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6人目の妊娠がわかってからのこと

6人目の命がお腹にやってきた。
41歳、経営者。現実を受け止めるまでに正直、時間がかかった。

妊娠発覚の経緯
年の瀬の繁忙期。
いつもは子どもを寝かしつけたあと、夜中に起きて仕事をするのが習慣なのだけど起きられない日が続いた。
だるさや熱っぽさもあり、37.5度前後の熱も一週間以上。
そのうち胃のムカムカも出てきて、「いよいよ日頃の過労がたたったかもしれない」とも思い、事務所のビルの中に入っている内科のクリニックへ仕事中にこっそり受診しに行った。
診察では異常は認められなかったものの、体重が3㎏も落ちていること、1週間以上も吐き気と微熱が続いていることを告げると「今度胃カメラを飲んで詳しく検査しますか?」と勧められ予約をすることに。
(この間、医師ですらこの問診で1㎜たりとも妊娠を疑わなかったのは高齢出産の現実か・・・)
 胃カメラ当日、風邪を引いてしまい鼻が詰まってしまう。胃カメラは鼻から入れるものを選択していたたため鼻づまりはNGで、不安は残るもののキャンセルの連絡をする。今思うと幸運だったといえる。

・・・直後、「妊娠」という一つの限りなく小さい可能性が浮かんだ。
絶対にあり得ないと思いつつも検査をするとあっという間に陽性反応。
動揺したものの、このだるさも気持ち悪さもすべて新しい命が宿ったからだったのか、と思った瞬間、 ”一瞬だけ” ふわっと幸せな気持ちになった。

現実と向き合う

5人目の末娘が4歳半。春から幼稚園に行くようになってから、トイレも着替えもほぼ一人でできるようになった。14年ぶりにわが家におむつがない生活がやってきた。一人で歩いてくれる、物音がしても夜中に起きないから仕事を中断されることもない、車に乗り込むときも抱っこで乗せてベルトを締める必要もない、言葉で大抵のことが伝わる、
5人のきょうだいたちは本当に仲が良く、日々助け合い、夜はいつも集まって楽しそうに遊んでくれる・・・私にとってはこの上なく快適な毎日だった。

仕事の方は5人目が産まれたときも忙しかったことを記憶しているけれども、今はさらにその比ではない。個人事務所だった当時から代表を務める法人は2つ。さまざまなマネジメントも実務もこなす。エリアは全国規模なので毎月の出張も必須となっている。
同じオフィスで働く夫の強力なサポートはもちろん、今こうして全国飛び回って働くことができているのはやはり子どもたちの成長が大きいと感じる。
それゆえに今のギアを上げ始めた状態からまた減速しなければならないことへの失望感は大きかった。
そして自分のやる気の問題よりも、組織のトップとしての「責任」がさらに重くのしかかった。
 育児休業を率先して取る社長は増えている。社会的評価も高い。
むしろ産前産後まではむしゃらに身を粉にして働く女性に対しては何となく

”イマドキではない”、
”普通に頑張る女性が増えることが良しとされる世の中でどこかケンカ売ってる感がある”、
”時代と逆行する「化石のキャリアウーマン」のような印象すら与えてしまう”、
ということで同性からの好感度は正直良くないと思われる。
 逆にお客様の方はというと、5人目の妊娠報告の時も当然ながら戸惑う方が多かった。「やっていけるの?」「本当に5人も育てられるの?」そんな率直な言葉も受けた。
そういった声が行く先々から飛んでくることが分かっていたので、結局は「自分自身はどうしたいか」ということが一番大切なんだと思いつつも、ますます答えが出せなくなっていった。

夫は?というと、そんな私の葛藤を横で見ながら「自分としては赤ちゃんに会いたい気持ちだけど、責任や葛藤はよくわかる。だからどんな答えを出しても納得すると思う。」そんな風に言われた気がする。

産婦人科にて

そんなこともあり、2度目の産婦人科の検診時には別の病院へ行き、「産むことを迷っています。」と正直に医師に告げた。
医師は表情を変えずに、「今の手術はすぐ終わるし術後の負担も少ないんですよ。」と淡々と説明を始めた。いやいや、まだそこまで決めたわけでは・・・と内心思いつつも淡々と診察は続く。
診察台に載ると、普通はモニターが見られるのになぜか見えない。
診察室に戻ると超音波写真が裏返しに置かれていた。
「もし見たかったら見てもいいですよ。」と言われ、私はまだそこまでの罪悪感というものはなかったので普通に写真を見た。
いつもよりぼんやりとした写真だった。
・・・こういうことか。
だんだん現実を受け止めつつも「早い方が負担は少ないですよ。予約入れますか?」という言葉を聞いて「もう少し考えます。」と病院を出た。

ちょうど名前が呼ばれる直前にふと目にしたネット記事に、企業の女性活躍をリードしている著名な女性の講演の内容が目に入ってきたのだけれども、そこに
「迷っているなら産みなさい。今あなたたちの中にわが子を産まなければ良かったと思っている人はいますか?」
と書いてあった。

何となく気持ちの整理もしたくて、午後にもともと予約していたクリニックへ同日に2度目の受診をした。何も言わずに夫はついてきてくれて、子どもたちも何かを察したのか、長時間5人で留守番をしてくれていた。

「おめでとうございます。元気に育っていますよ。」
午前中と180度違う医師の対応に戸惑いつつも、この「おめでとう」という言葉が私にはストンと胸に落ちた。

そこでようやく覚悟が決まった。

これからのこと
これまでなぜ5人も子どもを産めたのかと考えたとき、いつも「いま自分のお腹に新しいがやってきたことには意味がある。きっと道は切り拓けるはず」という超楽観的な希望的観測で受け止めてきたことが大きい気がする。
会社員だった長女の時から始まり、専業主婦で出産した次女、社労士の国家試験を妊娠しながら受けた三女、たった一人の個人事業主として出産に臨んだ長男、小さな組織の経営者となった四女・・・それぞれ苦労も大きかったものの、とても幸せなことに希望は叶ってきたし、もっと言うと勢いで何とかなってきた。でも今回は経営者としても家計に大きく影響を持っている妻・母の立場としても、自分自身の健康面を考えても、これまでとは違う意識でもっともっと盤石な体制を整える必要があると感じる。(今さらながら・・・)
自分が産前産後の休みを取るための体制作りというよりは、身体に負担をかけずに事業を継続すること、保育園に預けるまでの仕事のこと(自社で保育園を持っているが、通常の保育園と同様、産後57日~の預かりのため)、今後の出張などの方法、上の子どもたちの受験や一人一人との向き合い方など、仕事と家庭生活の具体的なことを一つ一つ考えていかなければいけない。
責任はこれまで以上に大きい。でも、頼れる人やサービスの選択肢はこれまで以上に増えているのも事実。
(5人目が生まれたからの4年半の間に家事代行サービスなどのインフラもかなり駆使しているし、仕事も”選ぶ”ことができている)

結局のところ、子どもはかわいい。人よりも長い間、いろんなタイプのわが子たちの乳幼児期と真剣に関われることは何とも幸せなことだと思う。
仕事との両立を考えると大変なことが真っ先に思い浮かぶものの、それを上回る楽しさや幸せがあるから産もうと思えるのだろう。
常識にとらわれず、いろんなチャレンジをする良い機会と思って新しい環境をつくっていきたい。




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