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保育士の働き方改革~地方自治体の取組みを通して見えたもの~

社労士として開業してからずっと、企業の両立支援や女性活躍推進といったものに力を入れてきました。企業の制度作り、従業員面談や社内研修を通じた意識改革など、アプローチできる範囲も広く、本当に良い資格だと自分でも思います。
そして、単なる制度づくりにとどまらず、働きながら子育てする人たちのためにも、子どもが育つ環境をもっともっと良くしていきたいという思いから、いま私は保育業界に社労士として深く関わっています。
保育園・こども園等における働き方を変えていくことが日本の幼児教育の質の向上につながる、
そんな信念を持っています。

地域全体でとらえる保育園改革事業

1年半前、私たちワーク・イノベーションはとても貴重な機会を頂きました。
兵庫県豊岡市の保育士等確保推進事業。
https://www.city.toyooka.lg.jp/kosodate/hoikujoyochien/1005763/index.html

前提として女性の雇用創出のためには保育の受け皿を増やさなければ、という課題が出されていたのですが、私たちはあえて「受け皿を増やすだけでなく、保育の質を上げていくことと働きやすい職場を作っていくことが親たちも保育士たちも就労意欲を高める」という提案をして事業化していただきました。理想論としては魅力的でも、人口減少が喫緊の課題となっている地方都市にとっては正直、遠回りな取組みです。
そこに予算をつけてくださった豊岡市、その期待に応えるためにも何としても形にしたいという思いがありました。

保育士はどこにいる?

初めに豊岡ハローワークへリサーチに行き、保育士の求人・求職状況を調べたのですが、求職中の保育士有資格者31名のうち、保育園へ就職を希望している人はたったの1名という衝撃の事実がありました。
少し足を伸ばせば神戸や京都もある。借上げ家賃制度のある都市の保育園にも以前より気軽に行けるようになった(豊岡市は未実施)。そういった自治体の財政力の格差で生じる保育士の流出もまた深刻でした。

絶望的な数字に落胆しつつも、たくさんの潜在保育士へのヒアリングや現場現場で得られたこと、それは、彼らの中には「以前の職場があまりにもひどすぎて二度と保育士として働きたくない」という人もいる一方で、「時期が来れば、もしくは条件が合えば再び働きたい」と思っている潜在保育士の割合が85%もいるという事実でした。(ワーク・イノベーション実施・潜在保育士調査より)
やはり、私たちの考えは間違っていなかった、そんな思いで事業を進めていきました。

保育士不足への取組み

市内2園の保育園と認定こども園がモデル園として選ばれ、取組みがスタート。
とにかく有資格者をかき集めるという不確実なことに奔走するよりも、まずは今いる保育士の負担を軽減することから始めようと、「補助者」を手厚くすることから始めました。
 余談ですが、保育士が全く足りないと認可保育園の要件は満たしませんので、もちろん法定配置は満たしてた上でのことです。内閣府の調査では保育所では法定配置の約1.5倍くらいの人員配置が行なわれている実情があります。その余剰人員が確保できないのが現在の保育士業界の課題です。
よく、「保育士の仕事は子どもと関わるだけではない。掃除や製作の準備など、いろんな裏方を経験してこそ一人前」なんて言われることもあります。もちろんそれも一理あるでしょうけど、専門性を持った有資格者たちなのであれば、彼らにしかできない仕事に集中することも重要なのではないかと思います。
そのような中で補助者の方々の参画は保育環境を大きく変えることとなりました。
食事の時間、子どもたちの食べこぼしや次のお昼寝のための布団敷きなどを補助者が行ってくれることで保育士は丁寧に子どもと関わることができる、スムーズに午睡に移行したあとは打ち合せの時間もしっかり取れる。会議の方法が日々充実していき、単なる情報共有からディスカッションが生まれる、
そんな好循環が見られました。
そして保育の専門家の相馬靖明先生による研修では、少しずつ余裕が見られた現場の先生方が日々の保育を見直していき、そこで生じた疑問を相馬先生にぶつけてアドバイスを頂き、再びチャレンジする、そんなやり取りが続きました。
相馬先生の穏やかながらも辛口批評に最初はへこみ続けた保育士さんたちも先生が示して下さる保育の世界があまりに魅力的で、回を追うごとに保育の面白さに気づき、顔つきがどんどん変わっていったのが印象的でした。(相馬先生にお願いして本当に良かった!)

保育士のキャリア

もう一つの課題として保育士の特徴的なキャリアによる職場の不均衡がありました。
処遇改善等加算の影響も手伝って保育士の育休取得率・復帰率は年々上がっているように思われます。いわゆるママさん保育士が増えてきているわけですが、彼らはほぼ育児時短を希望します。
普通のオフィスワークと違って、管理職に求められる保護者対応や緊急対応などが育児時短勤務者には対応不可能な時間帯に生じることも多く、彼らは自ら役職を降ります。パートになる人も多くいます。
専門職として確実に若手よりも経験値があるのに、若手の下で補助業務をしたりする。
それは若手にとっても先輩から教えてもらう機会を失うことにつながりますし、ママさん保育士たちもモチベーションが下がります。そして何といっても、保育の質が低下することに繋がります。
そして、H29年度から始まった処遇改善等加算Ⅱの影響で保育園等において加算Ⅱ応じた役職の設定が求められるようになったことで副主任や専門リーダーといった役職が新たに加わったのですが、多くの職場ではまだこの役職の定義が不明確でした。
副主任の先生から「私、副主任と言われているのだけど、正直、副主任って何をする人なのか分かりません」、そんな衝撃的な言葉が出てくる。

そのような背景から、短時間勤務であっても経験値と本人の希望に見合った職務職責を担えるよう、
また、それぞれの職務職責を理解した上で自分のキャリア展望ができるようにと、細かい職務分析を行ないながら改革していきました。

変わることが楽しかった

その他、ICTの導入なども取り入れながら質・職場環境両面の改革が進んだことでモデル園が見違えるほど変化していきました。効率化は大切な教育の質を落として行うものではなく、無駄な業務をとことん見直していくことから、ということでカリキュラム作成などはICTで作業時間を短く、でも内容をこれまで以上に精査し、全員で共有し合う(紙ベースだと見直すということをしませんがシステムを使うことで情報共有が劇的にしやすくなった)ことが可能になり、「常勤者の有休取得率は前年の4倍」、という数値的な成果もしっかり出せました。
何と言っても両園の園長先生が、「モデル園事業、初めは正直とても大変で、保育士も混乱してどうなることかと思ったけど、こんなに変われたことが信じられない。何より、保育士たちが保育を楽しんで、変化させる挑戦を自分たちでできるようになったことが嬉しい」
そんな風に言っていただけたこと、これほど嬉しいことはありません。

また、教育長が「小中学校の改革にも展開していきたい」と講評くださり、幼児教育だけでなく、ゆくゆくは長期的な子どもの育成に繋がっていけば・・・と思います。

いつか園長先生たちが「親たちは子育て支援が充実している町に住みたいと思っているんです。地方に人口を増やしていきたいというのなら、保育所を増やすのではなく質を高めて子育て支援策を充実させていくことの方が大事だと思います。」とおっしゃっていました。
私もその通りだと思います。
それが何よりの地方創生のカギであると。
そのためにはいろいろな角度からの丁寧な改革が必要。まさに業界の垣根を越えた改革、です。

この事業を通して、親たちが安心して自分のやりがいのある仕事に就いていく、そんな循環が生まれることを願っています。

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