない。
未来の誰かの辛さよりも
「いま」辛い、私をどうにかしたい、だもんね。
そんな感情さえ懐かしく感じた。
そして、見えなかった角度から、とても深くまで刺してくるのがこの小説だった。
そのひとつに「どの自分が、どの自分を殺しているのか?」という問いがあった。
私の好きな「わたし」を足がかりにしていく
その考え方は新鮮だった。
小説の中では、主人公は「消したくなるような、否定したくなるような自分が、自分を殺しているのでは」なく、「善人の自分が、消したくなるような自分を殺しにかかる」ということに気づいた。
ああ、そうか。
あのときの私は、
うそつきで、見栄っ張りで、周りの評価と現実をなんとか合わせようとして、でも、誰からも信用されなくて、人が苦手で、誰かのために生きれなくて、そんな「自分の構築をやり直したくなるような」「嫌な」自分をとにかく消したかったのだ。
では、自分の嫌な分人とどう付き合っていくのか。
小説の中で、「分人」の考え方が出されている。
そう、好きな分人を足がかりにしていくのだ。
誰といるときの自分が一番好きか。
でも多分、一人でいる時の自分が一番リラックスしていて好きだ、という人もいるだろう。(それは私)
でもそれでもいいと思えた。
自分自身が心地いいと思っている時間を足がかりに、少しずつ、少しずつでもいいから、増やしていけばいい。
これ、密かに「いい面」に視線を向けようとする行為でもある。嫌な自分にフォーカスしすぎないようにする。それって自分を「今のままのあなたも十分素敵よ」と自分を肯定するような行為でもありますよね。
そこが生き始める、始まりだ。
小説では、自殺の原因が分かって、物語は終わるかと思ったのに、まだまだページは半分以上残っていることに焦る。
え、ここからどうなんの?
下巻の半分を過ぎたあたりから、手に汗にぎる。
主人公は、復生者がまたどんどん消滅していく現実を前に、「自分もまたこの世から消えてしまうかもしれない」と、ひどく怯え、恐れ、焦る。
自殺したことをひどく後悔する。
「あの一瞬さえなければ」と何度も悔いる。
そうして、いろんな角度から
消えたい、死にたいと思っている人へ、いろんな視点を投げかける。
もう死の淵に立ってしまっている人には、その言葉たちは間に合わないかもしれない。でも、通常運転のときに読んでおいて、ググッと自分自身と世界への捉え方を変えるきっかけをもらうには、とてもいい。
この分人の考え、どこかのタイミングでもっと深めたい。
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